ラキオスってさ、所属するスピリットの数が少ないのよね。
なのに他の国と対等以上に渡り合い、勝利してる。
それはエトランジェの存在もあるけど、スピリットのレベルが凄く高いって意味でもあるわよね。
青い牙アセリア。緑の壁エスペリア。このあたりは大陸の誰でも知ってる。
ヒミカ、セリア、ハリオン、ナナルゥ、ファーレーン。戦場にいればこのあたりの名前も自然に覚える。
そんな、名の知れ渡った相手には出会いたくないと思ってたのよ。死にたくないしさ。
自分の実力にそれなりの自信はあったけど、それでも互角以上に戦える気はしなかったからね。
でさ、実際に戦場に立って、相手が年少のニムントールだって解ったとき、正直ほっとしたのよ。
私、完全に彼女をなめてた。
今考えると、愚か過ぎて逆に笑えてきちゃうけどね(苦笑)。
数度神剣を打ち合って、
「私に勝つだなんて、そんな事できると思ってるの?」
って私の問いに、彼女は笑ったの。
「愚問」
「できるできないじゃない、やるんだ。なーんてお寒い答えはやめてよ?」
「まさか。そんな答えは無いよ」
不敵に応えた彼女は、多分もう勝利を確信してたわね。
それは油断じゃなくて明らかな自信だったわ。きっと、「歩く事、できる?」って問いをぶつけても同じ答えだった。
「できる」
ってね。
それぐらい彼女にとっては当然で必然の答えだったわ。私の自信こそが過信、ただの思い上がりだったのよ。
ぶんっ、って音を立てて大気が引き裂かれたのを覚えてる。
でもまぁ、冷静に音を聴いていられたんだから、その初撃の威力、スピードそれ自体はあんまり大した事無いのよ。
ニムントールの神剣、『曙光』のバランスはとても悪くて、先端が重いから初速はホント遅いの。
でもね、距離を上手に調節されると、こっちは初動を邪魔する事ができない。
私の間合いは、完全に見切られてたわ。
この時に気付くべきだったのよね。
彼女の真の実力に。
『曙光』は、もう止まらなかった。
加速の上に加速を重ねて、遠心力を刃に乗せて、まるで巨大な独楽みたいだった。
必死でかわしたわよ。
受け止める事なんて、私にはもう不可能だったからね。
それでも『曙光』は止まらなかったわ。
更なる回転、更なる加速。それはもう一陣の竜巻になってた。
この時になって初めて恐怖したわ。
鋭く裂かれる風の音が、死刑宣告として耳に響いたもの。
この竜巻は、領域を犯す何者をも、全てを飲み込んで打ち砕く。
もう、ぶんっなんて鈍くて重い風斬り音じゃないのよ? ひゅんっていう鋭い音を立てて、まるっきりカマイタチみたいにあのでっかい『曙光』が吹き抜けるの。想像できる?
神剣であろうと、スピリットであろうと、他の何であろうとも、触れた瞬間微塵と化す。しかも、時を重ねる程に威力を増すの。
強大な破壊力を持った攻撃にして完全なる防御よ。
この旋風は私を巻き込んで、マナの霧にするまで止まらないって、はっきり解っちゃった。
冗談じゃないって思ったわ。この時になって、やっとね。
後悔は先に立たないとはいえ、我ながらマヌケな話よね(苦笑)。
震える足を意志で押さえて必死に考えたわ。
逃げるしかない。逃げた相手に追いつけはしない。疲れて止まったところを攻めればいい、なーんてね。
背を向けて、走り出そうとした瞬間に、やっぱりまた自分の考えが甘すぎる事を痛感させられたわね。
衝撃が背中を貫いたから。文字通り、痛感したわよ(苦笑)。
体の中から骨の砕ける音を聞きながら、肺腑から全ての息を吐き出しながら、理解したわ。
『曙光』の先端で地面を抉って、飛礫の弾丸を散らしたんだって。
で、ブラックアウト。
化け物揃いよ、あそこは。
それでもやっぱりニムントールは、ラキオスの中では戦い易い相手みたいよ。
私だって手加減されたとはいえ、相手の全力を見ながら、こうしてまだ生きてるしね。
あの時、背後から石の弾丸を打ち込まれたんじゃなくて、容赦なく『曙光』を投げられてたら、私は昆虫標本みたいになってたでしょうし。
それに、もしまぐれにまぐれが重なってニムントールを倒したりしようものなら、まず間違いなくファーレーンが私の喉をかき斬っていたでしょうしね。いや、それだけじゃ済まないか(苦笑)。
今思えばニムントールと当たった瞬間に、私の敗北は確定していたのよね(苦笑)。
本当に幸運よ。あんなに甘ったれた考えでラキオスとの戦いの場に立って、生き残れたんだもの。
目を覚ましたのは回復魔法をかけられたから。
「また戦場で会ったら、今度は殺すよ? 何度も同じ事言うの面倒だし。嫌ならもう出てこないで」
って、ニムントールは言ったわ。
目の前にニムントール。その隣にファーレーン。そして私に回復魔法をかけてくれたハリオン。更にその後ろにヒミカ、セリア、ナナルゥ。
バカみたいに頷く以外、できっこないわよ。
実際バカだった事を否定はできないけどさ(苦笑)。
あの日を境に、戦場に立った事は無いわ。だって死にたくないもの(苦笑)。
それで、音楽家を目指したって訳。呆れるほど消極的な理由でしょ。まぁ、元々好きだったってのもあるけどさ。
一流になった理由?
それはもちろんあの日の体験が理由。
甘ったれた考えでは、どこにいたって本気の相手に打ちのめされるだけ。それをそれこそ身をもって思い知ったわけだからね。
あんな思いは一度で十分だから。
で、ヒミカの注文してきた音楽はどういうのだっけ?
……全く、演劇に使うって言っても、注文が厳しいったら。
ま、思い知らせてあげましょ。私の実力を。
できるかって?
愚問ね。できるわよ(笑)。