氷の微笑、炎の微笑

 どさりと地面に落ちた腕。
 一瞬、自分のものと気付かなかった。
 遅れて感じる腕の軽さ、認識すれば耐え難い痛み。
 肘から先を刈り取られた腕が、止め処なく血を吐き出す。
 皮肉な話。心を凍てつかせたと思っても、体に流れる血は温かい。
 傷口を素早く凍らせ止血する。
 自嘲の笑みが自然に浮かぶ。
 なぜに自分はこんなにも浅ましく生にしがみ付く?
 戦いの道具扱いされる事への抵抗か。私もひとりの命ある存在だという主義主張か。
 道具としての生き方しか知らないというのに。

 眼前には表情の無い黒スピリット。
 神剣を構え、私を見る。獲物を狙う本能の目で。
 黒い翼が広がり、死を告げる。
 誰の記憶にも残らぬまま、私は消える。
 誰にも知られず始まった命が、誰にも知られぬままに逝く。
 嗚呼、これほど私に似合う終わりも無いだろう。
 足掻き彷徨い、していたは足踏み。

 ふと、私を呼ぶ声がした。
 微かに残った卑しき心は、最後まで私を苦しめる。
 希望という名の幻聴。
 どこにでもある道具の私は、いてもいなくても変わらない。
 透明な私は誰にも見えない。
 その、筈だった。

 吹き込んできたは紅の風。
 思わず目を奪われた。
 命取り合う戦場で、我忘れ呆と見惚れた。
 赤スピリットの神剣攻撃上位型。受ける機会も幾度かあった。
 しかし、今まで見てきたどれとも異質。
 火焔纏いし三連撃(トリプルスイング)。
 炎の軌跡を描きつつ、流れるように舞うように。
 力強きは命の脈動。

 黒い翼が炎に焼かれ霧と化す。

 私の方へ、彼女は振り向く。
 怒りの視線が心に刺さる。
 一拍遅れて矛盾に気付く。
 道具の私の心に刺さる?
 呆然とする私の前で、彼女は手を振り上げた。
 神剣を持たない方の手を。

 頬が乾いた音で鳴る。
 痛かった。斬られた腕より遥かにずっと。

「心配、したんだ」

 彼女は私を抱きめる。
 強く、優しく、慈しむように。

「心配、したんだよ」

 混乱した。
 無い筈の心が千々に乱れた。

 自分でも見えてなかった私自身を、彼女は見つけてくれていた。
 ここにいるよと、微笑んでくれた。

「ああ……」

 舌が空回る。
 道具としての言葉しか発してこなかった私は、自分の言葉を持っていなかった。

「あ、ああ……ああっ……!! うああああっ……!!」

 もどかしくて、嬉しくて、何か言いたくて、それでも言えなくて。
 涙だけぼろぼろ零れる。

「うあああああああああああーーーーーっ!!」

 感情の爆発。
 ただ叫ぶ事しか出来ないままで、彼女の胸の温かみを感じた。
 叫びこそが、私の感情の全てだった。

 道具である事に拘っていたは自分自身。
 彷徨い続ける私の心の迷宮に、横から穴が穿たれた。
 光差し込む別世界。こんな世界があったのか。
 いや、そもそも私が目を逸らしていただけなのだろう。
 手はけして届くまいと最初から諦めて。

 差し伸べられた彼女の手を、私は取った。

 あれから色んな事があった。
 私に命を説いた彼女は、自分が皆の為に犠牲になりかねない行動ばかりするんだから世話が無い。
 考えが浅いというか、目の前の事に精一杯。
 立場は逆転、今では私が彼女の抑え役。
 そんな私の心知らずに、彼女はいつも無茶ばかり。
 でも。それでも。

 そんな貴女が、私は好きです。