SCENE Ⅰ

「二人とも、早く、早くーっ!先行っちゃうよー!!」
「ま、待ってよ~、ネリー…。急ぎ過ぎだよぉ……」
「急がないと、焼き立てのヨフアルが売り切れちゃうでしょーっ!!
ん、もう!シアーは、それでいいのー?」
「よ、良くないけどぉ~~…」
「なら、つべこべ言わないで、キリキリ走る!」

目の前を足早に駆けて行く、二人の少女。…まあ、言うまでもないが、ネリーとシアーだ。
二人とも軽口を叩き合いながらも、スピードはかなりの物。
負けじと、ことらも足を動かす。
ヨーロッパの街並みを思わせる、石造りの建物の数々。規則正しく植えられた街路樹。そして、人の波。
どれもビデオのコマ送りの様に、次々と流れていく。
加減しているとはいえ、俺もエトランジェ。瞬く間に、二人に追い着いた。
「わ、ユートさま、すっごーい!そんなにヨフアル楽しみなんだね!」
「なんだね~」
「…ああ、好きだからな。焼きたてのヨフアル」
「だよね!だよね!ネリーも好きだよー!」
「シアーも~」
「ははは…ま、皆ヨフアル好きって事か…」

…実際の所、俺はそこまでヨフアル大好き人間ってわけじゃない。
が、二人ともヨフアルは大好物だし、そう思われても別にそれで構わない。
とにかく、楽しければ何だっていいのだ。

これは、俺達三人の初デートなのだから。

…とはいえ、最初は俺も、このデート全然乗り気じゃなかった事は認めよう。

何しろ、対帝国戦の準備で、仕事に忙殺される日々の中での久々の休日。
ここで、ゆっくり休養を取らずして、一体いつ取る!?そんな休日だ。
それなのに、朝も早よから二人に叩き起こされた挙げ句、無理矢理、街まで連れて来られてしまったわけで。
とてもじゃないが、デートを楽しめる心境じゃなかった。と言うか、正直俺は思いっきり不機嫌だった。
…その辺りは、察してもらいたい。

だが、そんな俺と一緒にいる二人の表情は、常に笑顔。
普段は俺の後について来て、戦場でも一緒の部隊になる事が多い二人だ。
不機嫌なのを隠そうともしていない、今の俺の心境を分からないとは、はっきり言って考え難い。
だから、俺はそれが不思議で仕方なく、しばらく考え続けてみた。
…そして、ようやく答えに辿り着いた。

二人は、俺を励ましたかったのだ。

思えば、ここの所ずっと職務職務の毎日だった。遠目でも、俺が疲れて余裕が無い事は見て取れたのだろう。
もしかしたら、二人のことだから、最初は俺の手伝いをしようと考えたのかもしれない。
だが、俺のやるべき事は施設の建設指示、エーテル配分、効率的な訓練メニューの考案、部隊編成、等等……。
エスペリアやセリアならいざ知らず、二人に手伝えるような事ではない。
だから、自分達にできる事を考えて、実行した。…それが、このデートな訳だ。
もちろん、自分達が寂しいからという気持ちもあったとは思う。
それでも根底にあるのは、「俺の為に」という心なのだ。

…ここ最近、俺は二人と遊ぶどころか、ちゃんと話す事さえ蔑ろにしていたと言うのに。

俺は心の底から、自分の身勝手ぶりを反省した。…いや、反省だけでは足りない。
これだけ優しい心遣いを受けたのだ。それに対して、きちんと応えるのが道理だろう。
だから、俺は決めた。
今日と言う日を二人を楽しませる為に過ごす、と。

結局、そんな事を思い返している間に、俺達はヨフアル屋の前に着いた。既に、十人ほどの列が出来ている。
「…うわぁ、たくさん並んでるねぇ……」
「う~ん…大丈夫かな?売り切れたりしないかなー?」
「大丈夫だよ。…ネリーって見かけによらず心配性だな」
「む、何だか馬鹿にされてる気がするー!」
「はは…じゃ、『見かけによらず』じゃなくて『意外と』って事にしとこう」
「うんうん。分かればよろしい」
「……どっちでも同じだよぉ、ネリー……」
「えーっ!?ユ、ユートさまに騙されたー!」

ネリーは、ぷうと頬を膨らませて、そっぽを向いてしまう。それを見て、笑い合う俺とシアー。
こんな些細なやり取りも、随分と久しぶりな気がした。

…しかし、それにしても。落ち着いた目で、改めて二人を見てみる。
ネリーは、Tシャツにパーカーを羽織り、デニムのカーゴパンツを履いたラフな格好。
一方のシアーは、ブラウスにチェック柄のロングスカートという、大人しい印象の格好だ。
(まあ、細部や生地も何か違うような気もするし、こっちでなんて呼ばれてる服か、俺は全然知らないのだが。)
今更ながら、二人がお揃いの格好ではない事は、驚きだ。(色こそ上は白、下は青を基調として揃ってはいるが。)
初めて見る服装な事も考えて…やっぱり、俺を驚かせようとしたんだろうな…。
何と言うか、微笑ましい。
尤も、服をこのデートのために用意したって辺り、嬉しい様な申し訳無い様な…何とも複雑な気分だったけれど。

「ん?どーかしたの、ユートさま。ぼーっとしちゃって。」
「…いや、何でもないよ。お、それより、もう俺達の番じゃないのか?」
長かった列も順当に消化され、ちょうど俺達の前に並んでいた人がヨフアルの入った紙袋を受け取った所だった。
「あ、ホントだ。ユートさまはどーするの?シアーはネリーと同じのでいいって言うんだけど」
「うーん、そうだな…。じゃ、俺もネリーに任すよ」
「りょーかいっ♪」
懐から財布を取り出して、何枚かコインを渡す。すると、すぐにネリーはカウンターで注文を始めた。

ふと、財布を見ながら、お金の事を思い出す。

―――先日の対マロリガン戦、その決着を報告した時の事。
「この度の働き、見事でした、エトランジェ・ユート。
マロリガンとの戦いを制しただけでなく、大マナ消失を食い止めた事、高く評価します。
…ささやかですが、褒美を取らせましょう。受け取りなさい」

…で、レスティーナから受け取った報奨金を皆で均等に分配したものが、今俺が持ってるお金という訳だ。
尤も、俺も今はレスティーナの事を、よく分かっている。
報奨金ってのは、未だに俺達に反発心を抱いている一部の家臣を、納得させる為のただの名目。
スピリットにも自由に使えるお金を、という事で気を利かせてくれたのだろう。

…とは言え、まあ、貰ったから必ずしも使うという訳でもなく。実際、俺は今日まで一度も使ってない。
アセリアやウルカも、買い物をしに街に下りたなんて話は聞かないし、俺と同じで、特に欲しい物は無いのだろう。

だが、ネリー、シアーの服をはじめ、他の皆は結構普通にお金を使っている様だった。
無駄遣いは、正直考え物だとは思う。けれど、自分自身での金銭管理は、良い社会勉強になる事も確かだ。
結局の所、各個人の自由を尊重するのが一番なのかもしれない。

「お待たせー!たくさん買っちゃった!」
「…わぁ、美味しそう~……」
「確かに美味そうだな。ま、とりあえず歩きながら食べようか」
「「賛成~!!」」

俺達は店を離れ、何処へとも無く向かう事にした。

「…ん?」
店を離れてすぐ。何とは無しに、横目で二人を見る。
……二人は既に、ヨフアルを美味しそうに頬張っていた。
と言うか、ネリーなんて、次のヨフアル(二つ目?三つ目?)に手をつけてる所だった。
「コラコラコラ!お前達、それは早過ぎだろッ!」
「んー?ふーほはは、ほーふはひひょふはんはほ」
「…(コクン)」

えーい、口に物を入れたまま喋ってるから、何言ってるのか分からん!
…いや、まあ、シアーがネリーの言ってる事を分かって頷いた様に、俺にも何となくは察しがつくけど。
てか、いつから勝負になったんだ…?

そんな事を考えてる間にも、ネリーはまた次のヨフアルに手を掛けている。
…うおお、いかん!そりゃ確かに、俺はヨフアル大好き人間って訳じゃない。
だが、店先で並んでる間も、ワッフルそっくりの香ばしい匂いで十二分に空腹感を刺激されているのだ。
このまま何もせず呑気に構えていたら、俺の分は全て二人に食われるだろう。そりゃもう、間違い無く。

クッ、最早出遅れたのは仕方ない。とりあえず、豪快な漢食いで巻き返すのみッ!!
ネリーの持つ紙袋から、適当に掴んだヨフアルを勢い良く口に放り込む。そのまま咀嚼し、呑み込んで……。

………………………………苦ッ!!!
な、何だ、こりゃ!?
甘くて、苦い。とても苦い。さ、最悪のコラボレーション……。
冗談事じゃなく、意識が飛びかけた。
…しかし、この苦味、覚えがある。これは、まさか……。

顔面蒼白状態の俺に気付いたのか、ネリーが素っ頓狂な声をあげた。
「あ~~っ!ユートさま<リクェム味>食べちゃったの~!?
ダメだよ、食べたら『マズい…もう一個!!』って言わなきゃ!」

あ、あ○汁っすか……。
いや、それよりも。まさか、よりにもよって、リクェム(=ピーマン)を菓子にしようとは……。
さつまいもジュース(炭酸)や、ヨーグルト<カレー味>じゃあるまいし。
どんな発想で生み出したんだよ、こんなもん…。ひょっとして、何かの罰ゲーム用に作ったんじゃないか?
てか、もう一個って……まだあんの、コレ?

とりあえず、ツッコミ所が多過ぎて、どこからどうツッコめばいいのやら分からない。
が、一つだけはっきりしている事がある。
それは…このヨフアル争奪戦において、俺の負けが確定したって事。
と言うより、続けてこの<リクェム味>を食べた場合、俺の魂が本気でハイペリアに召される可能性、極大。
…さすがに、命は惜しい。
暫く、ヨフアルを食べ続ける二人を見ないように、歩を進める事にした……。

「ふ~~。たっくさん食べたねぇ~~!」
「…いくら何でも、食べ過ぎだよぉ、ネリー…」

食べたヨフアルの数、シアーの六個に対し、ネリーは実に十一個。
そもそも、その前にもちょこちょこと買い食いしていたのだ。
甘いものは別腹、とかそういう次元じゃない気がする。
…でも、まあ、それだけはしゃいでるって事かもしれない。
さすがに、いつもこれだけ良い食いっぷりを見せてくれている訳じゃないし。

そう思うと、自然と笑みが零れてくる。
ああ、そうだ。今日は、二人が楽しんでくれればそれでいいんだった。
お腹を壊さない限り、食欲増進、大いに結構!
「……さて。まだ行ってない店でも、見て回ろうか?」
「「うん!!」」

―――それから、俺達は街を巡り歩いた。
お菓子屋、洋服店、八百屋、武器屋、肉屋、香辛料店、骨董品店、スープ屋……。いろんな店を見て回った。
元々、ウインドウショッピングは好きだったし、二人も終始楽しそうに笑っていたので、俺も純粋に楽しかった。
そう、それこそ時間を忘れる位。
楽しい時間は、過ぎ去るのもあっと言う間なのだ。…本当に。

いつの間にか日は傾き、空は誰そ彼時に差し掛かろうとしていた………。