「うう。今年の冬はずいぶん冷えるなあ。」
懐手をしながら悠人が身震いする。
「―――お前、何年ここに住んでんだ。馴染みすぎだぞ、悠人。」
光陰が顔をしかめた。
確か、ラキオスは常春の国だったはずなのだが、異常気象というのはどこの世界にも有るもので、
この数週間は暖房が恋しくなるような日々が続いていたのである。
特に寒さに弱い緑のスピリット達は、ヨーティア特製の炬燵から離れようとしない。
「なんで私が...」後方からセリアがブツブツ不平を言っている声。
この日の宮中警護はハリオンたちの担当だったのだが、炬燵でうたた寝をしていて風邪をひいたので、
急きょ入れ替わったのだ。
「俺、あの娘苦手なんだよ。」光陰が悠人に耳打ちする。
「文句言うな、光陰。ああ見えて結構いい所もあるんだから。」苦笑をまじえつつ悠人が言う。
「おっそーい!いつまで待たせんのよ!」
王城では光陰達との交代を今か遅しと待ち構えていた今日子が眉を吊り上げていた。
「キョウコさま~、早く行こうよ~!」
「シアー、もうおなかペッコペコぉ~!」
さすがに青スピリットだけあって、この寒冷のなかでも元気さの衰えない双子が左右から今日子の手を引っ張った。
「あー、はいはい、仕方ないわね。それじゃ悠、あと宜しく。」
「なんだ、どっか行くのか?」光陰が詰所と反対方向に向かう三人を見て、怪訝な顔をした。
「喫茶店でお菓子奢ったげる約束してたのよ。じゃあね。」
「ネリーはヨフアルふたつ~!!」
「あ~っ、シアーはみっつ~!!」
両手を掴まれたまま、顔だけ振り返って今日子がまんざらでもない表情を見せた。
「馴染んでるのは悠人だけじゃないってか。」光陰が笑った。
そう言えばハイペリア時代の今日子は、よくあんなふうに部活の後輩を連れて歩いていたものだ。
「―――へえ、喫茶店なんてあったんだ。」
なんとなく名残惜しそうに今日子を見送るセリアが小さく呟いた。
セリアの横顔を見ていた悠人は一計を案ずる。
「よし、じゃ、見回りついでに俺達も行ってみようか。」
「え?でも、ユートさま、警備の仕事が...」
「なあに、ちょっとくらい抜け出したって構わないさ。いろんな施設を見て回るのも立派な仕事だ。」
そう言って悠人は先に立って歩き始める。
「お、悠人、たまにはいい事言うな。隊長様の言う事は聞かなきゃダメだぞ、セリア。
ハイペリアではこういうのを「サボリ」と言ってだな、精神鍛錬には欠かせないとされているんだ。」
光陰がわざとらしく頷きながら妙な講釈を垂れた。
「はあ、そういうものなんですか。」
戸惑いつつも、ほんの少しだけ顔をほころばせたセリアが、二人の後を追い始める。
「ここか...」三人は今日子達の入って行った店の前で顔を見合わせた。
この世界では喫茶店といえども油断は出来ない。中身は連れ込み宿だったりすることがままあるのだ。
もしそんな事態になったら、溶けかけたセリアが永久凍結するのは想像に難くなかった。
「ま、先客もいる事だし、大丈夫だろ。」無警戒の光陰がドアを押した。
カランコロン。
軽やかなドアベルの音がする。どうやら本当に喫茶店のようである。
「あ、いらっしゃーい、パパ!」
何と、出迎えたのはオルファであった。
いつものドレス姿であるが、こうして見るとそのままでウェイトレスに見える。
「なんだ、オルファの店だったのか。」悠人が苦笑した。
「ううん、違うよ。いつもはハリオンお姉ちゃんがやってるんだけど、
風邪引いてお休みしてるから、オルファたちが手伝ってるの。」
(ハリオン、俺達に隠れて何やってんだ...)悠人は軽いめまいを感じた。
「おおぅ、ここに来た甲斐があったってもんだな、悠人よ。」
対照的に感涙にむせぶ光陰が悠人の肩に手を掛けた。
「いらっしゃいませ。」
奥の厨房からヒミカが顔を出した。オルファとともに留守を預かっているようだが、
この店の盛況振りを知れば、ハリオンも布団の中で悔し涙を流す事であろう。
「やっぱり来ると思ってたわよ。悠、サボリをバラされたくなかったら、ここはあんたのおごりだからね。」
テーブルに腰掛けていた今日子がニヤニヤ笑いながら言った。
「はは。仕方ない。」悠人達も並んで腰を降ろした。
「―――にしても、あったかいな、ここ。」
コーヒーとヨフアルで一服ついた光陰が店の中を見回した。
どうも暖房器具に当たるものは無いようである。
「暖かいというよりは...熱い...?」悠人の額に汗が浮かんだ。
横を見ると、いち早くアイスコーヒーを飲み終えたセリアも少々閉口しているようだ。
今日子はすでにハリセンを取り出して双子とともに涼を取っている。
「ちょ...ちょっと外に出ようか、セリア。」
汗だくになりながらも、しぶとく店内に居座る光陰を残し、悠人はセリアと連れ立って涼みに出た。
「セリア、そういやあの看板、何て書いてある?」店外で悠人はセリアに尋ねた。
「はい...えっと、『喫茶・ヒートフロア』...?」
「―――なるほど。床暖房完備、って事か。――へっくしょん!」
いつになくウスいオチに、寒々としたものを感じる悠人であった。