『ントゥシトラたんの日記』

「ンギュルギュル~♪ギュギュ~♪」

奇声です。どこからどう聞いても奇声以外には聞こえません。
けれど、これは彼の国の言葉なのです。……そんな変な国には行きたくありません。
と、まあ色々ある文句は口にチャックをして置いて置きましょう。
さてはて、この奇声が聞こえてくるのは年中雪に閉ざされたソーン・リームのある一室。
入り口である重厚な樫の木作りの扉にはくさび型文字なんて眼じゃないぜ!と言わんばかりの解読不可能な文字が書かれていたりします。
数十分悩んでみたりもしますがやっぱり読めないのでとっとと中に入りましょう。
金メッキでピカピカなドアノブを廻して扉を開けると、まず眼に入るのが変な物体。
赤茶色で楕円形の餅みたいな姿をして、頭にはいかにもな感じの王冠が乗せられています。
イスにちょこんと乗っているため後姿しか確認できませんが、間違いなくントゥシトラたんでしょう。

「ギュ~ギュ~キュ~♪ンギュルルル~♪」

どうやら先程の奇声はントゥシトラたんのものだったようですね。
ご機嫌な様子で何かを書いているようです。不思議です……手がないのに。
大きな瞳をくりくりと動かしながら何かを思い出しているようです。
そして、思い出したことを羊皮紙に書き留めています。ということはコレ日記ですね。
―――いけないいけない、他人の日記を覗くなんて恥ずべき行為ですよ!
相変わらず眼を細めて実に楽しそうにカキカキ、カキカキ。
……少しぐらいなら構いませんよね。

カキカキ、カキカキ(チラリッ)。

『ハレルヤハレルヤハレルヤー!ハレルハレルヤハレルヤハレルヤッハー!
 ハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤハレルヤ!
 ハーレールーヤーハレルヤーハレトンヤハレルナハレルヤハレンナー!!』

……はい、当然読めません。残念無念です。
折角、ントゥシトラたんが雨の日も風の日も雪の日も、ツンツン針金頭のエターナルに切り刻まれた日も、
部屋の中で自分の血を溢して炎上させてしまった日も、欠かさず書き続けた日記を読めるかと思ったのに!
しかし、ここで諦めるわけにはいきません。
なんとしてでも読まなければ沽券に関わるというものです。

「ンギュルルル~ル~ル~ル~♪」

おのれ!何も知らずにご機嫌な奇怪生物め!
さすがにこれはもう異文化コミュニケーションというレベルじゃありません。
どっちかっていうと異世界コミュニケーションです。無理です。
「ンギュルル~……ンギュ?」
おっと、何か疑問に思ったのかントゥシトラたんが悩んでいます。
が、唐突にイスから降りて部屋を出て行ってしまいました。どうしたのでしょう?
ですが、これで日記は見放題です……読めませんが。
しかし、全身全霊を掛けて翻訳に挑戦です。
えーと、何々――――

―――いつも雪が降っているのに、今日は珍しく晴れ。
―――そのせいか色々と不思議なことが起こった。

「ふわぁぁ~ああぁ………ヒマねぇ……」
ソーンリームにある館の庭で大きな欠伸をしているのはミト姉(注:ミトセマール)。
ミト姉の一日は光合成から始まる。今でこそ人の姿をしているけど元は大きな植物だったみたい。
「ちょっと、そこの目玉。もうちょっとこっちに来な。」
さっそくお呼びが掛かった。慌てて移動開始。
なんだかソーンリームに来てからミト姉の光合成に付き合うのが日課になりつつある。
「はいはい、よく来たねぇ」と、辿りつくと同時にいきなり抱き締められる。
これもまたいつもの日課なので特に驚くこともなくされるがまま。
ミト姉は植物なのでどうにも寒いのが苦手らしい。
寒いなら先にその露出度の高い服装を直したほうがいいと思うのだけど未だに言い出せていない。

「ん~……ほっかほか」スリスリスリ、頬ずり。
「おや?またハグですか、お盛んなことですね」
そして、いつもこのタイミングで現れるのは水生生物の王子様メダリオ。
メダリオは元々寒い世界出身なので気温零度以下のこの場所でも平気な顔をしている。
……ただそれがミト姉には気に食わないらしい。
「全く、寒い寒いと軟弱―――アウチッ!!」
問答無用で『不浄』が唸る。今に始まったことじゃないけども。
「毎回毎回……アウッ!…この仕打ち、ウッ!……は……ひどグハッ!」
何度も鞭で叩かれながらも顔だけは死守しているところはさすが真性ナルシストだと思う。
けれど、数分後にはボロ雑巾のように地面に転がるメダリオ。……ミト姉怖し。

「はぁはぁはぁ……いい運動になったわ」
メダリオを殴り倒して体が温まったのか、ようやく解放してもらえた。
毎回毎回ミト姉に抱っこされるのは楽じゃない。……眼に返り血が入ってる。
眼の中の返り血を拭こうと悪戦苦闘していると、珍しい人物が庭に面した渡り廊下を通っていくのが見えた。

「あら?タキオスじゃないのさ……珍しいわね」

どうやらミト姉も気付いたようだ。
基本的にソーンリームにいるエターナルは三人だけ、タキオスとテムテムは
ロウ陣営の中でも動き回らないといけない立場にいるからあまりソーンリームにはいない。
……動き回っているのはテムテムで、タキオスはその後にくっついているだけだけど。
と、そういえば歩いているのはタキオス一人でテムテムの姿が見えない。
キョロキョロと辺りを見回していると隣でボソッと声がした。
「……チャンスか」
何故だかとっても嫌な予感がした。

「…………………」
「…………………」
「…………………ンギュル」
気まずい、とっても気まずい雰囲気。
見詰め合う、というか睨み合う二人、その間でオロオロ。
ミト姉に命令されてタキオスを連れて来たまでは良かったのに何故かこういう状況に。
頭一つ高いタキオスを見上げるように睨み付けるミト姉。といってもミト姉の瞳は目隠しで隠されているけど。
それを困惑顔で見返すタキオス。ちょっと不思議な光景。

「ちょ、ちょっとアンタ……」
「……何だ?」
ようやく喋ったかと思えば後ろ手に組んで何やらモジモジ。
いつものミト姉らしくない。と、チラリとミト姉の後ろに何かが見えた気がした。
ラッピングされた……もう一度良く見ようとするとスルスルと伸びてきた『不浄』に叩かれた。……痛い( ´・ω・)。
しょんぼりしていると不意にミト姉の顔つきが変わった。何かを決心したような……。
「アンタ、こ――――」

「あら、タキオス。こんな所にいましたの?」

ちょうど狙ったかのようなタイミングで割り込んでくる白い浮遊物体、テムテム。
片手で何やら綺麗にラッピングされた箱を弄びながら浮遊してくる。
唖然としているミト姉を尻目に(というか尻で押しのけながら)タキオスに接近。
「ちょうど良かったですわ。受け取りなさい」
ぽい、と投げられたのは弄んでいたラッピングされた箱。
「これは……?」
「偵察に行った世界で貰いましたの。でも、私甘いものは好きじゃありませんから貴方に差し上げますわ。」
「むぅ……しかし」
「いらないなら捨ててしまっても結構ですわ。
 それよりも私、次の世界を偵察しに行かなければなりませんの。タキオス、貴方も来なさい。」
「はっ……仰せのままに」
疾風迅雷、神風、全ては一瞬の出来事。
あっという間にタキオスとテムテムの姿は見えなくなり……。
ポツンと残されたミト姉が我を取り戻したのはその数分後。

「私を本気にさせる……?うふふ!…面白いじゃないか!ゾクゾクするねぇっ!!!」

怖いです、ブチ切れモードのミト姉は恐怖の化身です。
隠していた背中から出した可愛くラッピングされた箱を握りつぶすとズカズカと歩き去ってしまいました。
ポツン、と一人寒空の下に取り残される……って一人じゃなかった。
足元に転がる、ボロ雑巾もといメダリオ。とりあえず観察、次に触手でつついてみる。
「あ……ありがとう……僕の心配をしてくれるのは……君だけですね……ガクッ」
ツンツン、返事が無い。ただの屍のようだ。
寒さには強い体質なのでたぶん……大丈夫だと思う。
でも、寒くないように念のため血を掛けておいてあげようと思う。

「……ンギュル」
―――炎上した。

……見なかったことにして早く部屋に戻ろう。

それにしても今日は色々と不思議なことが起こった。
少し覗き見した他の世界では女人がそわそわして落ち着きがなかったし、この世界でもそうだ。
どうやら何かの行事と関係あるようだが良く分からない。
さっきの箱も気になる。

―――アレはなんだったんだろうか?

―――ガチャッ。

むっ、どうやら出かけていたントゥシトラたんが戻って来たようです。
「ンギュルル…………」
先程の元気具合はどこへやらなんだか元気がありません、どうしたのでしょう?
少し涙目になりながら日記の元へと向かいます。
器用に触手をあやつって二文、三文ほど日記に書き加えるとペンを置いてしまいました。
そのまま日記に背を向けると部屋の片隅に置かれたベッドへと向かいます。
ントゥシトラたんは寝る時は人型です、しかしシーツに潜り込んで寝てしまう為誰もその姿を目撃できないのです。
と、まあ眠ってしまったントゥシトラたんは置いておきましょう。
さてはて、一体なんと日記に付け加えたのでしょうか。


『―――アレはなんだったんだろうか?
 ミト姉に尋ねて見たら「バカな事言ってないで早く寝な!」と怒られた。( ´・ω・)
 
 結局、あれはなんなのだろう。…………やっぱり分からない。』


……今はお休み。
……また、来年になればきっと分かるさ。