とある赤い文字列

手首に食い込むナニカの痛み。私はその鈍痛に意識を覚醒させられた。
霞がかかる視界を頭を振ってはっきりさせる…
じゃらり、と手首に繋がれたナニカの音が聞こえた。
そうだ、私は…
「目、覚めたか?」
いきなり声をかけられ、私はその方向へと顔を向けた。
「ユート、様…?」
不自由なままの体を無理に曲げたため、少し痛みが走る。
だけどそんな些細なことなんてどうでもいい。なぜ、今、ここに、ユート様がいるんだろう。
「あ、の…ユート様、なんで、あ、わ、私…あぅっ」
慌てて体を起こそうとしたけど、手首と足首に付けられていたナニカのせいで
倒れてしまった。
「ほら、慌てるなよ―――」
私の名前を呼び、体に付けられたナニカを引っ張って私を起こす。
「痛…っ!ゆ、ユート様…なに、を…?」
「ああ、悪いな―――。だけどな…そうじゃないだろう」
ユート様の手が私の顎に添えられ、上げられた。
目の前には見慣れた少年の顔。私たちの隊長であり、欠くことの出来ない仲間。
だけど――そうだ、この時は違う。いま私の前にいるのは、
「あ……ご主人…様…」

私の言葉に、ユート様…いえ、ご主人様は笑みを浮かべる。
「そうだ、ちゃんと言えたな―――。良い子だ」
あぁ…そうだ。私は、ユート様…ご主人様の奴隷。
ご主人様に頭を撫でられ、微笑みを向けられ、言葉をかけてもらう。
それだけで私は、幸せを感じる…奴隷。
「ん…あぁ…」
体をご主人様に預け、その逞しい胸に頬ずりする。
男の人の匂い…でも、私はご主人様以外の匂いは知らない。
この匂いはご主人様だけのもの。だから私はご主人様だけのもの――
「ほら、―――。おあずけだ」
「あ……」
肩を掴まれて体を離された。ご主人様の匂いが離れていくのが寂しい…
「―――は甘えん坊だな、いつもはあんなに凛々しいのに」
ご主人様の指が私の頬から少しずつ下に降りていく。
首筋、鎖骨、そして…私の胸。
「あ、ふぁ…」
ご主人様の手に収まるくらいの私の胸。
微笑みながらご主人様は手のひら全部を使って私の胸を揉んでいく。
「まったく、小振りだけど―――は感度がいいな」
そんなこと言わないでください…私は、ご主人様だから…ご主人様だから
こんなに気持ちよくなるんです。

「んぁ…き、もちいいで、す…!」
理性なんか働かない。体に這わされる両手が私の性を掻き出していく。
暖かい手のひら、全てを任せてもいい…
「そんなに気持ちいいのか?」
くにくにと指を動かして私の乳首を抓り上げる。
痺れるような刺激が私の背骨から沸きあがり、体中の力が抜けた。
「はぁっ…!うあ、ん…」
膝から崩れ落ちるように床に倒れてしまう。
後ろ手に縛られた鎖に手を引っ張られ、肩に激痛が走った。
「お…っと―――、危ないな。体は大切にな…俺のためにも」
「あっ――」
何気なく言い渡されたその言葉。その意味に気付き、私は歓喜に包まれた。
肩の痛みなんてどうでもいい。それに勝る隷属の悦び、そして主人への愛。
私は体を芋虫のように這い、ご主人様の足下に縋り付く。
「あ、ふぅ…んちゅ、じゅっ…ごしゅじんさまぁ…」
足の指を口にくわえ、丹念に爪の間を舌で愛撫する。
指と指の間、足の裏、くるぶし、甲、全てに舌を這わせ、私はこの言葉を口にした。
「ご主人様…私は、ヒミカは…ご主人様に、永久に、仕えます―――」

「――――あぁぁぁぁああ!!!!」
自室でペンを奔らせていたヒミカは、絶叫と共に紙を破いた。
「はぁっ…はぁっ…なん、なんてもの、書いて、るの……私は……」
きっかけは些細なものだった。
最近舞台の台本を書くにあたり、ネタが無くなってきた。
そこでラキオス城下町の古本屋で無造作に小説を買い込み、色々と読み耽った。
その中の一冊、『鎖に繋がれたスピリット』という題名の成年向小説。
成年向けということと、スピリットを蔑視した中身にヒミカは最初は読むのを躊躇っていた。
しかし何事も経験として、と割り切りその本を開いて読む―――と。
「……………」
面白い。一人の男がスピリットに抱く偏愛的な感情、それをわかっていて受け入れる
スピリット。二人はそういった形でしか愛を表すことが出来ない。
やがて男はそのスピリットに殺され、スピリット自身も自分で命を絶つ。
道を間違えた二人は、死んでハイペリアに生まれ変わり再び出会う。
掻い摘んで言えばそういう話し。しかし、ヒミカには心うたれるものがあった。
なんとかこれを舞台に出来ないか、と筆を執ったはいいが…
「なんで……調教シーンばかり書いちゃうのよ……」
それも、自分とユート様に置き換えて……
「あぅ…」
とたんにぼっ、と顔が赤くなってしまった。
鎖でユート様に繋ぎ止められた自分、絶対に離れることなく寄り添い続ける……
「……はっ!!」
再び桃色のマナに囚われそうになったヒミカは、頭を振ってそれを追い出した。
「ね、寝よう!そう、疲れてるからこんなのが浮かんでくるんだ!!」
そう、ユート様の逞しいモノとか、それを愛おしく舐めあげる自分とかうわあああ!!
「……はぅ」
眠れそうにない、そう思いながらヒミカはベッドに倒れ込んだ。
「んっ…だめ、ゆーとさ…ごしゅじん、さ……うんぅ、あぁ…」
頭の中で繰り広げられる自らの痴態どおりに指を動かしながら、ヒミカの夜は更けていった…