お姉さんの知恵袋

うららかな、常春の日差し。
どこまでも柔らかい、全てを包み込む様な暖かさに見守られて。
「う~~~ごほっごほっ」
…………俺は、風邪をこじらせていた。


かちゃり。波のように押しては引いていく熱と痛みに苦しんでいると、
相変わらずのんびりとした口調のハリオンが入ってくる。
「おじゃましますぅ~。あらあら、苦しそうですね~」
「ハリオンか……あんまり来るなよ、伝染るぞ」
「あら~、病人はそんなことを気にしちゃ、めっめっ、ですよ~」
駄目元で言ってみたが、やっぱりというか、怒られてしまった。

「はい、ユートさま、ど~ぞ~」
「ごほっ…………へ?」
にこにこと、コップに入った何かを差し出してくる。
湯気が立っている所を見ると、どうやら温かい飲み物らしい。

「…………ハリオン、これは?」
起き上がりつつ、聞いてみる。暫く寝たきりだったせいか、少し目がくらんだ。
するとハリオンが間を置かずに、いつもからはとても思えないような素早さで支えてくれる。
「も~、無茶しちゃ駄目です~。これは、カオリさまに聞きました~」
「……佳織に?」
「はい~。ハイペリアにもスーラがあるそうで、こちらのマカレが合うといいのですけど~」
「……………………」
なるほど。こっちにも風邪(スーラ)があるのか。だけど俺、薬(マカレ)苦手なんだよな…………

ほかほかと湯気を立てているコップをちらっと見てみる。白く濁った液体が注がれていた。
「モロシスに溶かしてみました~。はい、どうぞ~」
「そ、そうか…………」
なんだか嬉しそうに、こちらを見つめる少し垂れ目がちな緑の瞳。
そんな彼女の好意を裏切るような、そんな後ろめたい事はとても出来ない。
俺は覚悟を決めて、カップを取った。
目を瞑り、勢い良く口をつける。と、懐かしいような香りがした。

 ――――――――――

「ちなみに~、モロシスとはハイペリア語で、お湯の事なんですよ~」
「…………ハリオン、誰に説明してるんだ?」

「あれ、これ…………」
「はい~?」
素っ頓狂な声を上げた俺に、ハリオンは小鳥のように首を傾げていた。
すー、と喉の痛みと熱が取れ、鼻の通りが良くなっている。そしてこの味に、覚えがあった。
「へ~、おどろいたな、これ、ハイペリアでは、“しょうが湯”っていうんだよ」
「ショウガユ、ですか~?わたしはただ、マカレを少し甘くしただけなのですが~」
「いや、飲みやすいよ……そっか、ファンタズマゴリアって基本的に漢方なんだ」
「カンポウ~?なんですか、それは~」
次々と俺の口から出てくるハイペリア語に、ハリオンの頭の上には疑問符が飛びまくりだ。
それでも、俺の負担に気を使ってくれているのか、それ以上しつこく聞いてきたりはしない。
…………まぁ、ハリオンの事だから、本当に深く考えていないだけかも知れないけど。

「いや、なんでもない。懐かしいな、よく佳織に飲まされたもんだ」
「聞きましたよ~。ユートさま、マカレが苦手なのだそうですね~」
言いながら、めっ、と人差し指を目の前に立てて見せるハリオン。
真面目に見つめてくる表情から、本当に俺を心配してくれている事が伝わってくる。
少し恥ずかしくなったので、そっぽを向いて答えることにした。
「…………まいったな。佳織、そんな事まで言わなくてもいいのに」
「ユートさま、子供みたいですぅ~」
そんな俺を、くすくすと、ハリオンがからかう。
独特の雰囲気に勝てる筈もなく、いつのまにか俺も、一緒になって笑っていた。

「そういえば~。もう一つ、あるんですよ~。ほら~」
ややあってハリオンが取り出したのは、タオルを棒状に巻いたもの。なんか見た事があるな。
「それってもしかして…………」
「はい~。ある薬草を、そのまま包めてきました~。首に巻くと、楽になるんですぅ~」
「やっぱり。そんなものまであるんだ、ちょっと驚いたよ」
「いいえ~。これは実は、わたしだけのオリジナルなんですよ~。えっへん~」
「……………………」
感心しきりの様子が嬉しかったのか、じゃじゃ~ん、と擬音語が聞こえそうなほど自慢げに胸をそらすハリオン。
しかし俺はというと、拍子に大きく揺れた豊潤な所に思わず目が行きそうになり、慌てて逸らすのに必死だった。

「ん~~~~…………」
なのに、せっかく逸らした視線を追いかけるように、いきなりハリオンがず、ずい、と正面に迫ってくる。
驚いて僅かに後ろに下がったが、すぐに壁際にまで追い詰められてしまった。
「ち、ちょ、ハリ…………」
四つ這いになって迫るハリオンの胸元から、深い谷間がゆらゆら揺れるのが見えて非常に困る。

「も~、逃げないで下さい~」
「な、ななな何を急に、ハリオンさん?」
咄嗟に上げた声は裏返っていた。それでも強めの口調にやや驚いたのか、ぴた、とハリオンの動きが止まる。
「何をって、着けて差し上げようと~」
そう言って、不思議そうな顔で見上げてくるハリオン。
ほっとしたのもつかの間、今度は至近距離で上目遣いに覗き込まれ、ごくり、と喉が鳴ってしまう。
音の大きさに、聞こえはしなかっただろうかと、焦りと恥ずかしさで顔が赤くなった。
「い、いや、自分で着けれるから…………」
「だ~め~で~す~。昔の人は、言いました~。病人は、大人しくお姉さんの言う事を聞くものですよ~」
昔の人は~の辺りを妙に強調しているハリオン。悪戯っぽい瞳に見つめられて、俺は全く動けなくなった。
「そそそ、それならそれで、背中に回ればよろしいのでは…………」
「でも~。ユートさま、背中を壁につけてますし~」
「そ、それはそうなんですけど…………」
ハリオンが何か言う度に、悩ましげにゆらゆらと揺れる谷間。
最早その胸元から目を離せなくなってしまっていた俺の反論は、姉という言葉に反応したのか、
いつの間にか丁寧語になっている上、一切却下の方向で流されてしまっていた。

ハリオンが首の後ろに手を回しながら、んしょんしょとか唸っている間、俺の体温は上がりっぱなしだった。
首筋にかかる少し湿った息や、無防備なままで胸板に押し付けられる柔らかい膨らみや、
跨って挟み込まれた腰から伝わるしっとりとした温かい太腿の感触が、俺から理性を削り取ろうとしていた。
これに比べれば『求め』の干渉なんて、子供にじゃれ付かれているようなものだ。
『なんだと、契約者よ』なんて声も聞こえたかもしれないが、聞かなかった事にする。
正直俺は、それどころじゃ無かった。
本当に、干渉なんか無くてもマインドが急落しそうな位、それは甘く、危険な時間だったのだ。

「さ~、出来ましたよ~」
優しい声にはっ、と我に返った時には、あやうくハリオンの身体に腕を回しそうなところだった。
「あ……ああ、ありがとな、ハリオン」
ようやくネギ?を首に巻かれた俺は行き場の無い腕を誤魔化し気味に軽く振って、にっと笑ってみせる。
が、反面、背中にはどっと汗が噴き出していた。
「いいえ~。さて~、これで、あとは安静にしているだけですぅ~」
そう言いながら、手を添えて俺が横になるのを助け、最後にそっとシーツを肩まで上げてくれる。
シーツの上からぽんぽんと軽く叩くハリオンの優しい仕草が、やけに身に沁みた。
かろうじて回避したとはいえ、そんな献身的な彼女の誠意に一瞬でもつけこもうとした自分が嫌になってくる。
「…………ごめんな」
「え~?何か、言いました~?」
「なんでもない…………本当にありがとな、ハリオン。少し楽になったよ」
シーツを顔まで引き上げながら、ぼそっと呟く。本当に、喉の痛みはかなり軽くなっていた。
…………体温は上がった気がするけど、それは自分のせいだ。
「いいえ~。それより、早く休んで下さいね~」
「ああ……そうするよ…………」
目を瞑ると、あっという間に眠りが落ちてきた。
俺はハリオンの空気に包まれながら、意識をゆっくりと手放した。

「あら~、もう、眠っちゃいましたね…………それでは~」
ハリオンの声が、遠くに聞こえる。
ああ、帰っちまうのか、少し残念だな。うろんな頭でそんな事を考えた。
ふいに、脇が少し寒くなり、すぐに温かくなる。温かくて、柔らかい。
なんだか気持ちいいな、ふにふにして。うろんな頭でそんな事を……ってぇ?

がばっ!
「あらあら~、どうか、しましたか~?」
「ハ、ハハハ、ハリオンっ!どうしてここにっ!!!」
「どうしてと言われても~。先程からいましたけど~?」
「そうじゃないっ!どうして俺のベッドに入ってくるんだっ!!!」
「ですから~、昔の人は、言いました~。風邪は、人に伝染すと治るんですよ~」
またもや昔の人~をやけに強調しつつ、非科学的な事を言い切る。
口をぱくぱくさせて立ち上がった俺に、一糸纏わぬハリオンは、不思議そうな顔をして首を傾げていた。

……………………一糸纏ワヌ?

「☆$&t*pr@~~~~~~!!!!」
「……どうなさいました~?」
追いかける形で立ち上がったハリオンの全身が目の前に晒される。
丸みを帯びた、母性を全身で表したようなライン。
すらっと伸びた、細い手肢。腰まで届く濃緑の後髪。
白く透き通った肌。うっすらと浮かび上がった青い静脈、形の良い鎖骨。
隠しても隠し切れない揺れる胸と、深い谷間にしっとり滲む汗の粒。
きゅっと締まった腰と、脹脛。
そこから繋がっているとは思えない程のボリュームを湛える太腿と柔らかそうなお尻。
ひっそりと窪むお臍。
そしてその下には、未だ未知の神秘を湛える、
ささやかな淡い緑の…………その、茂みが、ふっくらと息づいて。
悪意があっても無くても(恐らくは無い、と信じたい)、それは衝撃を超えた危険すぎる刺激だった。
なんだかんだ言いながらも視線釘付けで隅々まで見尽くしてしまった俺の鼻から、熱いものが迸る。
限界だった。マインドが下がるとか、そんな騒ぎではない。すーっと意識が遠のきかけた。

「もぅ……仕方ないですねぇ♪」
純粋に(きっと)心配して抱き締めてきたハリオンの、豊満な胸が顔に押し付けられて形を変える。
その先の、硬く熱いしこりを頬に感じた時、俺の意識は今度こそ本当にバルガーロアより深く沈んだ。

――――ああ、ハリオンって、うららかな常春の日差しだったんだなぁ。
そんな馬鹿な事を連想しつつ。どこまでも柔らかい、全てを包み込む様な暖かさに見守られて。