セリアの憂鬱

「じょーいとぅーざわーるうぃんど♪...っと?」

時はスリハの月。ハイペリアで言えば年の瀬である。
一ヶ月が20日までしかないこの世界には、本来クリスマスなどと言うものは存在しない。
しかし最近合流した今日子や光陰の話を聞かされたラキオス軍スピリット達も、
何となくその華やかな雰囲気を感じ取ったのか、このところ浮かれ調子である。
つられて上機嫌で鼻歌を歌っていた悠人に向かって、青い疾風が駆け寄ってくるのが見えた。
「セ、セリア!?」
「うわあああんっ、ユートさまっっ!!」
胸に飛び込んできたその衝撃に耐えながら、悠人は咳き込んだ。
というか、この状況が理解し難い。これがツンドラ永久凍土の名を欲しいままにした、あのセリアなのか?
胸に顔を埋める直前、ちらりと見えたその顔もまた、悠人の想像の範疇を超えていた。

「ゲホゲホッ...と、とにかく落ち着け、セリア。い...一体何があったってんだ?」
悠人はセリアの体を引き離しながら尋ねた。
顔を見られたくないのか、はたまた流れ落ちる涙を抑えているのか、セリアが両の掌で顔を覆う。
「うっ、ぐすっ、クっ、クリスマスなんて大嫌いよっ!」
泣きじゃくるセリアというのもちょっと可愛いもんだ、などと不謹慎な事を考えてしまう悠人であった。
「...と、とにかくさ、分かるように話してくれ。俺で良ければ相談に乗るぞ?」
「ヒミカが...ヒミカがぁっ!」
「ヒミカがどうした?」
「私達は年長組だから...ぐすっ、オルファとかネリー達を楽しませてやらなきゃならないって言って...」
「あいつは年少組に甘いからな。まあ、でも悪い事じゃないと思うけど...。」
幼稚園のようなグループ分けもどうか、と思いながら悠人は言った。
「でも、でもっ、こんな事しなくたってっ!!」
そう言ってセリアは初めて顔を上げた。
「―――赤いな、見事に。」
見間違いではなかった。
...セリアの鼻は、ホオズキの実のようにつやつやと輝いていたのである。

「ヒミカが、自分は『サンタさん』の役をするからって...」再びセリアが泣きじゃくり始める。
「...なるほど、セリアは『トナカイ』ってことか。ひどい事するなあ。」
「ひどいでしょ?ひどいですよね?落ちないんです、これっ!!」
セリアが悠人の胸ぐらをつかんで揺すった。
「わ、分かった分かった。でも、そんなに嫌なら断りゃ良かったのに。」
「う...断ったんです、一応!なのに...今朝起きたら、いつの間にかっ!」
恐らくヒミカの差しがねに違いないが、大体犯人の見当はつく。
「落ち着けってば。あんまり泣いてばっかりだと、本当にそんな鼻になるぞ。」
「なんですってえっ!」血相を変えたセリアが、胸ぐらをつかんだまま顔をぐい、と近付けた。
だが、ピエロの如きその鼻では、燃えさかる炎をも凍て付かせるような普段の迫力は、到底出せない。
「わ、悪かった。俺が何とかしてやるから。」
悠人は噴き出しそうになるのを必死にこらえ、己が眉間に全ての筋力を集中させた。
ここで笑えば自殺行為に等しい。
「ほ、本当ですか、ユートさま?あ、あ、ありがとうございますっ!!」
悠人の言葉を聞いたセリアが、ぴょこんとポニーテールの頭を下げた。
「とりあえず付いて来いよ。俺もここんとこ、ヒミカのセリアいびりは目に余ると思ってたんだ。」
そう言うと悠人は颯爽と先に立って歩き始めた。セリアが慌てて後を追う。

「遅いじゃないの、セリア!どこ行ってたのよ?もうすぐ出番よ!...って、その鼻は!?」
サンタクロースの扮装をしたヒミカが、悠人と連れ立ってやって来たセリアを見て絶句した。
その鼻は、晴れ渡るラキオスの空のような水色に塗りたくられていた。
「やっぱり水の妖精なら青じゃないとな。今年のハイペリアのクリスマスじゃ、ブルーが流行ってるって言うし。」
瞳から輝きを失って茫然と立ち尽くすセリアの横で、悠人が満足気に微笑む。

まさか、自分の行いがセリアに追い打ちをかけていようとは、露ほども気付いていない悠人であった。