「何故、俺達を使わないんだ?」
ラキオス王城の一室で、俺はレスティーナに直談判していた。レスティーナは何を云われた
のかイマイチ理解できない様子で、目をまん丸に見開き俺を見つめるばかりだ。
「だからさ、俺達がただじっとしていることに何の意味があるのかって云ってるんだ。外は未
だにバケツをひっくり返したような大雨だ。風だって少しは弱まってきちゃいるけど、まだま
だ収まりそうにない」
堅牢な石造りの城中では、外の荒れ狂う風雨も耳を澄ませなければ聞こえることはない。外
に向けた窓すらないこの部屋ではなおさらだった。
レスティーナは、俺の言葉の意味を考えあぐねていた。不思議なことに、レスティーナとい
えども俺達を戦争以外に活用するという考えを持つことができない様だった。
なんだか……な。
「……それは、あなた達を市街へ派遣し、救援活動を取らせるという意味なのですか?」
「ああそうだ。……色々懸念もあるだろうけど、今はそんなこといっちゃ居られないだろう?
街は、特に一般市民街は酷い状態だろ?みんな頑張っちゃいるようだけどさ、俺達ならきっと
役に立つ」
街の男衆や兵士たちが雨と泥にまみれながらかけずり回っている。皆必死だ。なのに俺達は
ただ座しているだけ。誰も何も言わない。兵器には何も期待しないんだ。
「……わかりました、エトランジェユート。スピリット隊に市民の救助を、要請します。追っ
て指示を出しますから、直ぐに現場へ向かって下さい」
思案顔のレスティーナは暫くしてからやっと口を開いてくれた。
「よしっ、了解だっ」
俺は直ぐさま駆けだすと、城から近い第二詰め所へと向かった。
だから、レスティーナが既に居ない俺に向かって頭を下げていたことなど知るわけもなかっ
た。唇を噛みしめながら。
街は想像以上の無惨さを呈していた。季節感はあるものの、自然の猛威というものを現すこ
との少ないラキオスでは、ここまでの嵐というものは記録にないかも知れないとのことだ。ヨー
ティアが云うには、マロリガンのマナ障壁の影響がここまで及んでいるのかも知れないらしい。
一瞬、光陰と今日子の顔が脳裏に浮んだ。でも今は、目の前のことが大事だ。
「いいか、みんな。俺達は、街のみんなを助けに向かう。含むものがあるかも知れないけど、
今はそれを忘れて全力をもって当たって欲しい。いくぞっ!」
目の前に並ぶ仲間達に言葉を掛ける、何の巧さもないつたない言葉だけど。皆はおうっと応え
てくれた。
ラキオス市街を流れる運河は水門などものともせず、街の低地を水浸しにし、吹き荒れる暴
風は街路樹をなぎ倒し家屋を吹き倒す。
皆必死になって体を動かしていた。指揮する兵隊、土嚢を積む男達。炊き出しや、負傷者の
救護に当たる女達。そしてその中を飛び回り駆け回るスピリット達。
青スピリットと黒スピリット達には、空を飛び回り、負傷者の発見、搬送に。
緑スピリットと赤スピリット達には、倒壊した家屋の撤去や、人間の医者の助手をさせた。
結局俺達は、いくら超常の力を持っていても、この町を一人で瓦礫の山に変える力を持って
いても、こんな時には、人よりいくらかマシな程度に過ぎなかった。癒しの力は人には効かな
いから、神剣魔法も何の使い道も無かった。
「ほらっ、男なんだからピーピー泣くんじゃないのっ!死ぬわけじゃ無いんだからっ」
救護所では、ニムが同じ年頃の男の子を叱っていた。包帯を巻く手もいつの間にか様になっ
ている。エスペリアやハリオンの巻き方を見ている内に上達したようだ。もっともファーレー
ンが負傷者を運んでくると直ぐさま直行し、「お姉ちゃんにくっつくな」と喚くのは苦笑する
しかなかったけど。
遠目には、セリアが助け出した老女に、両手を握られ何度も何度も礼を言われているのが見
えた。
母を亡くした赤子を抱いて立ち尽くすナナルゥがいた。
救助の手をはねのけられ、有無を云わさず引っ張り上げるヒミカがいた。
濁流に取り残された犬を拾いに行くシアーがいた。
「ユート、何ぼうっとしてる。仕事はいっぱいだぞ」
アセリアも、飛び回っていた。
みんな泥だらけのずぶ濡れだった。
いつか嵐は過ぎ去り、救助作業も終焉を迎えた。皆疲れ切っていたけど、戦いとは違う充足
感があった様に思えた。
皆、びしょ濡れで、泥まみれで、
「みんな、美人が台無しだな」
さっきまで両の手を見つめていたセリアが、冷たいセリフを吐く。ニムがファーレーンに抱
きついて俺を悪し様に言いつのる。重たくなったツインテールを振り回すヘリオンに、妙に浮
かれるネリー。
やっぱり、みんな良いやつらだ。
「ねぇ、パパ。ラースは大丈夫かなぁ」
引き上げ途中、浮かない顔をしたオルファが俺に話しかけてきた。作業中も時折南西の方を
眺めていたけど、おそらく、エスペリアから聴いたことがある女の子のことを心配していって
いるのだろう。
「大丈夫だよ、ラースの方は大した被害がないっていうからさ」
「そうなんだ、よかった~」
オルファは直ぐに笑顔になった。
「災害は忘れた頃にやってくるってな。ハイペリアでよく言われてた言葉さ。もしもの時はオ
ルファが真っ先に駆けつけるんだぞ」
「うんっ、わかったよパパ」
嬉しそうに云い、エスペリアの処へ駆けていく。
明日も仕事は山積みだ。きっと台風一過ってやつで、快晴になるだろう。
やっぱり空は晴れている方が良い。それだけは、ハイペリアもファンタズマゴリアも変わら
ない。今晩はぐっすりと眠れそうだ。