ア&セリア子供劇場Ⅸ

アセリアとセリアは幼馴染です。
二人は物心ついた頃、一緒にエルスサーオに転送されてきました。
以来、遊ぶのもご飯を食べるのも訓練を受けるのも寝るのもいつもいつも一緒。
同じ青スピリットだったこともあり、二人は絵に描いたような仲良しさん……とはいきませんでした。
生まれた時から何を考えているかよく判らないアセリアはともかく、
セリアは何をやっても敵わないアセリアを密かに敵対視していました。いけませんね。

明日はいよいよ初任務。とはいってもまだまだ経験の乏しい二人はただの後方待機さんなのですが。
それでも高ぶる心は抑えても抑えきれない揺れるこの想い。セリアは熱心に神剣の手入れをしています。
そこへ不思議そうな顔をして覗き込んでくるのは『蒼い牙』候補生アセリア。まあ同じ部屋なので当たり前ですが。
「……セリア、何してる?」
「うひゃうっ!…………アセリア、驚かさないでよ」
どうでもいいですが、気配を殺して近づくのはやめましょう。セリアはまだまだそんなモノを察知出来ません。
うかつに手を滑らせてあやうく『熱病』で自決しそうになったセリアは、やはりというかツンツン不機嫌モードです。
「も~。見て判らない?手入れだよ、て・い・れ」
「……何故、そんな事をする?」
「決まってるよ、明日はお仕事なんだから…………はぁ~~っ」
「そうなのか?仕事だと手入れをするのか」
軽く息をかけては布できゅっきゅっと小気味よく『熱病』を磨いているセリア。『熱病』も心なしか、なんだか嬉しそうです。
その様子をじっと見ていたアセリアでしたが、やがて退屈になったのか、離れて布団に潜り込みました。
「なにアセリア、寝るの?」
「…………ん」
一段落終えたセリアが振り向いて、声をかけた時にはもう生返事しか返って来ませんでした。呆れた様に肩を竦めます。
「知らないからね、ちゃんとお仕事出来なくても」
「…………ん、大丈夫…………」
アセリアの寝ぼけ声にやれやれと思いながら、セリアは部屋の灯りをふっと吹き消しました。

「敵襲だーーー!!!」
兵士Aが叫んでいます。呼応してばたばたと駆け出す正規軍の面々。そして必死の形相で襲い掛かってくる敵スピリット。
既に指揮系統が混乱を極めているそんな中で、おろおろと辺りを見回したまま立ち竦んでいるのは我らが青の少女二人組。
セリアが『熱病』を胸元近くでぎゅっと握り直し、必死に不安と戦っています。
隣ではアセリアが『存在』を……握り締めもせずぼーっとしてますが、状況を理解していないのでしょうか?
というかエスペリアがどうしてこの地点を「後方」と認識したのか後でじっくり話し合いたいものです。
それくらい、ここは「戦場」でした。燃え上がる街並みや逃げ惑う人々や、時折起こる地響きや悲鳴や煙の臭いや。
二人は初めてそれらを肌で直接感じていました。という訳で、嫌でも高まるのは緊張感。
「ア、アセリア…………」
怯えきった表情を隠しもせず、セリアはきゅっとアセリアの服の裾を掴みます。その手が微かに震えています。
今からは考えられませんが、セリアもちゃんと「幼い多感な女の娘」だったのです。驚きです。心外です。いけませんね。
さて、実はただ惚けていたアセリアでしたが、その様子を見て決心しました。きゅっと小さな手を握り返してこう言います。
「…………ん。セリアは、わたしが守る」
なんだか後に出現する某エトランジェが好んで主張していた様なセリフですが、無垢で多感なセリアにはじーんときました。
もう少し性長もとい成長していたら「お姉さま!」とか叫びそうです。それはそれで嬉しいやら悲しいやら迷惑やらまぁ色々。

二人の背後に薔薇の花が咲き乱れそうになったその時でした。がさっと背後の草叢が揺れたのは。
「死ねぇぇぇーーー!!!」
血相を変えて飛び出してきたのは、追い詰められていた敵のスピリット。槍状の神剣が血に濡れています。リアルです。
驚いたアセリアは咄嗟にセリアを庇い、前に出ました。やっと『存在』に手をかけ、小さなハイロゥを展開します。
あとは訓練どおり、のはずでした。避わしざま、身体を捻ります。反動を活かし、抜き打ちに開いた脇に狙いを絞りました。
そして『存在』を抜き放ち……抜き放ち……………………抜けませんね。
なんという事でしょう。普段から手入れを怠っていた『存在』が錆び付いていて、どうやっても鞘から抜けません。
一体どこまで放って置いたらここまで錆び付くのでしょうか。ズボラさにも程があります。管理不行き届きです。もっと努力が必要です。
それはそうと、緊急事態です。焦って動きが止まったアセリアは、格好の標的。既に詰め寄った敵の矛先が迫ってます。
それでも鞘と格闘しているアセリアは、全く気が付きません。はっと振り返った時にはもう避わせない距離でした。
…………一瞬でした。目前に迫った敵の殺意に怯えたアセリアの目の前に、ふわっと青い髪の影が飛び出したのは。
ざしゅっ!服を切り裂く生々しい音。空中に飛び散る鮮血。目の前のポニーテールが仰け反ってその顔が見えたとき。
初めてアセリアは理解しました。セリアが庇ってくれた事に。代わりに斬られてしまった事に。

スローモーションで倒れていくセリア。その肩から噴き出している赤いものを見た時、アセリアの中で何かが弾けました。
「うぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ぐったりしているセリアの『熱病』を取ったかと思うと、しゃがんだ体勢から跳ね上がり、一気に敵の片腕を切り落とします。
「きゃぁぁぁぁっ!!!」
転がり回って苦しむ、神剣ごと腕を失った敵。しかし今のアセリアは容赦が有りません。いえ、正直敵に回す気が全くしません。
ざりざりっと『存在』を引っこ抜きます。光沢を失った出土品の様な『存在』がどこか哀れですが、そんな事は知りません。

「あぁっ!ああっ!!」
叫びながら無理矢理マナを送り込み、『熱病』と両手持ちで仁王立ち。見下ろした敵にそのまま止めを刺してしまいました。
ぴぴっと頬に当たる血がマナに還っていきます。白に赤のその構図はまるで本編の一枚絵…………いえ。なんでもありません。
「い、痛い、よぅ…………」
「っ!セリア、セリアっ!!」
ぜいぜいと息を荒げていたアセリアは、後ろから聞こえてきた弱々しい声に、我に返って駆け寄りました。
苦しげに呼吸をしているセリアの顔中からどっと汗が噴き出しています。破られた戦闘服から白い肌に刻まれた傷口が見えました。
「セリア、セリア」
動揺してがくがくとセリアを揺さぶり続けるアセリア。しかしどうやら気絶したらしいセリアは反応を返してはくれません。
ぐったりしているセリアの首が、壊れた人形の様にかくかく揺れています。…………そんなに揺さぶるとかえって危険です。
ああ、不安になってきたのでしょう、アセリアは周囲に助けを求めようとしました。
「……誰か!セリアが……セリアがっ!」
しかし混乱して走り回っている大人達は、そんな悲痛な叫び声に目もくれてはくれません。
たまにちらっとこちらを見ても、「なんだスピリットか」と一瞥して駆け去るだけ。人情紙風船。全く、いけませんね。
当時は、スピリットはその程度にしか思われていなかったのですが…………なんだか書いていてだんだん腹が立ってきました。
「…………ん」
暫く悲しそうにきょろきょろしていたアセリアでしたが、やがて決心したのか独り頷くとセリアを担ぎ出しました。
「セリア、待ってろ」
アセリアはそう言って、セリアをおぶると一生懸命歩き始めました。きっとエスペリアお姉ちゃんが助けてくれる。そう信じて。

ところでアセリア、神剣を返しておかないと回復が遅れますよ…………すみません、なんでもないですごめんなさい睨まないで。

ようやく合流したエスペリアお姉ちゃんの必死の看護で、セリアはなんとか回復しました。
ずっとその手を握っていたアセリアは、目を開いたセリアの横で、わんわん泣きはらしました。
「よかった……アセリア、無事だったんだ…………」
そう言って弱々しく微笑む、セリアの横顔を見つめながら。

その後アセリアは、戦いがあってもなくても絶対に『存在』の手入れを怠りません。
セリアと離れ離れになった今では第一詰め所のベッドの上で、常に『存在』を抱き抱えています。


「あれ、ヒミカ、居ない」
「なんか書いててアンタが怖くなってきたそうよ」
「なんでだ?良くわからない」
「いいんじゃない?それよりあの『存在』を抱えた一枚絵、そんな意味があったんだ」
「…………ちょっと恥ずかしいぞ、セリア」
「いつもはわたしが恥ずかしいの。……でも、ふふっ」
「何故笑う、セリア」
「だって、ねぇ……一応、反省してたんだ」
「…………変か?」
「ううん、どっちかっていうと……嬉しい、かな?」