緑と共に

 聖緑エンド後ファンタズマゴリアサイド「緑と共に」

 ファンタズマゴリアを滅ぼそうとしたエターナルを退け、ファンタズマゴリアは新しい一歩を踏み出した。
 エーテル技術は使えなくなり、新たな技術を生み出す為のヒントを得るためにヨーティアは研究室に光陰と今日子を呼んだ。
 光陰が自分達の住んでいた世界の文明や技術に関する説明をしている。
 今日子はといえば、この類の話で光陰に勝る知識など皆無に等しく、話に入れずお茶を飲んでいるばかりだ。
「なるほど、石炭、石油にウラン、か」
「ああ。だが、このファンタズマゴリアにこれらの資源が存在するかどうかは知らないし、何よりもそれらを使った文明を作る事を俺は薦めない」
「そうだね」
「なんで? エーテルに変わる文明は必要じゃないの?」
 今まで話に入れず横にいるだけだった今日子が口を挟む。
 それに答えるヨーティアと光陰。
「まあ、コウインの言う事を踏まえるとだ、その化石資源にしろ鉱物資源にしろ、マナ同様に有限なものである事に変わりは無いようだ」
「そう。だからこそそれらをめぐっての戦争だってあっただろ? 資源自体もいつかは無くなっただろうしな」
「有限なる物は全ての人に公平にいきわたる事は無いし、それゆえ新たな火種の原因となる。それに、環境にも色々問題が出そうだ。誰かから奪い、未来の子供達に問題を押し付ける文明のあり方は、ちょっとね」
 それらを使って生活していた自分よりも、話を聞いただけのヨーティアの方が私達の世界について色々見抜いてるみたいだ、と今日子は思わざるを得ない。
 一を聞いて十を知る、その洞察力に舌を巻く。そして光陰とヨーティアの言っている事は確かにその通りだと、今日子は納得する。

 自分達のいた世界では、資源をめぐってのさまざまな形での争いが絶えなかった。
 環境に関しても、オゾン層の破壊、温暖化、酸性雨、放射性廃棄物の処理問題。
 水は汚れて水道水をそのまま飲む事は躊躇われたし、川の水など言わずもがなだ。
 空気も汚かった。この世界の夜空を見上げた時はあまりの星の多さに驚いたものだ。それはこの世界から見える星の数が多いというのでは無く、自分達のいた世界の空気が汚れていた為だ。
 今日子がぱっと考えただけで自分達のいた世界の問題にもそれだけ思い当たる。
 今日子ですらそうなのだから、おそらく光陰やヨーティアにはその何倍もの問題が頭に浮かんでおり、それに関する深い考察がある事だろう。

「誰かから奪って得たものや未来に問題を先延ばしして得るものにそれだけの価値があるのかというと、俺はノーと言わざるを得ない」
「でも、それって……」
 理想論じゃないのか、と言いかけた今日子を、ヨーティアがきっぱりと遮った。
「世界中のみんな。未来のみんなが残らず幸せになれるように考える。無理といわれる事に挑戦し成し遂げるからこその大天才さ」
 自信に満ちた笑み。今日子も光陰も、ヨーティアのこの笑みに裏切られた事は無い。
 光陰が窓の外を見て言う。
「向こうの世界からこっちに来て思う。物が豊かである事が、イコール幸せじゃない。皆が額に汗を流して働き、協力しあい、助け合う。
 誰かに喜んでもらいたいと思い、何かをなす。相手が喜ぶ姿を見て自分も嬉しくなる。
 それだけの事が凄く幸せな事だとしみじみ気付かされた。
 今のこの世界のカタチが、ある種理想形なのかもしれないな」
 新しい煙草に火を着け、ヨーティアが光陰の言葉に応じる。
「結論を急ぐ必要は無いけれど、私もそう思う時があるよ。自然と共にある事。いつまでも継続可能な文明。それが理想なんじゃないかって。
 もっと豊かに、もっと豊かになりたいと思っていたら満足する事は決して無いからね。そして何かを得た時になって初めて、別の大事な何かを失っている事に気付く。
 失って初めて解るなんて陳腐な言い回しだが、幸せなんてそんなもんさ。
 追えば追うほどに逃げていく。で、立ち止まってみればそれはすぐ隣にあったりする」
「心が満たされていると感じ、今という時に感謝し、幸せと思う事。それを死ぬまで続けていれば一生幸せって事だ」
「まぁ、現状に満足しちまったら学者は廃業するしかないんだが」
 苦笑しながらヨーティアは紫煙を燻らせた。

「いや、ありがとう。参考になったよ」
 資料をとんとんとまとめながらヨーティアが言った。
「そうかな。何も参考になるような情報は提供できなかった気がするが」
「いや。十分さ。コウイン、キョウコ」
「あはは。光陰ばっかりで私は全然役に立たなかったけどね」
「惚れ直したか?」
「ばーか。そういう事言わなきゃかっこいいままなのにね」
「ちぇ」
 ちょっと残念そうな顔をして見せる光陰だが、今日子の笑顔を見て、隣に今日子がいるからこそ今を幸せと感じられるのだと心から思う。
 幸せなんて、そんなものなのだ。
 人の手は二つしかない。手に掴めるものは限られている。欲張って色々なものに手を伸ばすには今持っているものを手放さねばならない。
 そんな事よりも、今手の届くところにある彼女の手を離さない。それが一番大事だし、大切だし、幸せな事だ。
「何よ、ニヤニヤして気持ち悪いわね」
「いや、何でも無い」
「変な奴~。じゃ、ヨーティア、私で役に立つ事があるかどうか分からないけど、何かあったらまた呼んでね」
「ああ。失礼させてもらうぜ」

 今日子に続いて光陰が退室しかけた時、後ろから声がかかった。
「なあ、コウイン」
「ん、なんだ、ヨーティア?」
 光陰は振り向く。
 ヨーティアは光陰の方を向く事無く、資料を整理しながら尋ねた。それはヨーティアが人に質問するにしては非常に珍しい姿勢。
「あんたから見たクェドギンは、どんな奴だった?」
「大将、か」
 少しだけ考えると、光陰は静かに語る。
「大将は、誰よりもこの世界を愛していたんだと思う。だからこそ、この世界が神剣に操られているのに気付いた時に誰よりも苦悩したんだろう」
 問いとはちょっとずれた答えだったが、それがヨーティアの求めた答えだと思ったから光陰はそう答えた。
 ヨーティアもそれに満足したのだろう。
「そうか」
 とだけ、小さく返した。
「ヨーティア。責任重大だぜ? 俺達は大将にこの世界を任されたんだからな」
「誰に言ってる? 私は大天才ヨーティア・リカリオンだぞ」
 顔を上げ、ヨーティアは光陰の方を向いていつもの笑顔で言う。
「何百年、何千年経っても、子供達が幸せに笑っていられるような世界にしてやるさ。大天才の名にかけて」

 そして、エスペリアエンドエピローグへ。