アセリアとセリアは幼馴染です。
二人は物心ついた頃、一緒にエルスサーオに転送されてきました。
以来、遊ぶのもご飯を食べるのも訓練を受けるのも寝るのもいつもいつも一緒。
同じ青スピリットだったこともあり、二人は絵に描いたような仲良しさん……とはいきませんでした。
生まれた時から何を考えているかよく判らないアセリアはともかく、
セリアは何をやっても敵わないアセリアを密かに敵対視していました。いけませんね。
「はい、それまで。アセリアよく出来ました」
ある日のこと。アセリアとセリアは初めて神剣を使った模擬戦闘を行いました。
まだ重い神剣を振るっての戦闘。それは幼い二人にとって過酷とも思える訓練でした。
しかしスピリットである以上、いつまでもそれを避けてはいられません。二人は懸命にお互いと戦いました。
特にアセリアに対してライバル意識の強いセリアにとってはどうしても負けられない一戦。
まだよく聞こえない『熱病』の声を懸命に聞き取りつつ、頑張りました。
しかし、結果は非情です。常に勝者は一人しかいません。セリアは見事にアセリアに負かされてしまいました。
「はい、これはご褒美ですよ、アセリアがちゃんと頑張った」
向こうでエスペリアお姉ちゃんがアセリアを褒めまくっています。セリアは寂しさと悔しさでいっぱいでした。
「わたしだって頑張ったのに…………」
今になって体中が痛みます。あちこちに出来た擦り傷をさすりながら、セリアは木にもたれて唇を噛み締めていました。
俯いたまま懸命に悔し涙を堪えていたセリアの側にとたとたと軽い足音が近づいてきます。
見なくても判りました、アセリアです。セリアは顔を見られたくなくてずっと下だけを睨んでいました。
するといきなりにゅっと差し出される細い腕。そしてその手に握られたもの。それは半分になったヨフアルでした。
アセリアはにこにこしながらそれを差し出しているのです。でもいじけたセリアは膨れっ面で俯いたまま。いけませんね。
「…………なによ」
「エスペリアに貰った。一緒に食べよう」
「いらないよ、そんなの」
「どうしてだ?おいしいのに」
ぷいっとそっぽを向いたセリアにそれでもしつこくアセリアはヨフアルを薦めます。でももちろんそんなものをセリアは食べたくないのです。
「いいっ!いらないっっ!!」
ばしっ…………がさがさがさ…………
「あ…………」
「あ…………」
なんという事でしょう、思わず振りかぶったセリアの手に当たってしまったヨフアルが遠くの草むらへと一直線に突っ込んで行きました。
まだ幼いとはいえスピリット。手加減なしで吹っ飛ばされたヨフアルの行方など、最早神のみぞ知るといった所でしょう。
暫くそれを目で追っていた二人の間に当然気まずい沈黙が走りました。
やがてその雰囲気に耐え切れなくなったのか、セリアが恐る恐るアセリアの横顔を窺います。
その瞬間でした。さっきまでなんとか堪えることの出来ていた涙が、ぽろぽろとセリアの頬を伝ったのは。
「………………っっ!」
それでもセリアは唇をぎゅっと噛み締めたまま、気付いた時には逃げ出すようにその場から駆け出していました。
哀しそうに草むらを見つめたままのアセリアを残して。何故泣いてしまったのかも解らずに。
その夜。アセリアは初めて一人ぼっちで寝ていました。あれからセリアが戻ってこないのです。
さわさわと聞こえるのは風に揺れる木々の声だけ。しんとした部屋には自分以外に物音一つ立てるものもありません。
夜の静けさがこんなに寂しく、不安なものだとアセリアは生まれて初めて知りました。布団を頭から被り直します。
自分のなにが悪かったのだろう、どうしてセリアは怒ったのだろう、もう戻ってきてはくれないのだろうか。
ただ一緒にヨフアルを食べたかっただけなのに…………
色々なことが頭の中でぐるぐる回ります。でも答えは全然出ませんでした。かといってこのまま眠れそうにもありません。
それはそうとパジャマがずり落ちてはだけた白い肩をなんとかしなさい。無防備もとい風邪を引きますよ。
……ことっ
扉の外で音がしました。ひょっとしてセリアが帰ってきてくれたのかもしれない。
アセリアは急いでベッドから飛び起きました。いつまで経っても開かれる様子がない扉をじっと見つめます。
我慢できずにそ~っと扉に近づくと、向こうからかすかに気配がしました。見えなくても判ります。セリアです。
アセリアは勢いよく扉を開きます。するとそこにはぼろぼろになったセリアが落ち着かない様子で立っていました。
自慢のポニーテイルが解けていつもはサラサラの蒼い髪が乱れきっています。
支給されたばかりの戦闘服はあちこち破け、肩やおへそやエヒグゥパンツが丸出しです。
おまけにびりびり破かれた白いニーソックスから見える真っ白な太腿からは所々出血していました。まるで……いえ、なんでもないです。
それはそうと体中泥だらけのセリアはぷいっと無言で手の中のなにかを突きつけました。
「…………めん」
そっぽを向いたままセリアが差し出したもの。それは、草むらに消えたはずのヨフアルでした。
そう、すっ飛ばされたヨフアルは波乱万丈大冒険の末、なんと沼地まで辿り着いていたのです。
粉々にならなかったヨフアルもさることながら、それを見つけたセリアの嗅覚も常人とは言えません。まあスピリットなんですが。
ともあれ泥だらけになってしまったそれはもうとても食べれたものではありませんでした。それでもアセリアはそれを嬉しそうに受け取ります。
おお、そしてそのまま無言でセリアを抱き締めました。胸に押し付けられたアセリアの頭からくぐもった泣き声が微かに聞こえます。
セリアは真っ赤になったまま、鼻の頭を擦りながらもう一度呟きました。横顔に涙の跡を残したままで。
「…………ごめん」
「…………ん」
二人はその夜、アセリアが取って置いた残りのヨフアルを仲良く半分こにして食べました。
とても、とてもおいしいヨフアルでした。
泥だらけのヨフアルは、それからずっとアセリアの机の中に眠っています。
ヒミカ「で、これが問題のヨフアルか……」
ナナルゥ「もはや原型を留めていませんね」
ヘリオン「なんだか変な臭いがしますぅ~」
ニムントール「そりゃ何年もほったらかしだし」
ネリー「これ、本当にヨフアルなの~?」
シアー「うう、もうヨフアル食べられないよ~」
エスペリア「何か異臭がすると思って掃除してみれば……」
ハリオン「最近暑かったですから~」
ウルカ「ハリオン殿、そういう問題では……」
オルファリル「でもでも大切な想い出なんだよね、ね、ね、アセリアお姉ちゃん」
アセリア「ん、だからちゃんと今でも持ってるぞ、セリア」
セリア「……コレは何?拷問?拷問なの?ねえわたしそんなに悪い子だった??!!」