ア&セリア子供劇場Ⅹ

アセリアとセリアは幼馴染です。
二人は物心ついた頃、一緒にエルスサーオに転送されてきました。
以来、遊ぶのもご飯を食べるのも訓練を受けるのも寝るのもいつもいつも一緒。
同じ青スピリットだったこともあり、二人は絵に描いたような仲良しさん……とはいきませんでした。
生まれた時から何を考えているかよく判らないアセリアはともかく、
セリアは何をやっても敵わないアセリアを密かに敵対視していました。いけませんね。

かちゃかちゃと食器の音だけがおごそかに響く詰め所食堂、お食事時。
セリアは今、ちょっとしたピンチに立たされています。
傍目からは無表情を装い、でもテーブルの下だけでもじもじと落ち着かない太腿を摺り合せていたりします。
青いニーソックスの皺がその度増えていって下から見てみると非常にえろちっくなアングルな訳ですが、
だからといって別に、トイレを我慢している訳でもその手の趣味の方を喜ばそうとしている訳でもありません。

実はただ、ラナハナが大嫌いなのです。それはもう、匂いから形から味から色からなにもかも。
助けを求めるように、横でこくこくスープを飲み干そうとしているアセリアをチラ見してみます。
白い喉が微かに動いて、どんどんスープが無くなっていきます。半開きの口元から見え隠れする白い歯が健康的ですね。
当時まだ百合なんて素敵なものに染まっていなかったセリアは、しかしそれを見ても劣情など起こしません。
ただひたすら、焦るのみ。何故って、それを飲んでしまえばアセリアのお食事が終わってしまうから。

普段なら、エスペリアお姉ちゃんに聞こえないように、小声でお願いするだけ。
それだけで、アセリアは何も言わずにセリアの分のラナハナを、こっそり代わりに食べてくれます。
そんな好き嫌いの無いアセリアは、セリアにとって格好の残飯処理施設なのでした。いけませんね。
しかし、今はそんな状況ではありません。普段から無表情なのが、こんな所で仇になりました。
つんと澄ました表情からは、怒っているのかいないのか見当もつきません。そう、二人は只今喧嘩の真っ最中でした。

無視されているのなら、半端なひそひそ声では反応してくれるとも思えません。
かといって、下手に口調を強めるとエスペリアお姉ちゃんの『献身』が光り出して無言のプレッシャを与えてきます。
普段から、テーブルマナーには厳しいのです。躾けられたセリアには、骨の髄までその恐ろしさが染み込んでいます。
このままラナハナを残してしまえば、お尻ぺんぺん&『献身』逆さ磔の刑では済まないでしょう。
以前アセリアがそれを受けた時、うっかり目撃してしまったセリアはその夜悪夢に魘されて布団に地図まで作りました。
何故か嬉々としてお説教を始めるエスペリアお姉ちゃんの表情がありありと目に浮かぶセリアです。

思い出しただけで下半身がむずむずしてきました。フォークを持つ手が小刻みに震えてきます。
かちゃっ。あ。今、エスペリアお姉ちゃんがぴくっと一瞬だけ動きを止めました。空気が一気に重くなります。
体中の毛細血管が締まった気がしてセリアはもうなりふり構っていられなくなりました。
皿のラナハナを纏めて串刺しにし、目にも止まらない速さでアセリアの皿へ。
正に「青」の本領発揮です。日頃の訓練の成果を生かす時が来たのです。生かしてどうする。

セリアの「白刃」が鮮やかに煌いた時。一瞬早く、何の予備動作も見せずにアセリアの左手が始動しました。
ラナハナを持ったセリアの右手の運動軸。その肘に腕を当て、動きを止めておいて手の甲を捻ります。お見事です。
かくん、とバランスを崩したまま、あっ、と軽く開いたセリアの口の中に、問答無用で大量のラナハナが飛び込みました。
「~~~~~~~~っ!!!!」
抑圧された状況の中、セリアの無言の叫びが食堂中に響き渡ります。口中に広がる豊穣な味わいは地獄への誘い。
鼻から突き抜ける独特の香りに、思わず腰を浮かしかけたセリアは慌てて自分を抑えます。
どうやらエスペリアお姉ちゃんは一見何も反応を示してしていないようです。大変良く出来ました。

セリアは忘れていました。そう、アセリアも「青」の戦士だという事を。しかも自分より数段上手の。
ですが嫌いなラナハナをたっぷり頬張ってしまった今のセリアにそんな事を考えるゆとりは有りません。
大粒の涙を浮かべながら、無言でアセリアを睨みつけます。もっとも口を開いたりしたら大変な事になってしまいますが。
当のアセリアは澄ましたもの。リスのように頬を膨らませたセリアを無視し、ごちそうさま、と席を立ってしまいました。

さて。そんな一連の騒ぎを、あのエスペリアお姉ちゃんが実は見逃す筈がありません。
いつの間にか手元に引き寄せた『献身』を握り締め、現場を押さえた後の物騒な事まで考えていたのですが、
セリアが無事ラナハナを食したとみるや、この件はとりあえず保留と決めて食事を再開しました。
アセリアの行動は、実はそんなエスペリアお姉ちゃんの動きを見ての咄嗟の事だったのですが、
追い詰められていたセリアにはそんな水面下での激しい諜報活動なんてわかりません。
なんと報われない事でしょうか。お涙頂戴もいいところです。たいへんよくできました。

一方取り残されたセリアの全身からは大粒の汗が流れ出しています。挙動不審にふらふら身体を揺すったりして。
その異変は周囲から見ても明らかなのですが、エスペリアお姉ちゃんが支配しているこの空気では、誰も声をかけません。
かちゃかちゃと食器の音だけが響き渡る中、一人また一人ごちそうさま、と席を立っていきます。
縋るような瞳が捨てられた仔犬の様なセリアですが、後に冷徹と言われたその精神力もそろそろ限界に近づいてきました。
強烈なプレッシャに、じわっと水玉パンツが湿ってきますが、それが汗なのか何なのかを考える余裕もありません。
いいかげんに疲れてきた顎を軽く動かすだけで、ラナハナの一部が喉を通りそうになります。非常に危険です。
「…………っ!」
一刻の猶予もありません。ちょっと突付かれただけでももう泣きそうなのです。
とりあえずこの場を離れないと、いたる所からあらゆる物が噴出しそうで、色々な意味での乙女のぴんちです。
背に腹は変えられません。切羽詰まったセリアは、そのままそしらぬ顔をして立ち去ろうとしました。

しかしやはりというか、そんな浅はかな策を見過ごすエスペリアお姉ちゃんではありません。
そしらぬ顔で飲み終えたスープの皿をそっと机に置いてたりしますが、
幼い頃から人には言えない様な修羅場を数々くぐり抜けてきた勘はだてではないのです。
腰を浮かしたか浮かさないか、そんな僅かなセリアの挙動も許さず放った言葉は、
文節を馬鹿丁寧に短く切った、とても低く重たい最後通牒でした。
「…………セリア、『ごちそうさま』、は?」
「っ!!」
こちらも見ずに呟いた一言は、ものの見事にセリアの心臓を鷲掴みにし、彼女の下腹部から緊張を奪い去ります。
生暖かくなったパンツを感じながら、セリアはごくり、と喉を鳴らしました。……もちろん、ラナハナを飲み込みつつ。
「ひぁっ…………」
やりました、セリアが苦手を克服しました。レベルがレベルが新たなレベルが日々精進です。

「ご、ちそ、うさ、ま…………」
変に裏返った声で答え、嬉しさの余り、目から大粒の汗を流して立ち尽くすセリア。
エスペリアお姉ちゃんがいつの間にか取り出したハンカチで、そっと目元を拭っています。
こっそり柱の陰で覗いていたアセリアも、何だかうんうんと満足そう。
…………感動的な光景の中に何故か戦慄を憶えるのは気のせいでしょうか。気のせいでしょう、きっと。
お姉ちゃんがセリアの為にと出来るだけ味を出さない様苦労して作り上げたレシピが、今まさにその成果を上げました。
いつか又ラナハナが苦手な誰かさんが現れた時、この矯正メニューがきっと生かされる事でしょう。

セリアはその後、二度とラナハナを残さないようになりました。うんうん、やはり好き嫌いはいけませんね。
ところでセリア、喧嘩はどうしたのかな?


セリア「…………これ、ユートさまに見せたら 殺 す わ よ 」
ヒミカ「……降参降参。わかったから、喉元の『熱病』離してくれない?とても冷たいから」
アセリア「あの時はセリア、勝手に怒ってた、うん」
ヒミカ「ふぅ、大体なんで二人共、喧嘩なんてしてたのよ」
セリア「う…………アセリアがいきなり私の皿にラナハナ乗せたのよ。嫌いだって知ってたくせに」
アセリア「違う。エスペリアに頼まれただけ。それがセリアの為だって言ってた」
セリア「……へ~そうなんだ。ふふふふふ、昔からエスペリアときたら限度を知らないというか…………」
ヒミカ「セリア、『熱病』光ってるよ。ちょっと落ち着きなさいって」
セリア「うるさいわねっ!貴女がこんなもの書くからでしょっ!これもうエンゲキなんて何も関係ないじゃないっ!」
ヒミカ「まぁそうなんだけどね……いいじゃない、ユートさまと嫌いな物が一緒だったなんて」
セリア「な、いいいいきなり何を…………あ……もしかしてユートさまもエスペリアに…………?」
エス姉「わたくしがどうかしましたか?」
セリア「きゃっ!エスペリアお姉…………なななっ、なんでもないわよっ!!」
アセリア「あ、『熱病』静かになった」