ある冬の日こと。悠人は第二詰所の自室で一抹の物足りなさを感じていた。今やすっかり環境が整ってきて不足している品などないはずなのに、何かが足りない気がしてしまうのだ。
「うーん、何だろうなぁ…」
部屋の中を見回すと、テーブルの向こうにベッドが見える。その上では毛布がくしゃくしゃと丸まっていた。視界のその光景を見て、悠人は「足りない何か」の正体に気づいた。別に第一詰所と第二詰所の違いではない。
「そうか…うーん…この際だから、ちょっと試してみるか、雰囲気だけでも」
そう独り呟くと、悠人はテーブルを引っくり返して『求め』を手に取った。
数時間後。若干の試行錯誤の後、どうにか雰囲気だけはできあがった。
予備の毛布を借りてきて下に敷き、足を切り詰めたテーブル(後で金具で繋げて戻せるようにしっかり保管した)を設置、さらに毛布を被せ、どうにか調達してきた板を載せた。
そう、炬燵だ。さすがにこんなことにエーテルを使うわけにはいかないので熱源はなし。まぁ、暖炉で部屋自体は温まっているので、良しとする。雰囲気を味わうのが目的だしな。
「うん、こんなところだろう。うーん、こうなると蜜柑と煎餅が欲しくなってくるなぁ…」
蜜柑は…何か似たような果物ぐらいはありそうだな。煎餅は…難しいかなぁ…ヨフアルで妥協するという手もあるけど、ここはやっぱりしょっぱい物が欲しい気がする。
悠人がさらなる雰囲気再現に思いを馳せていると、ドアがノックされた。
「ユートさま~?」
ハリオンの声だ。さっきからドタバタしてたので様子を見に来たのだろう。丁度いい、蜜柑と煎餅の代替品について相談してみようか。
「入っていいぞぉ」
「失礼します~」
入って来たハリオンは一瞬不思議そうな顔を浮かべ、それから瞳を輝かせた。常に無いほどに。
「あらあら~? それは~何ですか~? なんだか~とっても幸せな予感がしますぅ~」
「あ、あぁ…これはコタツと言って、本当は中に熱源を入れるんだけど…」
「まぁまぁまぁ~、そうですかぁ~、それはいいですねぇ~、では~さっそく~」
説明を聞くやいなや部屋を出て行くハリオン。激しく嫌な予感に囚われて、悠人は突っ伏した。自作の炬燵もどきの上に。
しばらくの間、聞こえてくる騒々しい物音を無理やり意識から追い出していた悠人だったが、いつまでも逃げ続けてもいられず、現実を確認することにした。既に物音は収まっている。
「これはまた…何と言うか…」
居間のテーブルがコタツに改造され、第二詰所の面々がくつろいでいた。お茶にヨフアル、ネネの実まで完備されてるし。
「さぁさぁ~、ユートさまも~♪」
「あ、あぁ…」
促されて悠人も加わる。
「あれ? 何だか微妙にあったかい?」
「水筒にお湯を入れて~テーブルに付けてみましたぁ~♪」
…上を行かれた。微妙に複雑な気分。
「おや? ネリーとニムはどうしたんだ?」
二人の姿が見当たらないことに気づいて、悠人が尋ねた。
「ネリーちゃんは~…」
「たっだいまーっ!」
ハリオンが答えようとしたところで、ネリーがドアから飛び込んで来て、コタツに入った。
「お庭で~遊んでたんですよね~」
「そーだよー。寒いのは寒いので楽しまないとねー」
……まぁ、ネリーだしな。
「んで、ニムは?」
「いますよ~、そこに~」
ファーレーンの隣で横になっていた。
「ぅにぃ…」
あ、丸まった。……何と言うか、納得。
「とっても~幸せですねぇ~♪」
ほっこりハリオン。何だかトランプでも欲しくなってきた。言わないけど。
そのままのんびりとした時間がどれくらい経過しただろうか。ふと、セリアが口を開いた。
「ところで、そろそろ夕飯の時間じゃないの?」
「そうですね、いつもなら」
応じるファーレーンはニムントールの髪を梳きながら。
「ねぇ、ちょっと、ハリオン! 準備は?」
至福の表情でコタツに伏せて眠っている(?)ハリオンをヒミカが揺さぶった。
「ん~、お姉さんは~眠いんですぅ~、起こしたらぁ~めっですよぅ~」
「ハリオン! ていうか、あんた起きてるでしょっ!?」
「んもぅ~何ですか~? せっかく幸せな気分でしたのにぃ~」
「ハリオン、夕飯の仕度はどうなってるの!?」
「ん~…知りません~…いいじゃないですかぁ~、ヨフアルもありますしぃ~」
満場のため息。二名ほどを除いて。
翌朝。
「くちゅんっ」
コタツに座ったまま一晩眠って風邪を引いたハリオンが発見され、コタツは撤去されることになった。
朝食後、自室に引き上げた悠人は呟く。
「やれやれ。炬燵がこんなに危険だとは。さて、俺の部屋のも片付けるとするか、雰囲気は味わったし。…でもその前に、もう少しだけ最後に」
そして、悠人が炬燵布団代わりの毛布をめくると、そこには丸くなったニムントールがいた。