エターナルとなったが以前と大して変わらぬ日々が続いていた。そんなある日のお話…。
悠人の部屋に哨戒任務から帰って来たらしいヘリオンが飛び込んで来た。 
「た、た、た、たたたた大変です~っ、ユートさま~っ!」 
「ど、どうしたっ、敵襲かっ!?」 
慌てて『求め』を手に取り気配をさぐるが、それらしきものは感じない。 
「違うんです、と、とにかく来てくださいっ!」 
ヘリオンに引きずられるようにして悠人は第二詰所へ向かった。 
第二詰所の食堂へ足を踏み入れた悠人は愕然とした。 
「こ、これはっ!?」 
「わたしが任務から帰ってきたらこの状態で…わ、わたし、もうどうしたらいいかわからなくて…」 
そこには、テーブルに倒れ伏すヘリオン以外の第二詰所の面々の姿があった。 
「…ヘリオンは見なかった~第二詰所連続殺人事件~」 
「はい、わたしは見てないですぅ」 
動揺の余りおかしなことを口走った悠人は、これまた動揺の余りわざわざ返事をしたヘリオンの声で我に返った。あわてて駆け寄り皆の様子を確認する。 
「…ふぅ、みんな生きてるな。瀕死というわけでもない」 
とりあえず一安心。そもそもスピリットは死ぬとマナへ還るので、姿がありマナの霧が発生していない時点で生命に異常はないのだが。 
半泣きでおろおろするばかりのヘリオンに何かすることを与えた方が良いと思い、エスペリアを呼びに行かせると、悠人は首をひねった。 
「いったい何が起きたんだ?」 
エスペリアの診立てによれば、マナ/エーテルを消耗したわけではないということだったが、念のため癒しの魔法をかけてもらってから各自の部屋へ運び、 
さらに、疲労しきってしまったエスペリアを第一詰所へ運んで休ませてから、ようやく悠人とヘリオンは現場へ戻って来た。 
「これは敵の工作なのか?」 
そう呟いて悠人は考える。今敵の攻撃があったらラキオスの戦力はヘリオン、悠人、アセリア、オルファリルの四人だけだ。 
エターナルとなったヘリオンの力は大きいとはいえ、たった四人ですべての敵に対処しなければならないという状況は不利と言っていいだろう。 
「えぇ~っ、そ、そうなのぉ~っ!?」 
突然叫んだヘリオンの声が悠人を思考から引き戻した。どうやらヘリオンは『真実』と相談していたらしい。 
「どうした、ヘリオン? 何かわかったのか!?」 
「えーと、ちょっと待って下さい」 
ヘリオンはそう言うと台所へ向かったと思ったらすぐに戻って来た。 
「はい、謎は全て解けました。ユート様の名にかけてっ!」 
「…なんで俺?」 
「えーと…そ、それはそのぉ…」 
何故か赤面するヘリオン。 
「と、とにかく、真実はいつもひとつなんですっ!」 
「う~ん…。スピリットが戦うために存在するというのはこの世界の人間たちにとって真実なんだろう。だけど俺にとってはスピリットも人間も変わらないというのが真実だ。 
それでも真実はひとつだろうか…まぁそんなのは真実じゃないと言われればそうなのかもしれないが…。それに、『真実』は『真実』であると同時に『失望』でもある。『真実』はひとつでありまたふたつでもあると言える…」 
つい口に出して思索に耽ってしまった悠人だったが、我に返って先を促す。 
「いや、悪かった。今はそんなこと考えてる場合じゃなかった。何かわかったんなら教えてくれ」 
瞳をキラキラさせて悠人を見つめていたヘリオンも我に返った。 
「あ、えーと、ヒントは三つです。一つめは、“敵の工作ならどうして第二詰所だったのか”。二つめは…」 
「いや、ヒントはいいから、答えを…」 
「んもう、せっかちですぅ」 
「いや、せっかちって…そんなこと言ってる場合じゃないんだけど」 
「そうでしたぁ~てへっ」 
だ、大丈夫なのか? 激しく不安になる悠人だったが、それに気づくこともなくヘリオンは続けた。 
「まず、敵の工作ではありません。敵ならばレスティーナさまかユートさまを狙うはずです。その方が影響が大きいですから。もちろん、警備が厳しくてレスティーナさまを狙うことができなかったという可能性はあります。 
ですが、第一詰所の警備は第二詰所と変わりありません。ユートさまのいる第一詰所ではなかったことが、敵の工作ではないことを示しています」 
とりあえずそれを聞いてひとまず安心する。だが、すぐに敵の攻撃があるという可能性は低くはなるものの、この件とは関係なく敵が攻撃してくる可能性はゼロではない。 
「次に、みなさんが倒れていた状態から言って、みなさんほぼ同時に倒れたと考えていいでしょう。 
しかし、この部屋の空気に問題があるわけではありません。わたしもユートさまもこうして無事ですし、エスペリアさんもこの部屋に入りましたが問題ありませんでした。 
そこで問題になるのが、このテーブルの状況です。お茶とヨフアル、このどちらかに問題があったと考える他ありません。ここでヨフアルを観察してみると、手つかずのまま残っているものがありますね。従って、怪しいのはお茶の方だと見ていいでしょう。」 
まぁ妥当と言ってもいい…のかな? まだヘリオンの展開する論理に不安を覚えつつも黙って聞くことにする。 
「さて、ここで台所を見てみましょう」 
悠人はヘリオンに連れられて台所に足を踏み入れた。特に変わったところもないように思えるが…。 
「ここを見て下さい」 
ヘリオンはそう言って作業台の上を指で指し示した。特に何も…いや、何かの粉が所々散らばっている。 
「それはルガモ退治に使うヘエソナの粉です」 
「えーと、ルガモとヘエソナって何?」 
ヘリオンの説明によると、どうもルガモというのはハイペリアのネズミに相当する生物らしい。そして、ヘエソナは硼酸団子のようなもののようだ。 
「それでそのヘエソナがどうしたの?」 
「はい。このヘエソナの粉が散らばっている一帯で、粉のない所は丸くなっていて、数が食堂のテーブルにあったカップの数と一致します。 
つまり、カップにヘエソナの粉が入ったと考えていいでしょう。カップにお茶を入れた後に入ったならば溶ける前に浮いている粉に気づいた可能性が高いことを考えるとカップにお茶を入れる前と考えていいでしょう。 
ヘエソナの粉とカップは同じ色ですから気づかなかったとしてもしかたありません。この上のあの棚の辺りでルガモがヘエソナを砕くか散らかすかしたのでしょう」 
「うーん、何と言うか強引な感じもするけど、説明がつかないわけでもないな。…それより、ヘエソナって強い毒性があるのか?」 
「いえ、ルガモにはよく効きますが、そのままでは人間やスピリットには影響はありません」 
「そのままでは、ってことは…?」 
「熱湯に溶かして飲むとスピリットは意識を失うそうです」 
「そんな危険なものを普通にルガモ退治に使ってるのか!?」 
「えーと、ヘエソナは大陸中でラキオス城でしか使われていませんし、この効果は誰も知りません」 
「へ?」 
「ヘエソナの材料はラキオス以外の場所では取れません。そして、非常に少量しか取れませんのでお城で使う分しか作れないんです」 
何だか自信たっぷりに言い切るヘリオンだが… 
「『誰も知らない』のになんでヘリオンが知ってるんだ? それに『失うそうです』って…?」 
「えぇ、それは『真実』に聞いたんです」 
………えーと、ということは… 
「…ということは、どれだけヒントを聞いたって俺にはわからなかったってことだな」 
「あれ? …でも、わたしは『真実』の言うとおりに…」 
ヘリオンは首を傾げると、また『真実』とやりとりしているようだ。 
「…で、何だって?」 
「はい…その…『その方がおもしろいから』…と……」 
もはやため息をつく以外にどうしろと… 
「…『真実』は小説よりも奇なり、か……」 
「はい?」 
「いや、何でもない。それより、みんなはどれくらいの時間このままなんだ?」 
「あ、それは数刻もすれば目を覚ますだろうということです」 
「まぁ、それは何より、だな」 
一時は、何事かと、どうなることかと思ったが、死者もなく、敵の仕業でもなく、まぁ大したことなくて良かった。まぁ、当事者には不幸な事故ではあったわけだけど。 
えーと、こういうときに言う言葉が何かあったような……安心して、そんなことを思っていると、ヘリオンがピクリと動いた…気がした。緊迫した空気を感じて見やると、ヘリオンが固まっていた。 
「ど、どうした、ヘリオン?」 
「きゃーーっ! る、ルガモぉ~~っ!!」 
と、頭上でガサガサと音がする。 
あー、ネズミ…じゃなかった、ルガモもダメなわけね… 
「くっ…けっ…こっ……しっ、しん」 
腰に手をやるヘリオン。まずいっ。 
「落ち着けっ、ヘリオ…」 
「じつのっ!」 
くっ、間に合わない!? とっさに後方へ跳びつつオーラフォトンバリアを展開、さらにコンセントレーションの発動にかかる。 
「たちっ! シンジツノタチーッ!! 真実の太刀ぃ~~~っ!!!」 
コンセントレーションが完成しないうちに衝撃が襲いかかる。攻撃の直接対象ではないものの、その力は余波だけでも強烈だ。 
オーラフォトンでも削りきれずに衝撃が悠人の体に達し、そのまま津波のように飲み込んで後方移動を加速させる。ドガッ!!! 
「ぐはっ!!」 
壁に叩きつけられる悠人。衝撃に削られることなく残った背面のオーラフォトンがなければこの時点で意識はなかっただろう。そのまま数瞬。ようやく衝撃が収まり磔から解放される頃には、悠人は既に力尽きていた。 
受身の体勢も取れないまま落下しつつ薄れ行く意識の中に浮かんだのは先程思い出そうとしていた言葉だった。「大山鳴動して鼠一匹」…既に状況は一変していたが――― 
「うぅうぅぅ~…ごめんなさいごめんなさいユートさまごめんなさいぃ~~~…」 
あの後、我に返ったヘリオンは台所と悠人の惨状を見て青ざめ卒倒しそうになったが、ここで自分が倒れては悠人を介抱する者がいないことに気づいてどうにかこらえた。 
急いで悠人の手当てをしてマナの流出も止まり命に問題のないことをたしかめると、空き部屋兼第二詰所に於ける悠人の部屋へと運んでベッドに寝かせた。 
やがて目を覚ましたハリオンを事情の説明もそこそこに引っ張るように連れて来て、癒しの魔法をかけてもらった。ハリオンは魔法をかけ終わるとそのまま部屋を出て行った。ヘリオンはそこまで気が回らなかったが、台所の片づけに向かったのだ。 
それからずっと、ベッドの脇に座って悠人の手を取り頬を寄せて「ごめんなさい」を繰り返していたヘリオンだったが、やがてそのまま眠りに落ちてしまった。 
(………そう、強くなりなさい、心で…エターナルの本当の強さは心の強さなのだから………) 
そう語りかける『真実』の声はしかし誰にも届くことなかった――― 
「あらあら~」 
台所の片づけを終えて悠人が寝かされている部屋へ様子を見に来たハリオンの第一声である。ハリオンはそのまま部屋を出てヘリオンの部屋から毛布を持ってくると、ベッドにもたれて眠るヘリオンにかけてやった。 
そのままヘリオンの背後に腰を下ろし、悠人の手に重ねられたヘリオンの手をそっと撫でながら、 
「いい夢を見るんですよ~」 
そう囁くその表情は癒すような慈しむようなそんな笑顔――― 
「…何やってるんだか……」 
苦笑交じりのため息はハリオンを探して現われたヒミカの口から。 
ベッドに寝かされた悠人。その手に手を重ね、ベッド脇に座り込んで眠るヘリオン。その肩には毛布。その後ろに座り込み、さらに手に手を重ねて眠るハリオン。何ともわかり易い構図だ。 
ヒミカは踵を返すとハリオンの部屋から毛布を取って来て、のん気に眠っているハリオンの肩にそっとかけてやった。 
三段重ねの一番上にあるハリオンの手の甲をそっと一撫でしてヒミカは部屋を出る。戸口でふと振り返ってしばし眺めて。 
「…美しき光景…ではあるのかな……」 
やがて扉が閉まるその音はそっと、そして優しさを込めて―――