ネリーの憂鬱

「マヨネーズ?知ってるわよ、作り方くらい。」

尋ねた悠人に向かって、事もなげに今日子が答えた。
「助かる!ハリオンに教えてやってくれないか?
いや、もうここんとこやけにハイペリアの味が懐かしくってさ。」
悠人が崩れんばかりの愛想笑いを浮かべて頼みこんだ。
「いいけど...悠、なんであたしに直接作ってくれって言わないの?」
ポリポリと頭を掻きながら片眉を吊り上げる今日子。
「う...。」
「いや勿論俺達が作るのは簡単だろう。しかし今日子、それではいつまでたっても
俺達はさみしいエトランジェのままだ。料理の好きなハリオンやエスペリアに
俺達の文化を伝えてこそ、正しい交流のあり方と言えるのではなかろうか?
いや、きっとそうに違いないぞ、うん。」

冷や汗を浮かべて言葉に詰まった悠人を、絶妙なタイミングで救う光陰。
その背中には気のせいか淡緑色の加護のオーラが光っている。
この時ばかりは、悠人もマナの導きに心から感謝した。

「ふふ、わかったわよ。誤魔化されてあげる。」
今日子が苦笑しながら言った。

「なるほどぉ~、勉強になります~。」
今日子の説明を聞きながら、熱心にメモを取るハリオンが頷く。
「これがハイペリアの調味料なんですか...。
私も料理の幅が広がって助かります。ありがとうございます、キョウコさま。
上手くハイペリアの味を再現できれば...新妻の座に一歩近付いて...」

その横でメモ帳片手に何故かうっとりした顔つきになるエスペリア。
ヘリオンの妄想癖は今や第一詰所まで拡大し、猛威をふるっていた。
「ま、作り方はこんなもんね。あとは好みでハーブでも入れるといいわ。保存もきくし、
多めに作ると良いんじゃない?」

「多めにって言ったけど...うーん、これだけあったら当分作んなくてもいいかもね。」
テーブルに置かれた木製のボウルに、なみなみとつぎこまれたマヨネーズを見て今日子が目を丸くした。

「うわあっ!何これ!?」帰ってきたオルファが目を輝かせる。
「ハイペリアの魔法の調味料ですよ、オルファ。どんな食べ物にも合うそうです。」
エスペリアが微笑を浮かべつつオルファに教えた。
「ここは大所帯ですから~、多くて困る事はありませんよ~、キョウコさまぁ。」
ハリオンも優しげな笑みを見せる。


「ねーねー、みんなで何してんのー?」
「わぁ、なんだか美味しそう~、これなあに~?」
元気いっぱいの双子がテーブルの周りではしゃぎ始めた。

「どんな食べ物でもおいしくなる、パパの世界の魔法の味なんだって!」
「ま、何にでも合うってのは言いすぎだけどね。」
肩をすくめて見せる今日子の声も、年少組には聞こえちゃいない。
「へー、すっごーい!あ、シアー、あれ持ってる?」
「うん、みんなのぶんもあるよぉ、ほら。」
ガサゴソと袋から取り出されたのは、湯気の立っているヨフアルであった。
「ちょ、ちょっと!」
今日子の制止も間に合わず、ボウルの中に突っ込まれた哀れなヨフアルを、
ためらいもせずにネリーとシアーが同時に頬張った。

「う...」

イケナイものを見てしまったかの如き表情を浮かべる今日子であったが、
次の瞬間信じられないことが起こった。

「「おいっしい~!!」」

「...って、ウソでしょ、あんた達?ちょっと貸しなさい!」
シアーの手からヨフアルをひったくった今日子がおそるおそる一口かじる。
「あ~、キョウコさま~。返してよ~。」
「ど、どうなんだ、うまいのか、今日子?」光陰が一歩引きながら訊いた。
「...うーん、何ていうか...お好み焼き?...関西の人なら口に合うかも...」
首をかしげながら今日子が答える。

「ひどいよ~、キョウコさまぁ~、シアーのヨフアル~!」
「こら~、シアーいじめたらあかんで~!はよ返したってやー!!」

―――何故か口調の変わってしまっているネリーであった。