お洒落へリオン

「お、おはよぉございますっ!遅れちゃって、すみませんっ!!」
「遅いぞ、ヘリオン。これで一体、何回目だと……」
今日も今日とて、訓練に遅刻したヘリオンに、俺は少々きつめに叱るつもりだった。
隊長としての使命感や、時には厳しさも必要だという思いがあったからだ。

が、そんなものは遅刻者の姿を確認した時点で、全て吹っ飛んで星の彼方に消えた。
てか、思わず俺は固まってしまった。
何故なら、俺の目の前に現れたのは見たこともない美少女。
この状況で、心を平静に保っていられる男がいるだろうか。否!
そんなやつは、いる訳がない。いたとしたら、そいつはホモか何かだ。(断定)
いや、先の台詞と流れるような黒髪、目の前の美少女が、ヘリオンである事はわかってはいたのだが。

「ど、どうしたんだ、ヘリオン。それ……」
「あ、はい。実はすぐ其処で、私転んじゃって。
そしたら、右の髪留めが壊れちゃったんです。」
髪留めが壊れる転び方ってどんなだ、オイ。
俺の心の中のツッコミは、ヘリオンには当然の事ながら届かず、続く台詞が紡がれる。
「そのままだとすごく変な髪型になっちゃうんで、髪留めを結局外したんですけど。
……いけなかったでしょうか……?」
恐々と言った感じで、上目遣いで俺を見つめるヘリオン。

………うおお、これはかなりグッと来ますよ!?
とりあえず、俺の部屋に連れ帰って○○○で××××××したいくらい。
そのまま、△△△、あまつさえ□□□にも及びたい。
…よーし、パパ今日はヘリオン祭り頑張っちゃうぞ~。
こ・い・ぬ!こ・い・ぬ!!こ・い・ぬ!!!
鎖で縛られ、お預けくらって切なそうに喘ぐヘリオン、もう見てらんない。
ヘリオン正統派H、これ最強。
汁だくは古いけど、「しるだく」って読むとすごいエロいと思………………………ハッ!?

俺の目の前には、不思議そうな顔をしたヘリオン。
フッ、どうやら一瞬、違う世界に意識が飛んでいたようだ。
いかんいかん。俺、こんなキャラじゃないし。

「いや、全然いけないって事はないぞ。なんだか大和撫子って感じで、イイと思う。」
「ヤマトナデシコ?」
ヘリオンが、左手の人差し指を顎に当てて、小首をかしげる。
どうやら、意味が分からないらしい。当然といえば当然か。
あれ?そう言えば、俺もそんなに詳しい意味は知らないような……。
うーん、まあ端的に言えば、
「可愛いって事さ」
別に、間違ってはいないだろう。
それに、自分自身の正直な感想としては、これ以上的確な物もない。
「え?え?あ、ありがとうございます……」
うろたえながら、頬を紅潮させるヘリオン。思わず、俺も笑みをこぼしてしまう。
あんまり可愛いので、ヘリオンの頭に手を乗せ、撫でてみる。
おお、顔全体が紅潮した。
何てゆーか、これは………ほのぼの空間?
遅刻とか、ホントもうどーでもいいや。
とりあえず……今は全力で、目の前の仔犬を愛でます!!

…だが、この時点で、俺は気が付くべきだったのだ。
ここは訓練場。
そして、周りにはサボりのオルファと、レスティーナに呼び出されたエスペリア以外、皆揃っていた事を。
さらに、その大部分が怪しく目を光らせていた事を。

―――翌日

「おはようございます、ユートさま。」
「ああ、セリア。おはよ、ぉおッ!?」
俺は、固まった。そりゃ、もう昨日の焼き直しの様に。
「どうかなさいましたか?」
「いや、どうも何も……」
何で、髪型がストレートに?そりゃ、新鮮でイイけど。
てか、よく見るとセリアだけじゃない。
その後ろに控えるネリー、シアー、ハリオン、ニムにナナルゥまで!
皆、昨日までの髪型とは、一変している。
ネリー、ハリオン、ニムはセリアと同じくストレート。…むう、皆新鮮だ。
最も、ニムなんかはストレートと言うには、ちょっと語弊があるか。
セミロング姿は、確かに恐ろしく可愛いんだけど。
一方、シアーは短い髪ながら、小さな三つ編みおさげをいくつも揺らしている。
……中々良いな、こういうのも。
また、普段からストレートなナナルゥは、髪を上げてポニーテールだ。
綺麗だが……あの微笑みは、ナナルゥが何か企んでる時、特有の物。
嫌な予感、しまくりだ。

…はて?それにしても、何か人数足りないような……?
この髪型騒動に、何の興味も無いかのようなアセリア、ウルカは別にいい。
今日もサボりのオルファも、置いておこう。
……やっぱり、足りない。一体何処に……?
首を巡らすと、訓練場の隅にしゃがみ込んで、何かブツブツ言っている三人組を発見。
エスペリア、ヒミカ、ファーレーンだ。
何だか、『どよ~ん』という擬音がピッタリくる、そんな雰囲気だ。
一体、どーしたのやら……。

―――訓練場の隅

話に加われなかった、髪短過ぎ、仮面を外さないポリシー、それぞれの理由で落ち込んでいる三人がいる。
「エスペリア、ヒミカ。私達の存在意義って何なんでしょう……?」
「馬鹿ね。戦う事に決まってるじゃない…」
「そうです。スピリットは、戦うためにあるんです……」

三人の友情度が5上がった!
三人の攻撃力が3上がった!
三人のマインドが50下がった!………orz

………………………。
「コホン」
セリアの咳払いで、我に返る。
何か三人の会話ばかりか、チャラララチャッチャッチャー♪ってな感じの曲まで聞こえてたような……。
…ま、気のせいと言う事にしておこう。それよりも…。
「で、セリア。何なんだ、これは?皆揃って……」
「…私のは、ただの気分転換ですが。でも、皆揃っているのは丁度いい機会です。
ユートさま、誰の髪型が一番良いのか、決めて頂けませんか?」

……ハイ?何ですか、ソレは。
俺は、笑おうとして……止めた。一つの恐ろしい事実に、気が付いたからだ。
セリアの瞳。うっすらとだが、冷たく蒼い光を発している。
その瞳、正に鷹の如し。
………………………。
し、しまったぁぁッ!!
最近、すっかりデレデレに染まりきってたから忘れ果ててたが、セリアは元々生粋のツンツンソルジャー。
下手な事言って、怒らせたら……命は無い。

クッ、何とかこの状況を打破する方法は……!
周りに目を走らせる。
ネリーにシアー。
普段は、無邪気な二人だが…今、目の前にいる二人の瞳はセリアそのもの。
洗脳済みですか、そうですか。
ニム。
常日頃から不機嫌そうだが、今日の視線の痛さは普段の2.5倍(当社比)。……駄目だ、無理ぽ。
ナナルゥ。
端から楽しんどる。却下。
ハリオン
いつも通りの笑顔。良しッ!!
俺は、其処に天使を見た気がした。彼女なら、この窮地を救ってくれると確信した。

でも……あれれ?
目が笑ってないんですけど。
超、怖いんですけど!!((((゚д゚;;))))ガクブル

このままでは、袋叩きにされた上、城の中庭に吊るされるという運命を辿ること必至。
ど、ど、どどどうすればいいんだ………。

「お、おはよぉございますっ!また遅れちゃって、すみませんっ!」
丁度その時、ヘリオンがやっぱり今日も一番遅れて、訓練場に駆け込んで来た。
元はと言えば、髪形の変わったヘリオンを、軽軽しく誉めたのが事の発端。
俺は、恨めしげに彼女の方を向き、そして硬直した。
いや、俺だけじゃない。一同、ヘリオンを見て目を丸くする。
其処にいたのは、黒髪を頭の両端で纏めたツインテール、そんな全く普段通りの髪型のヘリオンだった。

「ヘリオン、その髪……」
「え、あ、これですか?
えっと、本当は昨日ユートさまに誉めて頂けてすごく嬉しかったんで、そのままにしとこうとは思ったんです。
…けど、やっぱりこの方が私らしいかな、って」
そう言って、屈託無く笑うヘリオン。
思わず、俺はヘリオンの元に駆け寄り、その双肩を両手でグッと掴んだ。
そして、涙を流して力説した。
「……その通りだ、ヘリオン。人間、自分らしいのが一番!!
人の真似(・A・)イクナイ!!!」

――その翌日、皆の髪型は元通りになっていた。
いやぁ、良かった、良かった。
めでたし、めでたし。

………………でも、何で俺の『袋叩きにされて中庭吊し上げ』って運命は、変わってないんですか?
白紙の状態に、戻して欲しいんですけど。
身体中、とっても痛いデスヨ……。

「……可哀想なユートさま……」
ヘリオンが、木の陰から半身だけ姿を見せつつ、涙を流している。

……つーか、助けれ。