エスペリアの憂鬱

―――――対サーギオス帝国決戦前夜。

ヨーティアのエーテルジャンプ技術によりケムセラウトの宿に移動して来たラキオスの
面々達は明日からの戦いに思いをはせ、それぞれの時間を過ごしていた。

「エスペリア、まだ起きてるかな。」
いやがうえにも緊張の高まる悠人は、少しでも自分の不安をやわらげようと、名参謀である
エスペリアから作戦を聞いておくため、彼女の部屋を訪ねることにした。
今日子、光陰という力強い味方が加わったとはいえ、サーギオスの帝国スピリット達の
戦闘能力は、これまで戦ってきた相手とは比べ物にならないと聞いている。

「隊長の俺がビビッてたらシャレにならないもんな。」
いつも冷静沈着なエスペリアならば優しい微笑みで、悠人を力強く励まし、勇気付けて
くれることだろう。
(いつも頼ってばかりでゴメンな、エスペリア)
悠人は心の中でエスペリアに詫び、彼女の部屋をノックした。

(あれ?返事がないな。もう寝てるのか。)
少し期待外れではあったが、さすがに起こすのはしのびないと思った悠人は
その場を立ち去ろうとした。
(―――?でも、中から声がする?)
ドアに背を向けようとしたその時、エスペリアがなにやら小声でぶつぶつ言っている
のが、部屋の外の悠人の耳に入ってきた。

「ははぁ、さては」
いつの事だったか、オルファと2人してエスペリアの部屋に入った時のことを悠人は
思い出して呟いた。
「また居眠りして寝言を言ってるな。」
普段のエスペリアとのギャップが大きいその姿を思い出し、悠人は先程までの
緊張もどこへやら、笑いをかみ殺しながら部屋を覗くことにした。

(こんな大事な時に風邪でもひかれたら困るもんな。)
悠人は自分に言い訳しながら心に湧き上がるわずかな罪悪感を
振り払った。

カチャリ。
静かにドアを開けた悠人の目に飛び込んできたのは机の上に拡げられた
サーギオス周辺のものであろう地図と、一心不乱にそれに見入っている
エスペリアの姿であった。

エスペリアは地図を見ながらぶつぶつと独り言を言っている。その額には
脂汗が浮かび、そしてそれが金色のマナとなって立ち昇っていた。

(うおっ!?起きてる?)
エスペリアが居眠りしているとばかり思っていた悠人は不意をつかれた格好となったが、
どう見てもただ事ではないその状況を見て、瞬時に隊長としての自分を取り戻した。
「おいっ、エスペリア!」

―――何か重大な情報でも入ったのか。それともサーギオス帝国軍の
戦力とは予想をはるかに超えるものなのか?
「どうしたんだ!何か異変があったのか!?」

「ハッ、ああっ!ユート様!?」
ガタンッ!
エスペリアは弾かれたように椅子から立ち上がり、その拍子に椅子が
大きく後方へと倒される。
「い、いえっ!何でもありません!」

「なんでもないって事はないだろ?」
――おかしい。明らかにエスペリアはうろたえている。「今さら何が起こっても
驚かないから言ってみろよ。どうせもう後には引けないんだからな。」

「は...はい。実は、明日からの対帝国戦の計画を色々と
考えていたものですから...すみません...ユート様が
いらっしゃった事にも全然気が付きませんでした。」

悠人の態度にやや落ち着きを取り戻したエスペリアは
答えた。

――どうやら重大な戦況悪化などではなさそうだ。

「―――そうか、エスペリアは完璧主義だからな。まあ、あんまり
根をつめすぎないでくれよ。作戦も大事だけど、エスペリアだって
戦いでは防御の要なんだからさ。」
悠人は諭すように言った。

「――はい、ご心配をおかけして申し訳ありません。」

「いや、俺も夜に突然来たりして悪かった。じゃ、おやすみ。」

「はい、お休みなさいませ。」

悠人は倒れた椅子を元の場所に戻し、静かにその場を離れた。

「あっ...すみません。」
椅子が倒れたことも気付かなかったエスペリアは慌てて
悠人に謝ったがその時には悠人の姿は部屋にはなかった。

「ユート様に余計な気苦労をさせてしまった・・・」
悠人が出て行った部屋の中でエスペリアは肩を落とした。
しかし、すぐに気をとり直し、再び地図に視線を戻す。
「えーと...ここがリ、リレ、リレルラエルで...こっちが
ゼ、ゼギオス...え?ぜいぎおす?もう、なんなのよ、
小さい『ィ』ってええっっ!!!」

そう、作戦解説係のエスペリアにとっては敵赤スピの強力魔法
アポカリプスⅡよりも恐るべき相手、それがサーギオスの地名
であった。地名が致命的な天敵。

(エスペリア、頑張れよ)
実は部屋の外でいやらしくも聞き耳を立てていた悠人は
心の中でエスペリアにエールを送った。
(その後には難敵の「秩序の壁」も控えているんだ。)