にむんにむん

たゆんたゆん

悠人の目は自然と吸い寄せられた。説明不要っ! ハリオンだ。
服の上からでもわかるそのたわわな…
「痛ぇーーーーっ!」
男のさがに天罰を下したのはニムントールだった。
素知らぬ顔をして『曙光』の刃先で悠人の足の甲をぐりぐりしている。
「待ったっ待ったっ、ニム、降参っ、やめて、刃の方じゃシャレんなんないって!」
「フンッ」
サッと『曙光』が半回転して柄の先でドッと一突き、それからようやく悠人の足は解放された。
「痛いじゃないか、ニム」
「ユートが悪い」
「別にいつ…」
ぶっちゃけ「いつものこと」なんだが、ここでそれを言ってしまうのは危険だ。咄嗟に口を続きを飲み込む。
「ちっ」
見るとニムントールが今にも振り下ろさんと『曙光』を構えていた。あぶないあぶない。
「なによ、いっつもいっつも…ニ…」
何か言いかけたところではたと辺りを見回すニムントール。
第二詰所の食堂。居るのは悠人とニムントールだけ。ハリオンは丁度お茶を片付けて台所へ出て行ったところだ。
悠人の悲鳴は耳に届いていただろうが、まぁ、動じるハリオンではない、胸以外は。
それでもカップや皿を台所に置いたら様子を見に来るだろう。
「…ちょっとついてきなさい、ユート」
ニムントールは立ち上がってそう言うと、悠人の上着の裾をぐいっと掴んで引きずるようにして歩き出す。
「お、おい!? 伸びるって、いや、つーか、足痛いんですけど」

悠人が半ば引きずられるようにして連れてこられたのは、詰所の裏だった。
「ん、ここなら大丈夫でしょ。…コホンッ、さっきの続き、ね」
ずっと掴んでいた悠人の上着を放して、ニムントールは宣言した。
「………」
「………? どうした、ニム?」
「…ぅ゛」
これは…あれか? 話が中断してテンションが途切れたというか、移動してる間に少しは落ち着いたというか、そういうことか?
「じゃ、この件は落着ということで」
これ幸いと悠人はそそくさと逃げ出そうとしたが、
「却下っ!!!」
脳天直撃、『曙光』。
「なによなによっ、いっつもハリオンばっかしっ、ニムだって、ニムだって、あのくらい…」
却って怒りを取り戻させてしまったらしい。
それはまぁいいとしてもだ、ぐわんぐわん、世界が揺れる。
「と、とりあえず、『曙光』はどこかに置いてくれ」
悠人が必死に意識を保ち、どうにか世界が安定させる。
と、とっくに『曙光』を地面に置いていたニムントールが悠人にびしっと指を突きつけた。
「いーい!? ちゃーんと見てなさいよっ!!」
じぃーっ
「…ぅ、ぁ、そ、そんなにじっと見るなーっ!」
「いや、見ろって言ったのニムだし」
「う、うるさいわねっ、とにかくっ、じっと見ないのっ!」
「はいはい」
難しい注文だが、横を向きつつちらりと見る感じに努めてみる。
「…ぅぅ…い、いくわよっ」
踏ん切りをつけるように言って、ニムントールが軽くジャンプする。
ぴょんっ

「………」
着地したまま固まっているニムントール。
「………で?」
「~~~~っ!! 今のなしっ! もっかいっ!!」
そう叫ぶと、ニムントールは腰のベルトを外して本来の位置より上でぎゅっと締めた。
もう一度ジャンプ。さっきよりも強く。
ピョンッ

   にむんにむん

…まぁ、なんだ。揺れたな、一応。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!」
ギリギリと歯をくいしばったかと思うとニムントールはダッと駆け出した。
「泣くほど悔しがることかなぁ…女の子ってのは難しいもんだな」
光陰が聞いたらさぞかし憤慨しそうなことを呟くと、悠人は『曙光』を拾って歩き出す。
ゆっくりと、だが、その歩みに迷いはなかった。

げしげしげしっ
悠人の視線の先、詰所の中庭にある木の下で、ニムントールが跪いて地面を叩いている。
しばらくそのまま眺め、やがて少しは落ち着いたのを見計らってから、ゆっくりと歩み寄って行った。
「忘れ物だぞ」
『曙光』の柄の先でニムントールのほっぺたを軽くつつく。にむにむ。
「泣くようなことじゃないだろ?」
「…泣いてなんかない、ない…もん…目にごみが入っただけ」
「そりゃ大変だ。こするなよ? 今、ハリオ…んごっ!?」
「バカッ!」
いつの間にひったくったものか、『曙光』でひっぱたかれた。
いいかげん頭蓋骨が歪んでしまいそうだ。
「別に胸が大きかろうが小さかろうがいいじゃないか」
「ニムは大人なんだもん、ネリーたちとは違うんだもん」
「いや、大人と胸は関係…ないこともないかもしれないけど、それは違うだろ。っていうか、一部のヤツを敵に回すぞ、その発言は。だいたいアレが特殊なだけだろ、どちらかと言えば」
「だって…だってュ(ートが…)」
ごにょごにょと何やら。
「だいたい、ニムはまだまだこれから大きくなるんだから。背も…その…なんだ…胸も」
すると、ニムントールがぐいとにじり寄った。
「今なんだもんっ! 今じゃなきゃだめなんだもんっ!!」
胸倉をぽかぽかと叩いてくるニムントールの頭を、ぽん、ぽん、と優しく撫でるように。
「今は今のままでいいじゃないか。大きくなる前にしかできないこともあるさ。…よっと」
そう言ってニムントールを抱き上げる。
「正直、ニムがハリオンぐらいになったら、こうしてお姫さま抱っこできる自信ないな」
「………ばか」
きゅっ