ア&セリア子供劇場Ⅴ

 息を潜めて様子を窺い、油断無く左右を見渡します。
 そのたびにフリフリと短いポニーテールが揺れています。
 刃を握った手に一度だけ視線を落として、小さな溜息をつきました。
「何でこうなるの……」
 年端もいかないスピリットが戦わなくてはいけない世界。
 その小さな肩に掛かる責任は、スピリットだからなのでしょうか…………

 それはセリアの……たった一人の戦いでした。

 困ったことに、寡兵どころか本当にセリアだけでした。いつもなら要と成るべきエスペリア
お姉ちゃんはどこに行ってしまったのでしょうね? 思わず悪態をつきたくなりますが、セリ
アは我慢です。下手なことを言うとどこから『献身』が唸りをあげて飛んでくるかわかりませ
んので。

 敵の跳梁を許したらセリア一人で持ちこたえられるでしょうか? ちょっと不安です。セリ
アは柄を握った手をさらに強く握りしめます。ょぅ……コホン 少女の小さなもみじのような濡れ
た手が、漏れ差す光を柔らかに跳ね返しました。
 
 敵もたった一人ですが、ちょっとした手練れでした。その虚を突く動きは、流石のセリアも
翻弄されたりします。防戦一方です。これはやや厳しいかも知れません。
 セリアのうなじに……ポニテにまとめ上げられたうなじにぴりぴりとしたプレッシャーが伝
わってきます。

 いる。

 きっと何処かでセリアのことを見ているのです。その致命的な一撃を加えるべく虎視眈々と。

 今はどうしても守りに徹せざるおえない状況でした。こんな状況での戦い方なんて……誰も
教えてくれませでしたし。
 いつの間にか切れていた指先をちゅっとなめてからセリアは気合いを入れ直します。
 一歩間違えれば、この城は敵に蹂躙されてしまう。綱渡りの様ですね。そしてそれは、セリアの昏
い運命をも決定づけてしまいます。

 あっ、敵は城門を開こうと、大胆にも正面から攻撃を仕掛けてきました。
 なめてますね。
 ですがセリアも負けてはいません。流れるような動きで右手が伸び、門を抑えにかかります。さ
らに左手は細やかに動き、敵の投じた一撃を受け流します。
 さすがです。伊達じゃありません。

 今の攻撃は完全に抑えきりました。それでも敵はあきらめません。しつこいですね。
 全くと言っていいほど懲りず、めげません。
 ですが、敵は確かに意表を突く動きを取るのですが、攻撃自体は直線的です。セリアは必死
になって、右に左に走り回ります。汗が光りポニテが揺れます。

 もうちょっと。もうちょっと頑張ればきっと――――。

 思えば、昨夜から何か変でした。
 いつもなら落ち着いて夕食後のお茶を一服しているはずのエスペリアお姉ちゃんが、ソワソ
ワと立ったり座ったりを繰り返しています。さらにはいつも肌身離さず持っている手帖をぺら
ぺらめくっては溜息をついたり、うふふふふ、などと部屋の隅でニヤニヤしだしたり……あぶ
ないですね。

 そして今朝です。昨夜も変でしたが、今朝はさらに変なのでした。
 何を考えているのか、白黒緑赤青のフリルがこれでもかっ、といっぱいのブラウス。一応緑
を基調としていると言えるでしょうか?。もしかしてこれが最新ラキオスモード……なわけな
いですね。サイケというか……ピエロ?
 そして膝丈の、白黒ツートンのフレアスカート。ところどころレースが入ったり……一体誰
の趣味なのでしょう。ハッキリ言って逝っちゃってます。
 
 もしかしてこれも何時かお下がりとして、セリアの前にエスペリアお姉ちゃんの有無を言わ
さぬ笑顔と共に現れるのでしょうか。怖すぎますね。ガクブルです。セリアはぶるぶると首
を振って、思わず幻視してしまったいやな未来を追い出しました。

 視線を戻すとエスペリアお姉ちゃんがまた同じ事をやってます。
 目を閉じて手帖に頬ずりせんばかりに「ラスクさまぁ~」とか言ってます。おめでたいです
ね。だいたいラスクとか今日日流行らないのです。所詮ロリ野郎です。先生面して禁断の関係
しちゃうぞーですか。いけませんね。汚れてますね。何年か後でシレっと「私は汚れています」
とか言いたいだけちゃうでしょうか。アセリアとセリアのお姉ちゃんともあろう者がこんな事
では小一時間…………
 
…………こほん。暴走でしたね。
 
 さて、エスペリアお姉ちゃんの妄想が終わったようです。ささっと荷物を小さな巾着に入れ
ると、緑スピとは思えないす速さでお出かけです。何とかは盲目。緑スピなだけに炎上しちゃ
ってるのでしょうか。
 っとその前に、セリアにとって聞き捨てならないことを言い残していきました。

「お昼は二人で仲良く作るんですよ♪」

…………怠慢です。お姉ちゃんをさぼってますね。原因はやはりあの戦術指南役に決まって
います。人目を忍んだ逢瀬です。良くある話しですね…………格好は派手な気もします。
 えーと、そう、結局男です。幼い妹二人より男を選ぶのです。女なのです。業なのです。

 セリアは心に刻みました。”男なんてイラナイ”と。あ、セリアのLvが上がりました。


 それは戦いでした。油断無く左右に気を配っていないと何をされるかわかりません。アセリ
アは純粋にセリアの手伝いをしたいだけなのですが、正直それが一番たちが悪いのです。セリ
アの後ろでぼー、と立っていたかと思うと、音もなく鍋に近づいて…………セリアも、アセリ
アの純真な気持ちを無碍には…………「あっ!アセリアっ、フタ取っちゃダメーー。何でそこ
でキスキの葉入れるのっーー」
 …………やはりそうも行きませんね。エスペリア亡き後、台所という城を守れるのはセリア
しかいないのですから。右手でフタを押さえて、左手でキスキの葉を取り除いていきます。
 あっ思わず包丁を握る手に力が入ってしまいます。
 ところで「亡き」とか言ってますが「無き」の間違いでしょうね、セリア?
 
 要はアセリアをのけ者にすればすむ話しなのですが、セリアにはとてもそんな真似はできま
せん。何故って、そんなことがエスペリアお姉ちゃんの耳に入ったら…………
 いやーっ! おしりペンペンだけはいやーっ!
 思うだけでセリアはおしりがむずむずしてきました。経験有り?
 これなら、ニッコリ笑って『献身』を頭上で振り回しての五月雨突きの方がましというもの
です。

 アセリアはぼーと突っ立っています。表情は相変わらずです。
 ですがセリアにはわかります。青い牙は虎視眈々と牙を研いでいるのです。この状態から予
備動作無しの信じられない動きを可能とするのです…………とりあえず青い牙には仕事を与え
ておきましょう。
「アセリア、ほらこれ刻んでおいてくれるかな」
 サラダに使う葉物をアセリアに渡しました。喜々として――セリアにはそう見えます――包
丁を振るいます。なんだか刃物を手にしていればそれでオッケーなのでしょうか。そんな所を
横目で身ながらセリアはなんだか悪い気もしてきてしまいます。
 ですがこれで、とりあえず一息つくことができました。その間に対策を考えますがセリアの
手も休みません。包丁が上下するたびにトントンとリズミカルな音がし、ポニテも一緒に
揺れています。二人の奏でる包丁のハーモニーは、思わず聞き入ってしまいそうになりますね。
ちなみに二人とも白いフリフリエプロンだったりします。眼福。

「あイタっ」
 あーやっちゃいました。ほんの少しですがひとさし指を切ってしまいました。ハーモニーも
終わりです。って実は既に中指にも切り傷があったりしますけど。
 アセリアは包丁を置くとセリアの傍らに寄り添いました。
「大丈夫か?」
「うん。これくらい平気だって」
 セリアは、アセリアに心配させまいと笑みを浮かべて答えました。アセリアの心配顔が実は
セリアの苦手なものの一つでしたから。
「消毒、知ってる」
 アセリアは呟いて躊躇無くセリアの指をくわえました。
「あ、ちょっとアセリアだめっあっぁぁァちょアセr」
 …………なんだかセリアの声がうわずってますね。やはりエスペリア仕込み?

 ちゅっちゅ ん んん………ん ちゅ ぱ んん………… あむぅ んぅ

「アセリア、あぁっやめて」

 セリアは大人になりました。

 嘘です。変な方向に走りすぎです。いけませんね。
 

「ふーふー」
 やっと解放されたようです。肩で息をしながらセリアは考えます。ここは発想の転換をする
しかありません。
 被害を最小限に抑えるには攻撃を防ぐよりも、アセリアのアタックタイミングを、いかに減
らすか。それが勝負所です。
 そのためには”速さ”です。アセリアの”手伝い”の入る余地の無い、有無を言わさぬ”速さ”。
眼光鋭く一合で決めてしまうのが理想です。
 それこそが、青スピリットとしてのセリアの身上でもあるはずなのです。

ヒ「と、言う訳で、セリアの料理が本人曰く”必要最低限”な理由を語ってみました」
ユ「…………そ、そうだったのか。よ、良く分かったよ。う、うんそれじゃー俺ヨーティアに呼ばれ」
ムンズ
セ「おわかりいただけましたでしょうか、ユートさま。ニッコリ 最後の戯れ言はヒミカの勝手な
脚色ですので忘れて下さい」
ア「そうなのかヒミカ?」
ヒ「ふふ、私は真実しか語らないの」
セ「そこ黙る。ユートさま、わたしの料理は、簡単で単純で簡素で適当で野戦食みたいで手抜きで、
3分間クッキングみたいに思えたわけですよね?」
ユ「い、いやあのさ、そこまで言ってないだろ。な、セリア。ただ椅子に座るとあまり待たなくて
済むってだけでさ」
セ「そうでしたね。申し訳ありませんユートさま。知らなかったのですからユートさまに非はありません」
ユ「そうだよなわかって」
セ「ですのでユートさまには今日から三日間私のフルコース料理を食べて頂くことが決定しま
した。今決まりました。アセリアも手伝ってね」
ア「ん、わかった。全力でいく」
ユ「ちょ、ちょと、まておい。ハイロウで縛るなっ!ヒミカっ助けてっ!」
ヒ「こういうオチなんですから諦めて下さい」

ハ「あら~?一週間分の食材があったと思うんですけど~なんだか減ってますね~まだみっつの
日なんですけどね~」
エ「わたくしは、弁明の機会どころか気にも掛けられないのですね」orz