ヘリオンの憂鬱

「お、あれは...?」
午前中の訓練を終え、屋外を散策していた悠人は、川べりに力なく座り込んでいる
黒髪のツインテールの少女の姿に、ふと足を止めた。

「はぁ...」その少女はなにやらメモ帳を片手に溜息をついている。
「おい、どうしたんだ、ヘリオン。」
「あっ、ユートさま!」ヘリオンは慌てて立ち上がった。
「元気ないじゃないか。らしくないぞ。」悠人は優しく笑いかける。
「あ、あの...実は...。」
ヘリオンはびっしりと細かい字が書き込まれたメモを見せた。
「ん?なんだそれ。」
「昼に売店で買ってくるようにみんなから言われてるんですけど...。
なかなか憶えきれなくって...」ヘリオンはうなだれた。
「なになに、メロンパン3個にアンパン5個、ジュースが9本、その他もろもろ...か。
確かに色々頼まれてるな。」
少女の持っているメモを覗き込んだ悠人は、思わず小さく溜息をついてしまう。

「まだ今日の訓練のメニューもこなしてないのに...。
私ってそんなに気弱に見えるんでしょうか?
...やっぱり、いつも言われているように、私の性格は戦闘には向いていないんでしょうか?」
すがりつくような目をしてヘリオンが悠人に訴えかける。
だいたいこの世界に売店があった事自体が驚きであったが、
今はそんな細かい事を気にしている場合ではなかった。

「いいじゃないか、ヘリオン。みんなそれぞれ個性があるんだよ。
スピリットだって戦うためだけの存在じゃない。」
そっと片手をヘリオンの華奢な肩に乗せて、悠人は言った。
「きっと、みんなへリオンに甘えたがっているんだ。
ヘリオンを見ていると戦いを忘れさせてくれる...そんな気がするんじゃないのかな。
―――俺も含めて。」そう言って、悠人は照れくさそうな微笑を浮かべた。
「ユートさまは...戦いのため以外に、私に生きろ、と、そうおっしゃるのですか?」
黒目がちの美しい瞳にうっすらと涙を浮かべながら、ヘリオンが問いかける。
「うん。きっと、何か別の、生きる意味がある筈だよ。俺にも...そして、ヘリオンにも。」
陽光をキラキラと映し、ゆっくりと流れる川面に視線を落としながら、悠人は諭すように言った。

「わかりました、ユートさま!なんだか元気が出てきました、ありがとうございます!」
両手でガッツポーズを作りながらヘリオンが言う。
「良かった。やっぱりヘリオンは元気な姿がよく似合うよ。
あ...そうだ、これ、受け取ってくれるかな。」
そう言って悠人はポケットから取り出したそれを、ヘリオンに握らせ、
手のひらで少女の小さな手を包み込んだ。
「え...ユートさま...?」ヘリオンはその暖かい手から伝わる悠人の体温に頬を染める。
「俺、焼きそばパンと牛乳な。あ、お釣りは返せよ。今月は厳しいんだ、じゃあな。」
爽やかにそう言い残して、悠人は背を向け、駆け出した。
「ユートさまったら...。『俺も含めて』って、なるほど...。ふ、ふふ、ふふふふふ。」
ヘリオンは手渡された小銭を握りしめ、こみ上げる笑いとともに体を震わせた。
いつか、野に放たれた火のように、目に物見せてやる、そう強く心に誓いながら。

ブラックスピリット・ヘリオン、ノーマルモード、Lv15の春であった。