ズドーン!! 
「おわっ!」 
「きゃっ」 
 エスペリアとのお茶を楽しんでいたとある昼下がり、突然ものすごい爆音が鳴り響いた。 
(敵襲、にしては妙な感じだが…) 
 俺は注意深く周囲の様子を確認すると、どうやら第二詰め所で何かあったらしく、建物の一部から白い煙が立ち昇っている。 
しかし未知の神剣の気配は感じられないので、敵襲ではないようだ。 
「ユートさま…」 
 エスペリアも状況を計りかね、珍しく訝しげな表情をしている。 
「ここは俺が様子を見てくる。エスペリアはもし何かあったときのために第一詰め所で待機していてくれ」 
「…わかりました。お気をつけください」 
 こうして俺は第二詰め所へ向かった。 
思えばこのときエスペリアに行ってもらっていればあんなことにはならなかったのに…。 
後悔は前もってできないから後悔というのだと、俺は改めて学ぶことになるのだった。
 ―ラキオス第二詰め所 食堂(居間)― 
「奴が出た!奴が出た!」 
「ヒ、ヒミカさん、落ち着いて!」 
「ごほっ、ちょっと、室内で神剣魔法なんて使ったのはだれですか!」 
「げほっげほっ、いったいなんなの~?」 
「みなさんー、お茶がはいりましたよ~?」 
 俺が辿り着いたときには、第二詰め所は混沌の最中にあった。 
ヒミカが神剣を振り回し、ファーレーンがそれを抑え、セリアが怒鳴り、ヘリオンは気絶し、ニムは寝て、ハリオンはお茶を注ぐ… 
(………状況がさっぱりわからん) 
 とにかく煙が上がっているのはヒミカとファーレーンがいる調理場の方のようだ。(居間とキッチンは続き部屋になっている) 
そっちに行けば何かわかるかもしれないと、俺はとりあえず他の連中を居間で大人しくさせて、隣の調理場へと向かった。 
そこでは未だに二人でなにやら騒ぎあっていた。 
「こら、お前たちはいったい何をやってるんだ!」 
 俺だっていつもかつもヘタレ隊長ではない。怒るときは怒るんだぞとアピールするためにも、当社比2割増の威圧感で二人に怒鳴りかけた。 
(エスペリアにも隊長らしくないと注意されたからな) 
しかし、二人は地獄で仏にでも会ったような顔でこっちを見た後、 
「ユート様っ!」-がばっ 
と、猛然と抱きついてきた。 
「おいちょっと!?」 
 そしてそれと同時に両腕に押し付けられるやわらかい感触。 
佳織やオルファに風呂を襲撃されたり、抱きつかれたりしたことはあったが、こ、これは… 
「おぉぅ」 
(って違う!何をもだえているんだ悠人!お前はこんなことをしに来たんじゃないだろう!) 
 俺は反抗期を迎えつつある息子を、父権を最大限活用して押さえ込ませ、またそのような葛藤が家庭内で行われていると気付かせぬように、 
努めて平静に二人に話を聞くことにした。 
「どどどど、どぎゃんしたと?」 
 …我ながら演劇に出なくて本っ当によかったと思う。が、俺よりもさらに混乱状態にある二人はこちらの状態には気が付いていないようで、 
俺の両腕にしがみつき、うっすらと涙を浮かべながら調理場の一点を指差して呟いた。 
「奴が、褐色の魔王が…」 
「はぁ?いったい何の………」 
 二人の話は要領を得なかったが、その指差す先に―俺は見た。 
  愛らしくピコピコ動く触角 
  つややかな光沢を持つ黒褐色の肌 
  スポーツカーを髣髴とさせる美しい曲線的なフォルム 
  まさしくそれは、親指サイズのパーフェクトインセクト 
「…………」
 予期せぬ邂逅に言葉を失い、呆然とそいつを見つめていると、奴はおもむろに羽を広げてこちらに飛び掛ってきた! 
「うわぁぁぁぁぁ!!」 
「きゃぁぁぁぁぁ!!」 
 あまりに雄雄しい姿にヒミカとファーレーンは完全にパニック状態だ。だが俺は、今までにないくらい深く神剣の意思と同調した! 
『目の前の敵を砕け…!』 
 バカ剣に言われるまでもない!4つの柔らかな誘惑すら今の俺を妨げることはできやしない! 
「マナよ、光の奔流となれ!うおぉぉぉ、オーラフォトンノv」 
「って、詰め所ごと壊す気ですかっ!」―ゴスッ 
 すんでのところで正気を取り戻したファーレーンの正確な突っ込み(月光の柄)が俺の側頭部にヒットし、 
詰め所崩壊の危機は回避された。が、その隙に奴は俺たちの間をすり抜けて、皆が囲っているテーブルの上へと… 
「――――!?」 
「うきゃぁぁぁぁ!」 
「ぅひゃぁ!」 
「あらあら~~~~」 
「え、ええええええ!?」 
「………先制攻撃、いk」 
『いっちゃだめー!!』 
 神剣魔法の発動こそ抑えたものの、一時は落ち着きを取り戻した居間は、またしても混乱の渦中へと落ちていった… 
………
「まったく、みんな何をやっているんだ!」 
 混乱は十分ほどで終結したが、皆の不甲斐なさに俺の説教が始まっていた。ただ、ナナルゥだけはいつのまにか居なくなっていたが。 
「たかが虫一匹にちょっと慌てすぎじゃないか?」 
「自分だってノヴァ撃とうとしたくせに…」 
 ヒミカがボソッと呟く。取り乱してしまったことを恥じてはいるが、一方的に説教されるのは納得がいかない様だ。しかし、それを言われると痛い。 
「う、そ、それはすまなかった。し、しかし、流石はセリアだよな」 
 なんだか話の流れが危なくなりそうになったので、慌てて方向転換を試みる。 
「ユート様ずるい…。でも確かにセリアさんは落ち着いていましたね」 
 そう、あの混乱の中で常態を維持したのはセリアだけだった。ハリオンですら笑顔を引きつらせていたのに、 
彼女だけは顔色一つ変えずハリオンが入れたお茶の香りを楽しんでいた。そして今もカップを口元に近づけたまま香りを楽しんでいる。 
(…え、今も?) 
「もしかして、なんかおかしくないか?」 
「あの、セリアお姉ちゃん?」 
 異変を感じたシアーがセリアの前で手をぷらぷらと振ってみるが、何の反応もない。 
「気絶しているみたいですぅ…」 
「セリアお姉ちゃん、虫が苦手だから…」 
 以前にも何かあったのだろう。ネリーがやれやれといった具合に肩をすくめる。つまりこれは…結局みんな“奴”が苦手というわけか。 
「ん、そういえば、奴はどうしたんだ?」 
「あれ、ユートさまが退治してくれたんじゃないの?」 
 聞き返してきたのはネリーだが、どうやらみんなそう思っていたようで、14個の瞳が一斉に俺を射抜く。 
「いや、俺は知らないけど」 
「じゃぁ、まだあの褐色の魔王はこの館の中に居るんですね?」 
 今度はヘリオンの言葉に皆が見詰め合う。 
「…んじゃぁ、俺はこれで」――――がしっ! 
 俺は面倒な流れになる前に立ち去ろうとしたが、何時の間にか復活したセリアをあわせた全員から腕をつかまれた。 
「ユートさまは私たちを見捨てるんですか!?」 
「まさか私達の隊長ともあろう方がこんな人だったなんてね」 
「ユート、最低」 
「ユートさま、酷いです!」 
 そして集中砲火。 
「大体ユート様は…」「ひどいですねー」「えー!ユートさまは探してくれないの?」「あうぅぅ~」 
(こ、これはたまらん…!) 
「分かった分かった!俺も一緒に探すからっ!」 
 こうして俺は、エスペリアとの優雅なお茶会から一転して、第2詰め所の総力を挙げた家捜しに協力をする羽目になったのだった。 
「ユート様、すいませんが食器棚のそちら側を抱えてもらえますか?」 
「ああ」 
 そしてあれから1時間弱、俺たちは未だに奴を排除するどころか、その姿すら捕捉できないでいた。 
しかし、と言おうか、だからと言おうか、最早虫探しというよりは大掃除の様相を呈しており、 
ファーレーンなどは鼻歌を歌いながら先ほど動かした食器棚の裏をはたきかけている。 
「私はメイド あなたのメイド 掃除 洗濯 お料理 フンフン♪」 
(まったく、俺が残る必要はなかったんじゃないのか?) 
 俺は苦笑して他の所の手伝いに行こうとしたそのとき、ファーレーンの鼻歌がピタリと止んだ。 
(どうかしたのか?) 
 不審に思った俺は踵を返してファーレーンに近づくと、彼女は振り向きざまに、どんっと、勢い良く俺の胸に飛び込んできた。 
そしてそれと同時に胸に押し付けられるやわらかな…ってこのパターンは今日で2度目だ。ということは…? 
「奴が出たのか?」 
 俺の問いに対してファーレーンは、俺の胸にしがみついたまま涙目で頷き、棚の裏の一点に目をやった。 
(落ち着け、神剣の意思に呑まれてはだめだ) 
 俺は大きく深呼吸をして昂ぶった気を静める。今まで対峙してきたどの敵の時よりも強く、神剣が訴えかけてくるが、 
胸の中で震えるファーレーンが俺に落ち着きを与えてくれた。 
(今暴走しちまったら、みんなもただじゃ済まないからな………よし!) 
 ファーレーンを庇うように胸に抱き寄せながら、スリッパを強く握り締める。 
 ではいざ、決着の時…! 
 と思ったが、そこに奴は居らず、それっぽい染みがついているだけだった。 
「ファーレーン、これは奴じゃなくてほら、ただの染みだ」 
「え、あら、本当ですね。すいません私はつい…………あ〃」 
 正体が判明して緊張が解けたためか、ファーレーンは今頃になって自分のおかれている状況を理解した。 
そして俺も、彼女が意識したことで改めて自分達の状態―ファーレーンを物陰に押し込んで抱き寄せている―に気が付いた。 
「ご、ごめん」 
「いえ…」 
 お互いにそれだけを言ったところで目が合う。そのことでまた離れるタイミングを失い、そのまま見詰め合うことに… 
(ちょっと待て!何をやっているんだ俺!こんなところでこんなことをやっていたんじゃ、思いっきり誤解されるぞ! 
あ、でもファーレーンっていうと凛々しいイメージがあったけど、こうして見ると寧ろ可愛い顔立ちをしているな) 
 それは、今の彼女の無防備な表情が余計にそう思わせているのかもしれない。 
上気して薄紅に染まる頬、俺を真っ直ぐ見つめる潤んだ瞳、そして何かを待ち受けるかのように薄く開いた唇…。 
いつもとはまったく違う、まるで恋する少女のようなその顔から、俺は目を離すことができなくなっていた。 
「ユート様…」 
 時間の感覚は殆ど無くなっていたので正確なところはわからないが、自分の感覚では長い間見つめ合った後、 
ファーレーンは俺の名前を呟いた。いや、実際に聞こえはしなかったが、確かにその唇は俺の名前を呟くようになぞり、 
…そのままゆっくりと瞳を閉じた。 
「ファーレーン…」 
 先ほどから俺の意識はその艶やかな唇に釘付けになっていたせいか、 
二人の間の雰囲気があまりに自然すぎたせいか、それを合図に俺は彼女の唇をめがけてゆっくりと首を傾け、傾け…傾けて 
  ―ゴキッ― 
折れた。 
「ぐぉげっ」 
「お姉ちゃんに何してるの…」 
「げほっ、なぁニム。ごほっ、いきなり首を反対方向に曲げるのは、ある種殺人未遂だと思わないか?」 
 こうしている間もまだ俺の後ろ髪を掴んでいる。もう少し身長差があったらヤバイ事になっていたかもしれない。 
「うるさい、お姉ちゃんに変な事するな!あと、ニムって言うな!」 
「こらニム、ユート様はまだ何もなさっていません。失礼ですよ」 
「そうだ!俺はまだ何もやっていない!」 
「まだ?“まだ”なんだ?へぇ~、じゃぁこれから何かするつもりだったんだ?」 
「そっ、それは…!」 
(そうだ、俺はいったい何をするつもりだったんだ!危なかった…もう少しで状況に流されて 
 年を取ってから“俺も若いころは~”なんて苦笑いをしながら語るフラグがたつところだった…) 
 ニムの突っ込みのおかげで冷静になって考えると、先ほどの自分の行動に対して今更ながら背中に冷たいものが走った。 
「…ちっ」 
(…え゛っ!?) 
「ユート!舌打ちをするなんて、どういうつもり!?」 
「ユート様、そんなになさりたい事があるなら言ってくれれば…」 
「ちょっと待て!今舌打ちしたのは俺じゃなくてファーレーンだろ!?」 
「お姉ちゃんがそんな事するはず無いし」 
「ホント。何の事でしょうね?」 
 ファーレーンは少し頬を染めたままそう言って、ニムと顔を見合わせた。 
(うわっ汚っ!) 
「なるほど~、ユートさまはぁ、潤んだ瞳での押しに弱いんですね~」 
「今度試してみようかしら…」 
「あ~あ、ニムってば、いいところで止めるんだから」 
「げっ、みんな見てたのか?」 
 声の方を振り向いて見るとと、第二詰め所の全員が集合していた。ハリオンなどはお茶菓子持参だ。 
(そういえばバカ剣のやつやたらと反応していたから、同じ館にいたのなら気付かないほうがおかしいよな…) 
「え、え~と、これは~その~」 
 ヒミカやハリオンに冷やかされながらしどろもどろの弁明をしていると、膨れっ面でそれを見ていたヘリオンは… 
「………」←突然何かを思いついたように辺りをきょろきょろ 
「………」←あからさまにコソコソして、床に落ちていたごみを拾う 
「…ズリズリ……ポイッ」←摺足で俺の方に近づいてきて、近くにさっき拾ったごみを投げる 
「きゃー奴がー(棒読み)」←今気付きましたよ、と言わんばかりの態度で驚き… 
「ユートさまっ!」←俺の腰に抱きついてきた。 
『 ………… 』
「という訳でみんな、残りの掃除と奴の殲滅をがんばろう」 
「そうですね、このままではおちおち眠ることもできないし」「ネリーもう疲れたー」「が、頑張ろうよ」「ユートさま、それでは」「ふんっ」 
 そのまま皆は何事もなかったかのようにそれぞれの持ち場に散っていった。 
ヘリオンだけは未だに俺の腰にへばりついたまま、困惑の色を浮かべている。 
「んじゃぁ、ヘリオン」 
「は、はいっ!なんですか、ユートさま!」 
「ヘリオンは脱衣所の掃除をよろしく。俺は倉庫の整理をしてくるから」 
「はい頑張ります!………え、あ、あれ?」 
―そんなこんなで全員分のお約束を繰り返しつつ捜索を続けていると、いつの間にやら、夜。
アオーン
「結局見つからなかったわね」 
「詰め所は~綺麗になりましたけどね~」 
「うぅ、でもこんなに緊張感のある掃除なんてもうしたくないよぉ」 
「シアーもー」 
 ほぼ半日で、壊れた調理場の修理から詰め所全体の掃除(捜索)まで一気にやったためか、 
みんな随分とお疲れの様子だ。 
「しょうがない、今日はもうここまでだな。じゃぁ俺は帰るから、みんな、おやすみ」 
(ようやく長い一日が終わるか。あぁ、もうゆっくり眠りたい) 
 俺は安堵と伴に色々なものをこめて息を漏らしたが、そう易々と帰れるなら 
今までここでこんな作業に追われてはいなかっただろう。 
「ちょっと待ってください。まだ奴は見つかっていないんですよ?」 
「このままだと寝ている間に、奴に体を蹂躙されるかもしれません…」 
「明日には私のハイロゥが黒くなっているかもしれないわね」 
 去り行く俺の背中に向かって、みんな好き放題言ってくれる。が、同じパターンが何度も通じる俺ではない。 
でも、このまま無視して帰ると後が怖いし…仕方がないので俺は最終手段を用いることにした。 
「あのな、みんなが不安に思うのは分かるけど、見つかるまで俺が居るって訳にもいかないし、 
それにほら、今回のことをエスペリアにも説明しておかないといけないだろ?」 
「うぅ、それはそうですけど…」 
 流石はラキオスの緑壁。エスペリアの名前を出しただけでみんなの舌鋒がみるまに弱くなった。 
みんなも本気で奴が怖くて俺に残ってくれと言っている訳でもなさそうだし(セリアはマジっぽいけど)、 
後はエスペリアがうまく言い包めてくれればようやく俺もお役御免だ。 
(まぁその場合はエスペリアからまた「隊長らしくない」だのなんだのと説教を受けることになるだろうな…) 
 とにかく、エスペリア効果でみんなも沈静化したらしいので、俺は悠々と帰路につこうとしたが、突然ついと袖をつかまれた。 
「お待ちください」 
「ナナルゥ?」 
「エスペリア姉様には事情も含めて説明してあります。同時にユートさまの宿泊許可も取りました。問題ありません」 
 ナナルゥが長文を読んだことにも驚いたが、その言葉の内容を理解するのにたっぷり5秒はかかった。 
「は?あのエスペリアがこんなことを許可するなんて、いったいどういう説明を?いや、それ以前に、いったい何時行ったんだ? 
さっきまでずっと一緒に掃除していて…あ!もしかして、あの混乱期に居なくなったけどその時に?」 
 最終手段を潰されて慌てまくる俺に対してナナルゥは一言だけ、 
「先制攻撃は得意です」 
 と言ってニヤソと笑った…ような気がした。正直ハリオンやファーレーンよりこういうタイプが一番怖いかもしれない。 
「まぁまぁ、ユートさまも抑えて。せっかく初めてのお泊りなんですから♪」 
「あれ、それでユートさまはどこで寝るのかしら?この第二詰め所には空き部屋はもうなかったはずだけど」 
「そうなのか?だったら…」 
「だったらネリーたちと寝よー♪」 
「寝よー♪」 
「何言ってるの。もともと狭いベッドに3人も寝たら窮屈でしょ。ユート様は私の部屋で寝てもらいましょう」 
「でもヒミカさんは体が一番大きいのですから、ここはスレンダーな私と一夜を伴にするのがいいと思うのですが」 
「ちょっとファーレーン、黙って聞いていれば私の事を太っているみたいに!私は身長が高いだけで太ってはいないわよ!」 
「みなさんしかたがないですね~。ここはぁ間をとってぇ、私と一緒に寝てもらうというのはどうでしょう~?」 
『どの辺に間を取っているのよ!?』 
「あ、あの!体ならわたしが一番小さいです!わたし、頑張りますから一緒に寝ましょう!」 
(何を頑張るんだ?) 
 お約束と言おうか、みんな俺の意見そっちのけで、喧喧囂囂たる議論に花を咲かせている。 
今の内に勝手に帰ってやろうかとも思ったが、この場を治めたのは意外にもセリアだった。 
「あの、居間のソファーを全部並べたらみんなで寝るくらいできるのでないですか?」 
 …ただ俺にとって最悪の形で、だが。 
「それです!セリアさんナイスです!」 
「べ、別に私はユートさまの事など、どうでもいいのですよ!?でもほら、こんな事でいつまでも不毛な議論をするなんてくだらないし 
皆さんの精神的健康を考えて合理的な意見を述べさせていただいただけであり…」 
「はいはい。何でもいいから準備するわよ」 
「うぅ~」 
…… 
… 
 という訳で即席の巨大ベッドは完成したが、ここでまた新たな問題が紛糾した。 
「みんなで寝るのはいいとして、誰がユートさまの隣で寝るんですか?」 
『それはもちろんわたしが…』 
「ちょっと」「なんですか」「えー!」「で、ですからっ!」 
「もぉ、みなさん。ユートさまはみんなの共有財産なのですから、独り占めはいけませんよぉ? 
ここはぁ、ユートさまの体を~みんなで分け合うことにしましょう」 
 なんだかこのまま黙っていればとんでもない方向に話が進みそうだ。 
ここはひとつ不本意ながらエスペリアに言われたように隊長として毅然とした態度で臨まなければ! 
「みんな、いいかげんにしてくれ!俺は…」「エレメンタルブラスト」 
「うぉっ!?」 
 抗議を行おうとした次の瞬間、俺はハリオンの神剣魔法を喰らってベッドに倒れこんでしまった。 
痛みはほとんどないが、体がほとんど動かない。どうやらスイッチが入ったこいつらに俺の言葉は届かないようだ… 
(もう勝手にしてくれ…あぁ、これが諦観ってやつか) 
 今更ながらに光陰のところで聞かされた説経が思い起こされた。 
「さて、ユートさまもぉ、納得なされたようですし~、誰がどこを使うかを決めましょうか~?」 
「そうね…ではやるわよっ!」 
 その言葉を合図に全員が一斉にハイロゥを展開する。 
(こ、こいつらまさか!) 
 危険を感じた俺はみんなを止めるために立ち上がろうとするが、ピクリとしか動かない。 
そんな俺を尻目にみんなは勢いよく拳を突き出した! 
「最初はグー!」 
(ってジャンケンかよ!) 
 脱力する俺の前でジャンケンは景気よく進み、何時の間にやら俺の左腕はファーレーンに、 
そして左手はニムに占領されてしまった。 
 昼間の事があるため、ファーレーンに腕枕をして見詰め合うという今の状況は非常に照れくさい。 
「すみませんユート様、こんなことになってしまって。でも…ぇへへへ、なんだか恋人みたいですね。 
恥ずかしいですが、ちょっと楽しいです」 
「おいおい、ファーレーンそんな…」 
「―ギロッ(お姉ちゃんにちょっかい出さないで!)」 
「ん、なんですかユート様♪」 
(うぅ、いろんな意味で心臓に悪い) 
 モゾモゾ 
 俺たちがそんな三竦みをやっている間に、今度は右腕の方に誰かが入ってきた。 
俺はこれ幸いとばかりに首を右方向へ反転させると、 
そこには布団をひっぱって顔半分を隠して照れまくるセリアの姿が…。 
「え、何でセリアまで!?」 
 俺は普段のセリアならまず敬遠するだろう事をやっている事実に対して驚愕しただけなのだが、 
セリアは何か誤解したらしく、ものすごい剣幕で食って掛かってきた。 
「その言い方はちょっと酷いじゃないですか!ふんっ、どうせ私は戦争と訓練しか知らないつまらない女ですよ! 
家事も得意じゃないし体型も中途半端だし…こんな可愛くない女に隣に寝られたらそれは迷惑でしょうね!」 
「ちょっと待て!俺はいつものセリアならこんなことは“くだらない”とか言って参加しないからちょっと驚いただけで、 
別にセリアのことが嫌いだとか、可愛くないだとか言っている訳じゃないって!」 
「嘘ですっ!自分でも分かっていますから、慰めは必要ありません!」 
「嘘じゃないっ!」 
「じゃぁ好きなんですかっ!?」 
「……え?」 
「…ぁ…ぅ、その、ですから、ユートさまは私と寝るのは、そのぅ、好きですか?嬉しいですか?(うわぁ~何言ってるの私!〃)」 
 なんだか、またその場の勢いで危ないことになっている気がする。 
(ちょっと節操がなさ過ぎる気がするぞ、俺) 
 とは思ってみても、16ビートで刻む鼓動は止められない。 
普段とは違うしおらしいセリアに、左脇に感じる抓られるような痛みも気にならないほど緊張していた。 
「あのユートさま、何か言っt…わぁ!?」「セリアお姉ちゃんもうちょっと詰めて。よーし!ユートさまの右手ゲット~!」 
 俺たちが二人の世界を作っている間に右手の所有者が決まったらしく、ネリーがセリアを押しのけてベッドに入ってきた。 
ただ、俺の右腕にいるセリアを押すということは、当然向かい合っている俺の方に急接近してくるわけで… 
そのままチョンッと鼻先が触れ合った。 
『――!!』 
 その途端俯き加減だったセリアが大きく目を見開き、本当に紅を落としたかのように顔が真っ赤に染まった。 
そして金魚のように口をパクパクさせ、やたらと混乱している様がうかがえる。 
「お、落ち着けセリア!鼻だ、鼻だからな!問題ないぞ!いや、ほんと、口じゃなくてよかったな。 
あ!別に、決して嫌とか言っているわけではなく、って言うか寧ろ俺の方は嬉しいと思うけど、そうじゃなくて!…あぁ~」 
 当然のことながら俺の方もかなり混乱気味だ。自分でも何を言っているのか分からない。 
「もういいですからっあっち向いてください!」―グイッ 
 さっきからずっと鼻先を合わせっぱなしで、耐え切れなくなったセリアはとうとう俺の顔を反対の左側にひっくり返した。 
しかしそっちには口を尖らせて拗ねているファーレーンが…! 
「うわっ…んぐっ」 
(なにやら口に柔らかな感触が…これは!?) 
 危険を察知した俺は瞬間的に距離をとって見ると、ファーレーンは唇を指でなぞりながら惚けた表情でこちらを見ていた。 
(んげっ!いったい何なんだこの展開は!?) 
「…ん?ユート、お姉ちゃんに何かした?」 
「し、してないしてないしてない!仮に何かしたとしても事故だっ!そうだよなっファーレーン!?」 
「ユート怪しすぎ。お姉ちゃん、ホントに何もなかったの?」 
「事故…。今のは事故なんですか?」 
「な、あ、当たり前だろ!いくらなんでもそんな―むぐっ!?」 
「んん~~~」 
「お、お、お姉ちゃん!?」 
(αθÅ♂♀¥?@#!) 
「んはぁ…。ふふっ、これでもう事故じゃなくなりましたね♪ではお休みなさい、ユート様」 
(…………………) 
「お姉ちゃん!なんでユートなんかに―むぐっ!?」 
「んんちゅ~~~~~んはっ。くすっ、ニムもユート様と間接キス~♪」 
「んな!なななななななななな」 
「ななかまど~?」 
「うわぁっ、ハリオン!」 
「何ですか~人の顔を見て驚くなんて~」 
「なな何でも無いったら何でも無い!」 
「……なるほど~。ユートさま~」 
「わ~わ~!!」 
「………………」 
「あら~、ユートさまもうお休みですか~?しかも目を開けたまま~?もう少しオロオロさせたかったんですけど、残念です~」 
「ほっ」 
……… 
…… 
… 
ちちち ちゅんちゅん 
「……はっ!」 
 俺が意識を取り戻したときにはもう日は昇り始めていた。いつもの起床時間よりやや遅くらいだろう。 
しかし、まだみんなは夢の中。やはり昨日の出来事は心身ともに随分と負担をかけたようだ。 
(もっとも、今現在一番負担がかかっているのは間違いなく俺だろうけど) 
 あれからジャンケンがどういう結果になったのかは、なぜか覚えていないがとりあえず今は、 
みんながどこかしら俺に体を預けている。昨日あれだけ敵意を剥き出しにしていたニムもしっかりと手を握り締めている始末だ。 
「やれやれ。これじゃみんなが起きるまで、俺も動けないな。 
しかし、こんなところをエスペリアやレスティーナに見られたら、何を言われることやら…」 
 そう呟いてはみたものの、俺はもうしばらく朝のまどろみと皆のぬくもりに身を任せることにした。 
…けっしてやましい気持ちからではないぞ。うん。 
その頃 
―ラキオス第二詰め所近く― 
「何も陛下自らが爆発現場の視察などに来なくても…」 
「建前です。こうでも言わなくてはなかなか城からは出してもらえませんから(それに大っぴらにユート君とも会えるし~♪)」 
二つの影が第二詰め所に接近していることにユートは気付いていなかった……。