とあるうららかな午後。今の所大きな戦いの気配も無く、
ラキオス、サーギオス各々が戦力を蓄えるために日々を費やすその合間。
日課の訓練やら何やらを終えた悠人を初めとする面々は思い思いに時を過ごす。
アセリアのアクセサリ作りのような、大がかりな趣味を持たない
スピリット隊隊長高嶺悠人は、特にやるべきことも無く城下町をぶらついていた。
いや、一応の目的はある。話に聞いた記憶を頼りにすっかり見慣れた町並みを通り抜けて行き、
ちょっとした広場の近くの通りにある、一軒の菓子屋に辿り着いた。
時間もそろそろ、ハイペリア風にいえばおやつ時。その菓子屋の買い食い用の窓の前には、
今まで広場で遊んでいたと思われる男の子数人が塊となって並んでいる。
そこに悠人が近づきかけたところ、目端の利いた一人が悠人の姿を目に入れて
周りにごそごそと何かを伝える仕草をする。途端にそのごそごそが伝染するように広がり、
悠人がふと気付いたとき、つまり菓子屋の列に並ぼうとしたときだったのだが、
子どもたちの目は圧倒的な好奇心を伴って、悠人自身へと突き刺さっていた。
最近はちょっと出かけるだけでこの調子だった。警邏中でも、
買い物の途中でもお構いなしに子どもの注目を集めているような気がする。
まぁ悠人だって悪い気はしない。その視線に込められるのものは純粋な憧れとかそういうものだからだ。
「あ、あの、勇者さまこんにちはっ」
中の一人が小さな拳を握り締めながら一歩を踏み出す。
そうすると、残りの全員がわっと悠人の周りに集まった。
今何してるの僕も勇者さまみたいに俺のこと覚えてる今日は剣を持ってないの。
口々に言いたいだけ放たれる声に、最初の一人の声も紛れて一緒くたになってしまった。
警邏中に話しかけられることもあるにはあるが、ここまで遠慮が無いのは初めてだ。
きっと休憩中の無防備な顔を晒していたためなのだろう、体当たりまでするような勢いで囲まれて、
ややうろたえ気味の悠人は、何とか聞こえた声の一つに応えた。
「あー、俺もここにヨフアルを買いに来たんだ。それに……」
勇者さまもヨフアル好きなのお店のお姉ちゃんもここのヨフアルおいしいよ。
続けようとした言葉を遮られ目を白黒させたところに、
「あらあら~。そんなにみんなでお話しちゃ、勇者さまもビックリしちゃいますよ~。
さぁ、焼きたてのが出来上がりましたから、もう一回並んでくださ~い」
ちょうど良く救いの声がかけられた。一旦子どもたちも引き下がり、
買い物窓のところに半円を作るように集まりなおす。
店の窓から顔を出して笑顔を振りまくのはハリオンだ。悠人がちょっと覗くとその奥には、
せっせと焼きあがったヨフアルを運んでいるヒミカの姿もある。ふと目があったと思ったら、
軽く目を見開いた後、慌てて一礼するとさっさと奥に引っ込んでしまった。
なかなか楽しんでいるみたいだと心の中でそっと笑い、悠人も子どもが作る輪の傍に立つ。
「それにしても、ハリオンまで勇者だなんて言うとはなぁ」
「いいじゃないですかぁ、子どもたちにも大人気ですよ~」
ハリオンが周りを見渡すと、子どもたち数人の視線は、
悠人本人よりも二人の間を交互に行き来していた。
その目が含む意味をつかみあぐねた悠人が口を開く前に、
子どもたちの中でも飛び切り活発そうな一人が裾を引いた。
「なぁ、勇者さま。ヨフアル屋のお姉ちゃんたちって、勇者さまの家来なんだろ。
だったらなんで今みたいなおしゃべりしていいんだ?」
子どもの顔が急に強張る。無意識での自分の表情の変化に気付き、悠人は一つ深く息を吸って、
視線を合わせるためにそっと屈みこむ。声は別のところから上がった。
「違うよ。だってこの前勇者さまに聞いたもん。ヨフアル屋のお姉ちゃんも、他のみんなも
家来じゃなくって仲間だって。だから、仲良くおしゃべり出来るんだってさ」
そう言うのは、最初に声をかけてきた子だ。言われてみれば確かに覚えのある顔だった。
眉間のしわを取り、悠人はその子に向かい直して笑顔を向けた。
「よく覚えててくれたな。うん、その通りだ」
再び、目の前の子に視線を戻して言葉を続ける。
「仲間って言い方が難しかったら友達、でもいい。
だから、今日はこうやって友達が頑張ってる店に買い物に来たんだ」
話している間中じっと目を見続け、また見続けられる。
ぽんと肩をたたくと、裾を引いた子も周りで見ていた子も大きく頷いた。
それじゃあさ、と目の前から声が続く。どうした、と視線を返すと相手は期待に満ちた目を光らせている。
「俺、勇者さまの家来になりたいって思ってたけど、友達でも、いいのか?」
いつの間にか、悠人に向けられている視線が含むものは一つに染まっていた。
くすぐったいような気持ちに苦笑を浮かべて、悠人は頷く。
「ああ、いいよ。友達になりたいって奴がいたらそいつらもみんな友達だ」
立ち上がって、興奮気味の子どもたちを見渡す。
「なら、ヨフアル屋のお姉ちゃんたちもお友達?」
「友達の友達なら、友達だろ?」
「えーっと、まぁ相手が友達になりたいって言ってからにしろよ」
「あ、おう!」
そこに、店の窓から顔と袋を出したハリオンの声がかかった。
「まぁ、みんなよかったですねぇ~。それじゃあ、このみんなの分のヨフアルは、
お友達になった記念に、勇者さまがプレゼントしてくださるそうですよ~」
「え?」
その袋の中には、どう考えても男の子たちの人数分以上のヨフアルが詰まっている。
「勇者さま、ホント!?」
きらきらとした目に見つめられてたじろぎながらも、悠人はそっとハリオンに目をやった。
もちろん、にこにことした目で見つめ返されるだけで事態が変わるわけでもない。
引きつりかけた顔を気合で押さえ込み、馬鹿みたいなノリでやけくそ気味に叫ぶ。
「ああ、本当だっ。きちんと、渡してくれたハリオンお姉さんと、
作ってくれたヒミカお姉さんにお礼を言うことっ。わかったな!」
ヨフアルをハリオンから受け取った子が、彼女の笑顔に向かって笑みを返し、
他の子たちも、窓に身を乗り出すようにして店の奥に声を張り上げる。
そのまま悠人にも大きな声で礼を言うと、子どもたちは袋を抱えたまま
広場を通り過ぎて路地の向こうに消えていく。
入れ替わるように、店員用の勝手口らしき扉からヒミカが飛び出してきて、子どもたちの後姿を見送った。
「ありがとうございましたー!」
声が届くようにか口元に添えられた両手にはめられた物は、篭手ではなくキッチンミトン。
調理場の忙しさを物語るように、衣服の上に着けたエプロンや頭の三角巾に粉が散っていた。
その勢いに目を丸くする悠人を視界に収めたとたん、
エヒグゥ柄の可愛らしいミトンを後ろ手に隠して体を向ける。
「ゆ、ユート様。すみません、お見苦しい格好で」
「いいや、頑張ってるんだからそうなるのは当然だって。それよりさ」
ため息を吐きつつ、今なお窓口でにこにことしているハリオンに近づく。
「……いくらになるんだ?」
ハリオンが提示した額は、だいたい男の子たちの人数の二倍近くの個数の値段だ。
まあ、みんなにお土産を買うことを考えればまだ少ない方だ、と思いながら悠人は財布を引っ張り出す。
慌ててヒミカが悠人の手の中にある財布を押さえた。
「お待ちくださいユート様。中で聞いていましたが、ハリオンが勝手に言ったんでしょう。
彼女の給金から出しておきますから、ユート様にお支払いさせるわけにはいきません」
「いいってこれ位。納得して言ったんだから売り上げに貢献させてくれよ」
静かにヒミカの手を外して悠人自身の分の金額も上乗せしてハリオンに手渡す。
半ばどころか、殆どハリオンの笑顔に押し切られた形だがたまにはいいだろう。
受け取った袋からほかほかのヨフアルを取り出しすと、
まだ少しばかりハリオンを呆れて見ていたヒミカの動きが止まってしまった。
そんなヒミカを横目に、悠人は焼きたての匂いを吸い込みながら一口齧り付く。
サクッとした表面と、もちっとしつつも重くない中身の食感。ほのかに広がる果実の香りと
生地の柔らかな甘み。その完璧なハーモニーに思わず悠人の頬も緩む。
言葉にしなくてもそれでヒミカには伝わったようで、食い入るように悠人の手元を見ていた
彼女からほっと息がもれて、緊張気味の体からも力が抜けた。
ぱくぱくと気持ちの良い勢いで平らげた後、指を舐めるのを二人に見咎められた
悠人がばつの悪そうな顔つきで目をそらしながら子どもたちの様子を思い出す。
「ところでさ、あいつらの分より多目なのは何でだったんだ? それに、てっきり広場で食べ出すもんだと思ったんだけど」
ヒミカとハリオンは顔を見合わせて、隣に立つヒミカが言いにくそうに応じる。
「勇者様ごっこの一つ、だそうです」
なんだそりゃ、と更なる説明をハリオンに促す悠人。
ハリオンがさらに笑みを深くしてヨフアルを差し出し、続けた。
「女の子に言われて、ヨフアルを買いに行く勇者さまがモチーフなんですよ~。
ですから、あの子たちが向かった先には、残りのお友達がお待ちです~」
全く、子どもというのはどこで見ているのか分からない。よりによってそんな場面か。
その言葉に肩を落とした悠人にヒミカはくすりと笑みを浮かべかけたが、
店内から彼女を呼ぶ声が響いてきて、ハッとしたように顔を上げた。
「それでは、窯を店長に見てもらっていますのでそろそろ戻ります。宜しければまたお越しください」
「小遣いが無くならない程度には寄らせてもらうよ。毎回これじゃあ困るけど」
二人して、窓越しにハリオンを見つめてため息と苦笑を重ねる。
そのままヒミカはミトンのはまった手を上げて頭を下げ、勝手口に戻っていった。
悠人も、窓のところから数歩離れながら、ハリオンに手を振る。
「それじゃ、二人とも頑張ってな。どうやら、一気に忙しくなりそうだから」
店先で立ち話をしてる間に、ヨフアルの匂いに誘われた客がいつの間にか集まりだしていた。
いつものことですから~。と答えかけたハリオンに、早速一人目の注文が来る。
あっという間に出来上がった長蛇の列を見ながら、悠人は詰所へと帰っていった。
「友達の友達は友達」あの子どもたちの言葉を胸に留めて、
たった今出来た「友達」と自分が良く知る小さな「友達」が共にある姿を浮かべながら。