良い子の敵、黒サンタ

クリスマスに興味津々の年少組に頼まれ、居間に移動してから少々の時が経ち、
悠人がひとしきりの知識を教え終わりほっとした所で、光陰がポツリと呟いた。
「ところで、悠人が説明しなかった事が一つあるんだが、こんな話があるんだ。
良い子にプレゼントを配るサンタクロースと対をなす、黒サンタがいるという、な」
「黒サンタ?」
身を乗り出して目を丸くする彼女たちに向かって、光陰はゆっくりと脅かすように続ける。
「ああ、そうさ。普通のサンタクロースは赤い衣裳に白いひげという悠人が言ったとおりの奴なんだが、
黒サンタはその名の通り真っ黒い衣裳に身を包んでいるのだ。そして、良い子にプレゼントを渡すのが
サンタクロースの仕事なら、黒サンタの仕事は物を取ってどっかに持っていっちまうことなんだ」
その光陰のからかいが混じる表情を見て、悠人も光陰の話の意図に気がついた。
ちょっと問題のある子をしばらくの間は良い子に変身させる、よくある脅し文句だ。
「泥棒なのに、仕事なの?それじゃあ悪い奴じゃない」
何時から聞いていたのか、もののついでとばかりに居間にやってきていたニムントールが
光陰を軽く睨み続けたまま面倒くさそうに言葉を漏らした。
普段はほぼ無視されるような状況にあったためか、
そのような反抗的な言葉にさえも嬉しそうに光陰は顔を向ける。
「いやいや、そうじゃないんだなぁニムントールちゃん。この黒サンタが物を盗んでいくのには理由があるんだ。
良い子にはプレゼントを配ってくれるサンタクロースがやって来る。
それなら、黒サンタがやってくるのはどんな子の所だと思う?」
ニヤニヤと笑いながら大仰に手を広げ、エンターテイナーのような調子で問い掛ける。
きっと、そのような態度がニムの癪に障るんだろうなと思いながら悠人が当人に目を向けると、
やはりその瞳をヤブ睨みの形にしたまま、ふいと光陰から目を逸らし、
「知らない」
と一言だけを返した。
気を悪くした様子も見せないで、光陰は唇の端をくい、と持ち上げる。
そのまま、再びオルファやネリーたちのほうにも視線をやりながら言葉を続けた。

「それはな、行儀が悪かったり、言いつけを守らなかったりする悪い子の所さ。
大事なものをお仕置きのために持っていっちまうってわけだな。
だから、ひょっとしたら黒サンタが来てしまう子がいるかもしれないなぁ」
そうして意味ありげにニムントールへと目を巡らし、
「例えば、礼儀のなってないことを注意されてる子、とか
いつも落ち着きが無いとか、ケンカをするなって怒られてる子とか」
順にネリー、オルファへと含みのある表情を向ける。
「お、落ち着きが無いなんてことないよ!」
「ケンカだって、あんまりしてないもん!」
ただ一人、光陰からは何も言われなかったシアーがゆっくりと喋り始めた。
「そうかな~?昨日もおやつの時間に……ふむぅ」
左右から、見事な連携でシアーの口を塞ぐ二人。半ば引きつった笑みで、
互いに仲良しをアピールしているのを見て悠人も苦笑いを禁じえなかった。
その時、悠人は自らにじっと注がれた視線をふと感じ取った。
おや、と顔を向けた先でニムントールと目が合う。目と口をあっと開いてやや気まずそうに顔を伏せた。
「どうしたんだ、ニム?」
ピクリ、と肩を震わせてしばしの逡巡。悠人が首を傾げかけた瞬間、顔をばっとあげて声をあげる。
「ニムっていうな、ユートのバカ!」
「お、おい?」
「ユートのお話、もう終わったんでしょ。じゃ、ニムは帰るから」
ぷい、と悠人からも目を逸らして止める間もなくぱたぱたと自室に戻っていった。
あまりの唐突さに呆然としている所で、光陰が悠人の隣に近づいてくる。
「効果なし、だったかな」
「いやぁ、まああの位でニムの口の利き方が良くなる訳無いだろうし」
互いに苦笑いを交し合い、二人は目の前で一所懸命に良い子であろうと努力を続ける者たちと、
さらに大勢の相手へ渡すプレゼントの内容を吟味し始めた。

カチャリと自室の扉を閉めて、ニムントールは静かに寝台の上に腰掛ける。
しばらく口を尖らせていたかと思うと、その口をついて小さな呟きが漏れた。
「黒くて、大事なものを持ってっちゃう」
そのまま目を閉じているニムントールの頭の中に、色々と「大事なもの」が浮かび始める。
その中で。もっとも最後に彼女の中に追加された「大事なもの」の姿が大きくなっていた。
そして、その姿の横にはもう一人の「大事なもの」が。
「そんなの、黒サンタなんてのじゃなくても、もう間に合ってるじゃない」
目を開けて天井に視線を移し、力を込めてそう口にする。だとするならば。
今の自分を「黒サンタ」から守るためには良い子でなどいられない。
自分を隠して、聞き分けのいい良い子でいたらあっという間に持っていかれてしまうだろう、と
確信を秘めた瞳で、頭に浮かぶ者に向かって視線を飛ばす。
「負けないんだから、ね」
口に出して、ニムントールは形の良い唇を小気味よく引き締めた。