こわいもの、なぁに?

戦争の続く中でも、憩う時間は必要である。
とはラキオススピリット隊隊長『求め』のユートが周囲に呆れられながらも主張する事。
これは、そんなある一日の出来事。

悠人が城の庭を適当に散歩していた所に第二詰所のほうに向かって歩いているヘリオンを見かけた。
声をかけると、少しホッとしたように、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
何か相談でもあるのかと思って話を聞くと、
「え、光陰がみんなを集めてるって、何で」
「いえ、みんなって言ってもわたしとネリー、シアーくらいなんですけど
何か面白い話があるみたいなことをおっしゃって、妙に楽しそうに誘われたんです。
二人は喜んでついていっちゃて、第二詰所に向かったんですけれど、わたしはどうしようかと……」
と、落ち着きなく悠人の顔を見上げた。悠人は一つため息をつくと、
「……わかった、俺も行くよ」
光陰が何を企んでいるのか全くつかめないが、人員のチョイスはらしいといえばらしい。
何かバカをやらかす前に止めたほうがいいだろう。……今日子にばれる前にも。
「あれ、ところでオルファはどうしたんだ?光陰なら真っ先に誘うだろうに」
「オルファは今日は哨戒に出ちゃってます、それで、わたしが追加で誘われたみたいでして。
わたし、子ども好きのコウインさまに気に入られるほど、子どもっぽいんでしょうか」
「あいつの子ども好きって言うのは……いや、やめとこう。
まあ、ヘリオンが子どもっぽいかどうかは人それぞれって事で」
普段の雰囲気を見れば充分にそうだという事は伏せておき、悠人はヘリオンを促し第二詰所に向かった。

第二詰所の居間には既にネリー、シアー、光陰が集まっていた。光陰はヘリオンを見ると笑いかけ、
さらにその後ろにいる悠人を見つけると盛大に溜め息を洩らした。
「何だ悠人、お前も来たのか?」
「妙な事をしないか不安な奴がいてな。念のために俺も一緒に聞くことにした」
「えっ、ユート様も一緒にコウインのお話聞くの?やったぁ!」
「たぁ~」
悠人ははしゃぐ二人を見ながら光陰の隣の席に腰掛けた。
ヘリオンは席の空きを見て、ちゃっかり悠人の隣に座っている。
ちなみに、上座に一人で光陰が座り、そこから見て右側に悠人、ヘリオン。
向かい側にネリー、シアーの順となっている。
「で、何をするつもりなんだ光陰?」
「何、非番で退屈している娘たちに楽しんでもらおうと、話を用意しただけだ。
仕方ないからお前も聞いていけ」
言って、光陰は神妙な顔をして息を吸うと、一転相好を崩して切り出した。
「えー、今日はまいどバカバカしいお笑いを一つ」
「落語かよ!」
「ふふふ、俺のあふれるユーモアを存分にアピールするいい機会じゃないか」
この男の場合、アピールする時点であふれ出るのは下心ではないだろうか。
頭を軽く振る悠人に、ヘリオンがそっと尋ねる。
「ユートさま、落語って何ですか?」
「あー、簡単に言えば、笑い話だな」
「面白い話なら何でも良いよ、コウイン、続けて!」
「(こくこく)」
「うむ、ある男が、一軒の立ち食い蕎麦屋に立ち寄った」
しかも時蕎麦。しかし、光陰が続けようとした時、シアーが疑問を挟んだ。
「えっと、ねえ、タチグイソバって、何なのかなぁネリー?」
「え、えーっと、わかんないや、ねぇコウイン、タチグイソバって何?」
「む……立ち食いと言うのは、立ったままで物を食わせる店や屋台の事だ。
蕎麦は、えーと、なあ悠人、蕎麦ってこっちにも似たもんあったっけ」

「醤油が無いのに蕎麦があるか。麺類も俺は見かけたこと無いし」
「うーむ、とりあえず、長くて、ずるずるすすって食うものなんだが」
ネリーが顔をしかめて抗議する。未知の食べ物にはあまりいい印象を抱かないのだろう。
「立ったまま、長くてずるずるすするの?何か気持ち悪いぃ」
「あの、まだお話の途中ですから聞いたほうが良いんじゃないですか」
「そうだねぇ。ネリー、最後まで聞いてみようよ」
だが、その後もネリーやシアーは、時の鐘、銭の数え方などファンタズマゴリアとは違う
単位や物が出てくるたびに疑問をはさみ、全く話が進まない。
話を聞こうと努力していたヘリオンも、未知の存在に気を取られて集中できていない。
悪気は無いし、教えるのもそこそこ楽しかったが、肝心の「笑い話」にはならずに
ネリーやシアーは不満顔だ。光陰もこんなはずでは、と頭を抱えた。
「あれだな、もっと分かりやすい身近な話が良かったんじゃないか、やるなら」
「ほう、ならお手並み拝見といくか」
「え?」
「みんな、すまん、俺の話は中断する。代わりに悠人が面白い話をしてくれるそうだ!」
ぴょこんとだれた身を起こし、双子は悠人を注目した。
ヘリオンも目を丸くする悠人を期待に満ちた目で見ている。
ニヤリと笑う光陰を合わせて4対の目が悠人をとらえる。
悠人は必死で考えをめぐらせて、一つの小話に思い当たった。あれを少し変えればみんなも分かりやすいだろう。
そう思って話し始めた時、部屋の入り口に二つの影が現れた。
悠人は話す事に、ヘリオン、ネリー、シアーは話を聞く事に、光陰は話を聞く三人を眺める事に集中していて、
誰もその影には気付かなかった。二人の影も、悠人の話を聞いている。

「ある所に、女王様と家来がいました。いつもの会議の後にふとしたことから雑談になり、
家来の一人がこう話を振りました。
『時に皆様、何か、これは怖いという物はございますかな。私めは龍が怖い。
地方に住むとは言え、暴れだしては手がつけられぬ』
他の家来が言いました。
『私はもう少し身近に犬が駄目ですな。幼少の頃に噛まれて以来、見るのもかないませぬ』
次々に家来が怖い物を言っていきます。最後に、言い出しっぺの家来が女王様に尋ねました。
『では女王様、貴女はなにかございますでしょうか?』
その家来の目には、意地悪な光が灯っていました。
自分にも厳しいけれど、そのせいで家来達にも厳しい女王様を煙たがっていたのです。
何か弱みを握ろうと、こんな話を始めたのでした。
女王様は顔を青くして言いました。
『私は、ヨフアルがこわいです』
家来たちはぽかんとしました。
『ヨフアルですと?』
『はい、庶民の菓子のヨフアルです。私、見るどころかこうして名前を口にするだけで震えてしまいます。
特に山のように積まれたヨフアルなど、もう。ああ、気分が……もう話は終わりにしましょう』
本当に女王様は震えていました。
女王様が去った後いじわるな家来は他の家来を集めて言いました。
『次の会議の後に、女王様にヨフアルを差し上げよう。なに、私どもも食せば
召し上がらざるを得まい。どんな反応をなさるか、楽しみましょうぞ』
他の家来も、つい面白がって承諾してしまいました。

さて、次の会議の後、本当に女王様の前に皿に盛られたヨフアルが並びました。
家来達の前にもありますが、女王様の分は大盛も大盛。まるで小さな山のようでした。
家来たちがにやにやと見守る中、女王様は震える手でヨフアルをつまみました。
しかし女王様は、手にもったヨフアルを一口でぱくりと食べてしまいました。
『ああ、やはりヨフアルは恐ろしいです』
と溜め息をつくと、今度は両手に一つずつ持ってぱくりぱくり。
家来たちが驚いて見ている前で女王様は、
『ヨフアルこわい、ヨフアルこわい』
と呟きながら、ぱくぱくもぐもぐ、あっという間に全部平らげてしまったのです。
家来たちが呆然とする中、女王様はすまして笑うと、一言、こう言いました。
『今度は私、熱いお茶が一杯こわい、です』……おしまいっ」

ネリーはお腹を抱えて大笑い。
シアーとヘリオンも、一瞬ぱちくりと目をまたたかせた後、くすくすと震えだした。
光陰はといえば、そっと近づいてきた人影に気付くとビタリと硬直し、ガクガクと震えだした。
ウケた事に気分を良くした悠人だったが、光陰のどう見ても笑いではない震えに疑問を抱き
その理由を尋ねようとしたその瞬間、彼に冷たい声がかかった。
「エトランジェ、ユート。そのお話何かモチーフがあるのですか?」
初めて会った頃のような硬質な声色で尋ねられ、声の正体に思い当たった悠人は
頬に汗をたらしてこう付け足しを試みた。
「なお、この物語はフィクションであり、実在の人物、団体には関係が無く……」
「私、少々スピリット隊隊長にお話があります。
皆の者、ユートを借りていきますが宜しいですね?」
聞く耳もたず、怒りのオーラに包まれて人影の片方、レスティーナは、
カタカタと震え、微妙に首を横に振ろうと努力しているヘリオン、
完全に縮こまってしまっているシアー、
笑いから抜け出せずにいるネリーを見やると有無を言わさず、なおも
「別に物語の舞台がラキオスって訳でも女王様が誰何て言うわけでいたたたたっ」
と弁明を続けようとする悠人の耳を引っ張って連行していった。

その一方ではもう一人の人物がハリセンを構えて光陰に詰め寄っている。
「あー、今日子、何でここいるのかな?」
「レスティーナにスピリットの詰所の案内を頼まれて。ちょっとした視察のつもりだったんだろうけど。
で、途中で小耳に挟んだんだけど、アンタ、この娘たち集めて何しようと思ってたの?」
「いや、俺は単にみんなに楽しんでもらおうと」
「悠人の話に聞き入っているのを眺めてご満悦だったみたいだ、け、ど?」
パリパリと今日子の周囲に電撃が走っていく。
いまだに笑っているネリーを引っ張ってヘリオンとシアーが部屋の隅に退避する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、話せばわかるっ、話を聞いて……」
「問、答、無用ー!」
豪雷一閃。焦げた光陰を引きずって、今日子も部屋を出て行ってしまった。

「うーん、面白かったねユートさまのお話!」
「うん。ユート様、お話するのとっても上手だったね」
部屋に残った三人が、悠人の話についておしゃべりを始めた。
ヘリオンは、レスティーナに連れ去られた悠人が心配だったが、
ネリーの勢いに飲まれて話に参加するしかなくなっている。
「それにしても、その女王様って食いしん坊だったんだねぇ。
山盛りのヨフアル、一人で食べちゃうなんて大笑いだよね」
とネリーが言った。シアーとヘリオンの二人は、きょとんとして目を合わせると
慌ててネリーに向き直った。
「ち、違うよネリー、たぶん、そこは面白いところじゃないよ~」
「ええっと、わたしは、いじわるな家来さんの思うとおりにいかなかったところが
面白かったんですけど。あ、じゃあシアーは何処が面白いと思ったんですか?」
「え、シアーはねぇ、最後に、女王様はこわい物じゃなくって、
実は欲しい物を言ってたんだってわかったらおかしくなっちゃった」
今度は、三人で顔を見合わせる番だ。
すぐに互いの言いたいことが理解できたシアーとヘリオンは良いとして、
ネリーはオチを理解しなおすのに時間がかかった。

「あ、ああそうだよね、欲しい物を言って、いじわるな家来を困らせちゃったんだよね。
うん、わかった、面白いお話だったよ。さっすがユート様だよね、シアー?」
「う、うん、そうだね~」
何度も頷きなおしてシアーに同意を求めるネリーを見て、ヘリオンは笑みを浮かべた。
その時に、ネリーの頭にちょっとしたことが浮かんだ。
「あ、じゃあさ、もしネリーたちがこわいものを聞かれたら、何て答えよっか?」
「え?その、女王様みたいにですか」
「そうそう、ねえ、シアーは、何て答える?」
「え~っとぉ、欲しい物だよね?うーん、シアーは、ヨフアルよりネネの実がいいなぁ~。
お皿に一杯のネネの実、美味しそうだもんね~」
「それじゃあ、ヘリオンは?」
「えっ、わ、わたし、ですか?」
もちろん、自分にも尋ねられるのは分かっていた。しかし、「欲しいもの」について考えをめぐらせてしまうと
頭に浮かんでくるのは特徴的な針金頭。かき消そうとしても、角度を変え表情を変え何度も思い浮かべてしまう。
顔を赤くしながら、無難な答えを探してみるがどうにも浮かびそうに無い。
「特に、ないです」
とだけ、俯いて小さな声で言ってしまった。
すると、ネリーは得意げに胸をそらし、宣言した。
「ふっふーん。二人とも望みが小さいよっ。ネリーが答えるんだったらこうね。
『ネリーは、ユート様がたくさんいたらすっごくこわい』!」
「ふぇ?」
「!?」
言葉を聞いたヘリオンが、大きな衝撃を受けて硬直する。
「だって、ユート様がたくさんいたらお仕事が忙しい時でも遊べるじゃない。
それに、ユート様、忙しい時にはいつも言ってるよ、『体がいくつあっても足りない』って。
だから、こうやって増やしてあげるんだ!」

「ネ、ネリーぃ、素敵なお願いだけど、いくらなんでもユート様はたくさんにはならないよぉ」
「だから、例えばじゃない、例えば。それに無理なお願いなんだから、
家来たちが困っちゃうことも間違いなし。かんっぺきだよ!」
「えぇ?ネリー、まだ家来さんが困ったわけ、わかってないんじゃぁ……」
ヘリオンの耳には二人の会話が入ってくるが、全く頭に入らずに通り抜けていく。
かろうじて主だった理由を聞きとめ、深い意味があまり無いのに少しだけほっとした。
でも、とヘリオンは自分の考えの中に入っていく。
あんなに臆面も無く、ほしいものに人を当てはめて言うなんて、わたしには出来ない。
それをあっさりとやってのけてしまう辺り、ネリーやシアーは子どもらしいという事だろうか。
なら、わたしは子どもっぽくなんか無い。コウインさまに気に入られても多くの意味で嬉しくない。
でも、とさらに否定を重ねる。
一方で、いとも簡単に人を欲するネリーの子どもらしさには羨ましさを感じてしまう。
それに、この子たちの前でなら、素直さを出しても気にも留めなかったのではないか。
どうにも思考の渦から抜け出せないでいるヘリオンに、ネリーから声がかかった。
「ヘーリオーン、どうしたのぼーっとして。なにか、『こわいもの』思いついた?」
「え、あ、いえ、なんでも、ないですっ」
間近から無邪気に話し掛けるネリーに、ヘリオンは赤くなって慌てて、
「その、ちょっと用事があって、し、失礼しますっ」
と、外へと飛び出していった。
「何でもないのに用事?なんだろうね、シアー?」
「ねぇ~」

ヘリオンが当ても無く外を歩いていると、王城から戻る悠人の姿が目に入った。
「まさか、山盛りのヨフアルを奢らされることになるとは……あれ、ヘリオンじゃないか、今日は良く会うな」
なんとなく顔をあわせ辛かったが、呼びかけられては答えないわけにもいかない。
それに、面と向かって話せるのなら、「なんとなく」くらいでは機会を逃す理由にはなり得ない。
よって、いつものようにぱたぱたと悠人の元に駆け寄るのだ。
「あの、今日はユートさまのお話、楽しかったです」
「そうか、楽しんでもらえたんなら良かった。あんまり得意じゃないんだけどな、ああいうの」
散歩と言うことにしてヘリオンは第一詰所に向かう悠人についていく。
その途中で、ヘリオンは居間での事に思考をめぐらせ、ふと立ち止まると悠人に問いかけた。
「ところで、先ほどは人それぞれだって言ってましたけど、
ユートさまはわたしのこと、子どもっぽいって思いますか」
「え、どうしたんだよいきなり」
立ち止まるのに遅れて数歩。体ごと向き直って悠人が尋ねなおす。
「漠然としてたら、子どもっぽいなぁって思うところを教えてくれればいいです。
もちろん、無ければ無いでも、それはそれで嬉しいんですけれどね?」
首をかしげて、上目使いで尋ねてくる。
「こ、子どもっぽい所?」
いろいろある。声をかければ駆け寄ってきてくれる所。機嫌を損ねれば頬を膨らませる事。
それに、こんな風に無意識に保護欲というかそんなものをそそる仕草をする所とか。
まあ話をすれば、その中身は大抵年長者達と釣り合う内容に話題が及ぶ。
だがしかし、いつもの行動は、やはり子どもっぽかった。
そしてなにより、と悠人の目の前でたたずんでいるヘリオンの体型を見てしまう。

思わず、顔を紅潮させてしまっていたことに気付くと、
目の前には自分の態度から考えてしまった内容に思い当たったのだろう。
顔を赤くして涙を滲ませたヘリオンが詰め寄ってきていた。
「な、何でそんな所を凝視しちゃってるんですかぁっ」
「いや、別に何も見てなんかない」
「嘘です、顔を見たら分かりますっ
じゅーぶん分かりましたっ。わたし、子どもっぽいんですよねっ!?」
しかし、そういうヘリオンの顔は俯いて怒ってはいるもののどこか嬉しそうだ。
「なあ、子どもっぽくて良いのか悪いのかどっちなんだ」
「分かりませんよそんなのっ、だから聞いてみたんですっ。
でもいいです、ユートさまが言うなら子どもっぽくって良いんです。だから、言えます、だから……」
ぱっと顔をあげて、悠人の目を見るとさらに頬を染め、
「だから、わたしそんなユウトさまがとっても、こわいですっ!」
そう叫び、だだっと悠人に背を向けて一目散に第二詰所方面に帰っていった。
後に取り残された悠人は、ただ呆然とその後姿を見送るばかり。
飛び出そうな心臓を抑えながら自室のベッドに飛び込み、
ユートさまこわい、ユートさまこわいと呟きながらころころじたばた悶え転がるヘリオンの一方で、
この恐るべき朴念仁は、ヘリオンの体を思い浮かべてしまった事で怖がらせてしまったのだと
しきりに後悔、反省するのみであった。……とさ。