両成敗

マロリガンとの戦いの後、第一詰め所は別の意味で戦々恐々としていた。
日々鍛錬後の気怠いけど静かなお茶会。エスペリアが入れてくれたお茶が疲れた体に染み渡る。
些細な、だけど大切な日常の出来事について語り合い、笑いあう。
そんな俺達のささやかにして穏やかな時間を今日も粉微塵にする敵の襲来があった。

「オルファちゃ~んっ!あ・そ・ぼ~~っ!!」

まるで小学生かなんかのような謎の雄叫びが聞こえた。
申し合わせたように無視を決め込む。しかしあれだけ弾んでいた話題が今は全く沈黙していた。

「オ・ル・ファ、ちゃ~~~んっっ!…………ハァハァハァ~~~っ!!!」

増々幼児化していたそれは聞くに堪えないものへと変化していく。とても健全な高校生とは思えなかった。
「…………………………#」
黙々とお茶を飲んでいたアセリアの動きがピタリと止まる。
エスペリアの湯飲み?がピシッと軽い音を立ててお亡くなりになった。
ウルカでさえ平静を装ってはいるものの、眉間の皺は隠せないようだ。
当のオルファリルは額から漫画のような大粒の汗を流して苦笑いを浮かべている。
沈黙はここにいる全員の感情が一致団結したある意味感動的な瞬間の象徴だった。

「…………ユートさま」
「…………ユート」
「…………ユート殿」
「…………パパ~」

4人同時にこちらを見る。一部睨んでいる気がするが、考えすぎだろうと思い直すことにした。
それぞれの顔を1人ずつ見渡す。目線が合うと申し合わせたように皆コクリと頷くだけだった。
「……………………わかったよ」
無言の圧力に屈した。軽く溜息をつきながら立ち上がって入り口へ向かう。
扉の前で振り返ってみた。様子を窺っている4人が一斉に手を振る。感動的にイヤな一致団結だった。

「オ~ル~ファ~……ぶぉっ!!」

入り口の外で先祖還りを起こそうとしている親友に無言のまま勢い良く扉をぶつける。
エトランジェとしての最大パワーでぶつけたつもりだったが奴はのけぞっただけで踏ん張った。
さすが防御だけはいっちょ前である。ちょっと悔しかった。

「……よぉ悠人、ハデな挨拶だなぁ。おかげでちょっと鼻血が出ちゃったぜ」
爽やかな笑顔で何事もなかったかのように振舞う光陰。だが致命的に鼻血がカッコ悪い。
というかその鼻血は本当に今出たものなのかと小一時間問い詰めたかったがぐっとこらえる。
「オルファは留守だ。いないと言ってくれと言っている。じゃあな」
「ちょっと待てよ、そりゃないだろっっと!」
開けた時と同じ勢いで扉を閉めようとする俺と、間に体を挟んでそれを阻止しようとする光陰。
白と黄緑のオーラフォトンが干渉し合い、あたりに美しいプラズマが飛び交う。
ぎりぎりぎりぎり。笑顔のままでのせめぎ合いが暫く続いた。
「冷たいな悠人。第一詰め所までわざわざ足を運んだ親友に対する仕打ちじゃないぜ?」
「ストーカーかお前は。あまりしつこいと嫌われるぜロリ坊主」
「ふっ、おかしなことを言うなよ。俺はただオルファタンに愛に来ただけだ」
「それをストークというんだ。なにがタンだ。あと意識的な誤植を止めろ」
「さすがだな悠人、よくこの状況でそれだけ突っ込みが入るもんだ。流石は我が親友」
「“可哀相な”親友を持った運命を呪いつつ言うぞ。いいか、これが友としての最後の忠告だ。か・え・れ」
「や・だ・ね・♪」
「………………ふ、ふふふふふふふ」
「は、ははははははははは」
ばきっ!!
共に友情を讃え合う爽やかな笑いの後、あっけない音を立てて扉が粉砕した。
元々エトランジェ同士の戦いに扉ごときが介入出来るものではない。
今までもっていたのがむしろ不思議というべきだろう。
名も無いその扉は静かにそして眠るように、美しい金色のマナの塵になっていった。

扉を送る念仏をおごそかに唱えた後、さっぱりした顔で光陰は振り向いた。
「さっ、障害は無くなった。これで心置きなくオルファちゃんを賭けて戦えるな、悠人」
なぜそうなる。既に目的がすり替わりつつある親友の瞳は限りなく澄んでいた。
この純粋な衝動をなにか他のものに使えないのか。頭が痛くなってきた。
「おれはかねがねお前とは全力で戦いたいと思っていたんだ」
「俺達が戦う意味がどこにあるっていうんだっ!」
「…………戦う意味、か………………」
憂えた表情で天井を仰ぐ光陰。場面が場面なら感動的なシーンなんだろう。
惜しげもなく流用する光陰につい律儀にも付き合ってみたが頭の悪さは拭えない。

ところで何故かいつもならそろそろ現れるはずのハリセン襲撃が来ない。
訝しげな俺の様子に気付いたのだろう、ニヤニヤと光陰は不敵な笑みを浮かべた。
「悠人よ。俺がそう何回も同じ轍を踏むと思うか?」
「通算で63回だな。あと一回でプレ○テと同スペックになれたものを。それはそうとハリセンはどうした?」
「よくわからない例えだがまあいい。今日子なら今頃ベッドでぐっすりだ」
「あ?お前…………そこまで堕ちたか…………薬使ってまで…………」
「激しい勘違いをするな。ふふっ、毎日毎日『空虚』をフル稼働したんだ、そりゃ疲れもたまるだろう」
「!!まさか…………?!」
「正解だ。俺が意味もなく毎回雷を素直に喰らっていたと思うか?」
ふははははと意味も無く勝ち誇る光陰。なんでそんなに偉そうなんだ。ていうか、真性だコイツ。
計算づくであの雷撃を毎日喰らってたとは。まさかとは思うが、Mの気でもあるのだろうか。
さすがの俺もMでロリでは庇いようが無いのでこれ以上考えないようにする。
しかし困ったことになった。今日子がいないのではオチがつかなくなる。
いや、そんなことで困るのもどうかとは思うが。

「……こんなことならあの時砂漠で助けるんじゃなかったぜ」
「ほう、俺無しでSHやEXを切り抜けられるつもりか悠人よ。無駄に戦闘回数が増える事になるぜ」
「異次元の会話はヤメろ。ガキの頃からそうだった。お前を助けるとロクなことにならない」
「ふっ、都合が悪くなると昔話を持ち出すのは歳を取った証拠だぜ」
「なんとでもいえ。俺は忘れてないぞ、近所の駄菓子屋での一件を」
「いきなり懐かしいな。あの頃はよく悠人には盾になってもらったもんだ」
「…………腐れ縁はもうお腹いっぱいだ。佳織や小鳥がほんのちょっぴりだけ悲しむかもしれないが仕方が無い」
「お、どうした悠人、今日はヤケに切れるのが早いな。駄菓子屋がそんなにトラウマになっていたか」
「やかましい。あ、今日子。オーラフォトンノヴァ」
「なに?まさか……ぐぉぉぉぉぉぉ…………………………」
………………
いきなりなんの予備動作も起こさずに『求め』の力を放ってやった。淡々と、あくまで冷静に。
微妙なフェイクを入れて背中を向けた後頭部に予想外にクリティカルヒットしたような気もするが、
まぁヤツも一応はエトランジェだ、そう簡単に死ぬこともないだろう。
それにしても条件反射というのは恐ろしいものだな、うんうん。

米粒よりも小さくなっていく光陰を見送りながら俺はやっと精神の安定を取り戻した。
『求め』を使っておきながら精神安定もへったくれもないとは思うが気にしない。
清々しい勝利感に浸りながら額の汗を拭って振り返るとなぜかそこに皆がいた。
「やぁみんな、俺の勝利を祝いに来てくれたのか…………ん、なんでコップ持ったままなんだ?」
「……………………」
「それにイキナリ日に焼けたような顔をして……え、え?なんで無言でにじり寄って来る?」
がしゃん!鋭い破壊音に一瞬びくっとなる。背筋が無意識にぴんと伸びた。
「お、おいエスペリア、それ気に入ってたやつだろ?ちょっとまてアセリア、なぜ『存在』を抜く!」
「……………………」
「ウルカ、どうしたんだこいつら…………ってハイロゥ黒い!黒に戻ってるって!」
そこまで叫んだ俺はいまさら気が付いた。第一詰め所が消滅していることに。綺麗さっぱり。
イヤな汗が流れた。ああ、条件反射って恐ろしいなぁ…………
げしっ
いきなりオルファに背中を蹴飛ばされる。抵抗力0のまま、俺は殺気だった三人の前によろけ出た。
もはや無駄だと思いつつ、それでも言わずにはいられない。言いながら半分覚悟はしていたが。
「は、はは…………ごめうぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
当然俺の謝罪は最後まで聞いてもらえなかった。