光陰の野望

訓練の後の疲れを癒す一時、ゆっくりと湯船に浸かっていた悠人が、
後から入ってきた光陰を残して上がろうと脱衣所へと移動すると、
そこには有るべきはずのものが無かった。
キョロキョロと全ての衣服棚をチェックするが、どこにも見当たらない。
慌てて風呂場に戻り、中の人物に声をかける。
「おい光陰、まずい、何でか知らないけど俺たちの服が盗まれてる。
ご丁寧にバスタオルとかも全部だ」
体が冷えないようにもう一度湯船に戻り、そこで足を伸ばしている光陰に近寄った。
しかし、光陰はわざとらしく慌てて言葉を吐いた。
「なに、そりゃたいへんだ!ほかのみんながはいってきたら、はちあわせになっちまうじゃないか!
まいったな、はだかじゃでていくわけにもいかないぞ。こまったこまった」
その言葉だけで、いくら悠人といえどもこの男の阿呆さ加減に気がついた。
「待てこら、全然困って無さそうっていうか、お前の仕業か光陰!」
「何の事かな悠人。俺達は服を盗まれて泣く泣くのぼせる迄入るしかなくなった被害者だ。
今、まかり間違って誰もいないと思ってしまったオルファちゃんやネリーちゃん、シアーちゃんなんかが
入ってきちまってもそれは不可抗力なのだよ悠人くん」
くくく、と不敵に笑みを浮かべる光陰。馬鹿なことをと呆れて声をあげた。
「……今日子でも入ってきたらどうするんだ」
「それはあくまでも俺達が被害者である事を訴えかければ誤魔化しが効くという事にする。
それよりも他に考えておくべきパターンは無いのか」

「パターンって、なんだよ」
「うむ、ひそかに聞いたところによると、異性と風呂に入る事が全く気にならないという
天国のような状況を演出してくれる娘たちがここには溢れているというじゃないか!
まさにあれだな、殺人現場付近の温泉で探偵役の俳優が体験するという最高の状況だ!」
頭痛を感じて悠人は頭を抱えた。それに構わず光陰はさらに言葉を続ける。
「つまりだ、ここで問うべきは俺達の反応だ。もしも今日子ならば先ほど言った行動、
仮にパターンAとしておこう、それをとる。
それ以外にも、例えばオルファちゃんだった場合、きわめて紳士的に、
『すまないけれど、服が無くなってしまってるんだ。
俺達の事は気にしないでゆっくりしていって構わないよ』
などというパターンBが最良といえよう」
「つきあってられるか。さっさと俺の服を返せ」
「あのな悠人、ここまで来てそれは無いだろう。それに良いのか、お前だけ上がっても
結局は俺が誰かと鉢合わせになっちまうぞ。勿論、服の場所を教えるのが口止め料だ。
だったら、一蓮托生で美味しい思いをしてみようじゃないか。えぇ、悠人、お前誰が好みだ」
がしりと、光陰は悠人の首根っこを抱えて引き寄せた。
「な、何言ってんだ光陰、そんなこと聞いてどうしようっていうんだよ」
「もしその娘が来たらお前に先に見せてやるって話だよ。オルファちゃん達なら俺が先だがな」
「見る事前提で話をすすめてるんじゃない!いや、もうそれじゃ狙ってやってるってことじゃないか!」
「いいや、あくまでも偶然の産物だ。お前ばっかり良い思いしやがったらしいじゃないか、
俺にもそんなドッキリハプニングを体験させろこの野郎!」

ごろごりと、ヘッドロックの状態から悠人の頭に拳を押し付ける光陰。
さすがに我慢の限界がきたか、悠人は振りほどこうと暴れ出す。
「それが本音かよ!俺だって好きで風呂入ってるときに飛び込まれてるんじゃないんだぞ!
離せバカ!桶でも何でもいいから、それで隠してタオル持ってきてもらうからな!」
必死に立ち上がって湯船から上がろうとするがそう簡単にはいかなかった。
「させるか、いいから静かにしてろ、誰も入ってこないだろうが!」
光陰も立ち上がり、悠人を湯船に引きずり込もうと奮闘する。
「浴場は遊び場じゃないんですよ、何を騒いでいるんですか!!」
とそこに第三者の声が響き渡った。びくりと、光陰と悠人の動きが止まった。
深さの無い湯船から立ち上がり、硬直した二人の体は同じく目を点にしたエスペリアの目に
その全てをさらけ出していた。
「あ……、も、申し訳ありません、どうぞ、ごゆっくり!」
戸を開けた時と同様に、唐突にエスペリアは去っていってしまった。
「ま、待ってくれエスペリア、何か絶対思い違いしてるだろ!」
「くっ、まさか一方的に見られるパターンは想定外だった。
次回はさらに考えを深めておかないとな」
「そんなこと心配してる場合じゃないだろ、いいから服を返せこのバカ!」
悠人の叫びも虚しく、またしても悠人は心に傷を負い、
エスペリアは先ほどの光景に今までに植え付けられた知識に無い世界を垣間見、
光陰はさらなるイベントに向けて考えをめぐらせるばかりであった。