「はぁ、気になるあの人を振り向かせたい……ですか?」
コクコクと、壊れた機械のようにクォーリンが頷く。
顔はりんごのように真っ赤に染まり、手はそわそわと中空を彷徨っている。
ぱくぱくと口が開いたり閉じたりしているのは、相談したことを後悔しているからか。
――もう、誰がどう見ても、恋する乙女そのものだ。
そんな、クォーリンの様子をみながら、エスペリアは『気になるあの人』のことを考え、
深いため息をついた。
まったく。エトランジェという人は、鈍感にもほどがある。
「コウイン様は、気づいていらっしゃらないのですか?」
「え! あ……」
なにげなく尋ねた問いにクォーリンが、あうあう、と言葉にならない呟きをもらす。
失敗した、とエスペリアは思った。今の彼女に『コウイン』というのはNGワードなのだろう。
いたたまれない雰囲気を味わっている中で、
「――その、全然、まったく、これっぽっちも気づいてません」
ポツリと、クォーリンがもらした。
「なんというか、部下以上に扱ってくれませんし。いえ、それが不満というわけではないですが、
どうみても、ニムントールを始めとする一部のスピリットとは扱いがちがいますし。
信頼されている自負は十二分にありますけれど、それも最近は違うんじゃないかって――」
呪詛のようにクォーリンが言う。エスペリアは頭を抱えた。
なんてこと。うちの隊長と同レベルなんて。
「頼れるのはもうあなただけなんです! どうしたらいいですか……?」
捨てられた子犬のように、クォーリンがすがりついて来る。
「は、はぁ……」
けど。
そんなのは私に教えてください、とエスペリアは思った。
圧倒的過ぎるのにもほどがあるでしょう。
もしかして、私(達)はそんな星の下に生まれたのかと考え、納得がいくなぁ、と現実逃避してみる。
「ハリオンに聞いてみても、にこにこと微笑むだけで、アドバイスにならないアドバイスしか
してくれませんし」
ぽけぽけお姉さんですから、とエスペリアはつっこんだ。
「セリアは顔を真っ赤にして逃げていってしまいますし。逃げたかったのは私ですよ!」
デレ期に突入しましたから、とエスペリアはつっこんだ。
「ナナルゥもヒミカもこんな話には疎いはずですし……」
ナナルゥは言わずもがな。ヒミカは……どうだろう?
「もう、あなたしか頼れる人はいないんです!」
よりにもよって消去法かよ! とエスペリアは心の底からつっこんだ。
「――嫉妬……ですか?」
「はい。男性は独占欲が強いと聞きます。部下といえども、恋愛相談を受ければ、
気にしないという方が無理なはずです。まずは、そこから始めたらどうでしょう?」
言いながらエスペリアは、こんなことで恋が実るのなら、
ラキオススピリット隊の誰も苦労はしないのですけど、と胸中で呟く。
やってみる価値はあるだろうとは、思う。全く気にされていないということは、まだゼロだということ、
プラスになりこそすれ、まさかマイナスにはならないだろう。
「わ、わかりました!」
ぱああ……、と一面に花を咲かせたようなクォーリンの笑み。
そんな凄いアドバイスとも思えない。が、やっと効果的ともとれる案がでたのだ。
今のクォーリンの脳内は見事なまでの未来が展開されていることだろう。
期待しすぎると反動がすごいですよ、と忠告する。――ああ、全く聞いてない。
がたん、と椅子から勢いよくクォーリンが立ち上がる。
「早速、チャレンジしてきます。エスペリア、ありがとう」
少女のようにぶんぶんと腕を振りながら、クォーリンが第一詰め所を後にする。
エスペリアは頬を引きつらせながら、どういたしまして、とだけ言った。
「――というわけでして」
ドキドキと胸が高鳴るのを抑える。
期待しないなんて出来るわけがない。
クォーリンは表情が崩れるのを必死で押さえながら、
『気になるあの人』に『気になるあの人』を振り向かせる方法を尋ねた。
「ほう……」
『気になるあの人』――光陰がふてぶてしく笑う。
あばたもえくぼとは良くいったもの。クォーリンにぴったり当てはまる。
けれど。
「そうかそうか、クォーリンも悠人が気になるかぁ……」
クォーリンとエスペリアは、エトランジェを甘く見すぎていた。
「――――――は?」
「いやな。あまりにも浮ついた話が無いもんだから心配してたんだよ。
いや、全く悠人も罪作りな男だからなぁ」
「え? ……いや、そうゆう――」
「でも、悠人はシスコンだからなぁ。道は険しいが俺は応援するぞ。
千里の道も一歩からってやつだな」
こんらんする。
この人はいったい。なにを言ってるのか。
「おっと、今日子から呼ばれてたんだった。大丈夫、安心しろ。
このことは悠人に秘密にしておいてやるから」
俺はお前のことをわかってるぜ的なオーラを体中から出しながら、
盛大な勘違いした光陰は部屋から出て行った。
「――違うんですコウイン様! 私が好きなのは――――!」
だから、正気に戻ったクォーリンが投下した爆弾発言は、誰にも聞かれること無く、
むなしく響き渡るだけだった。
「ぐす、うぇぇ……。あんまりです。あんまりですよぉ」
ラキオス城下のとあるBAR。
見慣れないグリーンスピリット――クォーリンがやけ酒をあおっていた。
「うぁぁん。がんばった。がんばったのにぃぃ……。酷すぎです。ひどすぎですよぉ……」
ぼろぼろと涙を流しながら、隣に座るブルースピリット――セリアに絡む姿は、
どうみても酔っ払いにしか見えなかった。
ぽんぽん、とセリアがクォーリンの背中を叩く。
あまりにもツンツンしすぎて、デレ期に突入したの避けられやすい彼女は、
クォーリンの悲しみがよくわかるのだ。
それに、ねぇ? 恋敵じゃないし。
「マスター、追加! 追加をおねがいしますぅ。ぐす……。うえぇぇ」
――今日もまた、夜が更けていく。