「うわ~かわいいっ!」
「お姉ちゃん、ホントにこれ、着てもい~の~?」
第二詰め所にネリーとシアーの歓声が上がる。
二人の視線はエスペリアが持ってきた衣装に注がれていた。
「ええ、もうアセリアやセリアには小さいから年少組にでも、と思って」
「わあ~、あ、これこれネリー着たい!」
「え、え、じゃあ~、シアーはこっち~」
そう言ってシアーが取り出したのは普段エスペリアが着ているような濃緑のワンピース。
スカートの部分が大きく広がって白のフリルが裾にあしらわれている。
腰の辺りで纏めて後ろで結ぶ為のリボンもお揃いの白である。
ただ、そのサイズだけがやや小さい。彼女が幼い頃に着ていたものだった。
二着あるその衣装をネリーとシアーが奪い合っている。
「まあ折角の服もタンスの肥やしにしていてはしょうがないですし……」
説明しながらエスペリアは向こうでファーレーンと話しているニムントールに視線を向けた。
「ニムントール、ちょっとこっちにいらっしゃい」
向こうからエスペリアの呼ぶ声が聞こえる。
話の内容は筒抜けだったのでニムントールにはなんの用件かは判っている。
それでも彼女はなかなか動こうとしなかった。
「ほらニム、エスペリアが呼んでるわよ、行ってみたら?」
優しく微笑むファーレーン。妹が先程からちらちらとそちらの方を窺っていたのは知っていた。
きっと気になってはいるが照れているのだろう。ファーレーンにしてみれば後押しのつもりだった。
しかし当のニムントールは面倒臭そうにはぁ~とひとつ大きな溜息をついただけだった。
「?どうしたの、ニム」
「どうせ似合わないし、ニム、いらない」
「ちょ、ちょっとニム、そんな言い方はないでしょう」
「………………」
思いがけないニムントールの拒絶に慌てたファーレーンが嗜める。
ニムントールはそれを無視して立ち上がり、そのまますたすたと部屋を出て行ってしまった。
「あ、ま、待ちなさいニム……すみません、失礼します」
「え……あ…………」
ぱたぱたと後を追いかけるファーレーン。
エスペリアが何か言おうとする前にばたん、と部屋の扉が閉められた。
服を奪い合っていた二人の動きも不思議そうに固まっていた。
ファーレーンが部屋に戻ると案の定、ニムントールはベッドの上で布団にくるまって背中を向けていた。
やれやれ、と軽く溜息をついてファーレーンは椅子に座る。
そして穏やかな口調で話しかけた。
「どうしたの、ニム。…………エスペリアの服、着たくなかった?」
「………………」
返事が返ってこない。しかしじっと話を聞いているらしい様子は窺えた。
「でもね、あんな言い方をしちゃだめ。エスペリアだって気を悪くするでしょう?」
「だってあの服、二着しか無かったんだよ」
「…………え?」
「ニムが我慢すればそれでいいじゃん……」
布団越しにくぐもったニムントールの声がそこで途切れる。
「…………そっか。偉かったね、ニム」
全てを理解したファーレーンはそれ以上何も言わずに妹の背中を優しく擦っていた。
――――――――
「よっ、ニム、相変わらず仏頂面だな」
「…………なによユート、ニムっていうな」
次の日の朝。訓練に向かおうとしていたニムントールに悠人が声を掛けた。
昨日の事もあり、普段から不機嫌そうな彼女の態度は拍車をかけて冷たい。
もちろん悠人が一言多いのも事実だが。ニムントールはそのまま歩き始めた。
「おいおい、ちょっと待てって。あのな、ニムに頼みがあるんだ」
「だからニムっていうなっ!…………はぁ~、なによ頼みって。言っておくけど今日ニム、すっごく機嫌悪いんだからね」
「それはいつもの事……わわわそうじゃなくて、実はこれなんだが……」
キッと睨んで『曙光』を握りなおしたニムントールに、慌てて悠人は先程から抱えていた箱を差し出す。
不審そうな顔をしてそれを眺めた後、彼女はしぶしぶそれを受け取った。
「……で、なんなのこれ」
「服だよ、昨日エスペリアに見せてもらったんだけどさ、俺どうしてもそれをニムに着てもらいたくて貰ってきたんだ」
「…………いらない」
即答して箱を放り投げるニムントール。慌ててそれを受け止めた後、悠人は大げさに溜息をついた。
「はぁ~、そうだよなぁ……ごめんな俺の我侭だった…………あ~でも見たかったなぁそれ着たニム」
「………………」
「他のやつ貰ってたネリーとシアーも可愛かったけど……でもやっぱりニムの方が似合うって思ったんだけどな…………」
「…………………………」
「それで無理言ってエスペリアにもう一着貰ってきたんだけど…………はぁぁ~~、やっぱり駄目だよな~~~」
「……………………………………」
「あ~、でも見たかったなぁ~……きっと可愛いんだろうなぁ、それ着たニム…………」
「……………………………………………………」
「いや、でも無理言ってごめんなニム。本人が嫌がってるのに俺って何やってるんだろうな、ははははは……はぁ~~~」
「……………………………………………………………………貸しなさいよ」
「え?」
「いいから貸しなさいよ、それ。着てあげる」
「え、え、えっ?……いいのか、ニム」
急に顔を上げて満面に嬉しそうな表情を浮かべる悠人。ニムントールはぷい、視線を逸らした。しかし首筋までが真っ赤である。
「そんな死にそうな顔で頼まれたらいやとは言えないでしょっ!いっとくけど、ユートがど~~~してもっていうから着てあげるんだからね!」
「あ、ああ、ありがとな、ニム」
「ふんっ!ニムっていうな!まったく……ちゃんとそこで待ってなさいよっ!」
「ああ、期待してるよ、可愛いニムのドレス姿」
「~~~~~~ばっかじゃないのっ!!!」
怒鳴りながらも大事そうに箱を抱えたまま駆け出すニムントール。悠人は見えないようにやれやれと肩を竦めた。
隠しているようで頭にしっかり♪マークを浮かべたニムントールが立ち去った後、悠人は後ろを振り返った。
「ふぅ、これで良かったか、ファーレーン」
声に応じて木の陰から現れたファーレーンがぺこり、と悠人にお辞儀をする。
「ええ、すみませんでした、ユート様。突然こんな事をお願いしてしまって」
「ああいいって…………やれやれ、それにしても素直じゃないな、相変わらず」
「ふふっ……それがニムの優しいところなんです、ユート様」
妹が去った方をいとおしそうに眺めながらファーレーンが呟く。
悠人も同じようにそちらを見ながら頷いた。
「うん、まぁそうだな。ちょっと判りづらいけど…………可愛い、よな」
「あら、いくらユート様でも…………ニムはそう簡単にはあげませんよ」
「な、ななななに言ってるんだ、そんなんじゃないって」
ファーレーンが悪戯っぽく小さな舌を出して悠人をからかう。上目遣いで囁かれて悠人はうろたえた。
「ユート~~~…………」
向こうからぱたぱたと駆けて来る足音が聞こえてくる。
「あ、ほらユート様、宜しくお願いしますね」
「あ、ああ…………」
ファーレーンに軽く背中を押されて悠人はよろけ出す。振り向くとにこにこ顔のファーレーンが小さく手を振っていた。
一体なにをお願いされたのだろう。芝居の締めくくりだろうか、それとも…………
ニムントールの姿が見えた。朝日を背に大きく手を振っている彼女の姿は服装なんて関係なく悠人には眩しかった。