最近勢力を伸ばしているという専らの噂……ここだね。
話に聞いたとおり、人の流れが耐えない。物陰に隠れ、状況を見守ってみる。
懐に忍ばせた手がチャリンと頼もしい音を立ててくれた。
慣れた場所ではない事がこんなに緊張するなんて、あまりに久しぶりで忘れていた。
きっと、私が知っているこの町の姿など決して全てでは無いんだろう。
現に、いつも素通りしてたはずのこの場所。噂を聞くまでは注目しようともしなかったのだ。
息をつき、もう一度懐で握り締めた袋の重さを確認する。うん、大丈夫。
何食わぬ顔で、人通りが作る列の後ろに並ぶ。こんな当たり前のことが、こんなにも楽しい。
目当ての場所に近づくにつれて、だんだんと強まる芳香。
ともすれば、立ち上る匂いとともに意識まで天に昇ってしまいそう。
こんなに柔らかな香りを立てる一品を仕上げる職人だ。
きっと、作り手さえも柔らかな人柄に違いない……人に対する形容じゃないかも。
と考えているうちにあっという間に私の番。お客を捌く手際もいいらしい。
ま、とりあえずは注文注文っと。
ここでの私の口調で、ここでの私の笑顔で。両手に一杯のヨフアルを。
私に向かって差し出された手は、ここでは無い場所の私が知っている者の手だった。
思わず、ぴたりと止まった私を、彼女は不思議そうに気遣う。
慌てて首を振り、笑顔であつあつのヨフアルを受け取った。よかった、どうやらばれてない。
一つ先に並んでいたおばさんが、お嬢ちゃんこの店は始めてかいと笑いかける。
私が驚いた理由を少し間違えているのだろう。いや、確かに合っている部分はある。
笑顔を返し、袋に入ったヨフアルをさくりと一口。評判のヨフアルは、春の太陽のような味がした。
帰り際、売り子をしている彼女ともう一度目が合う。
また、いつでも来てくださいね、と全てを包み込むような笑顔で送り出される。
さっき思った事は、どうも間違いだったみたいだ。……でも。
売り子の彼女の笑顔と、ヨフアルを買っていった皆の笑顔。
私は、また一つ。私の町が好きになった。