蒼い光

私は、昔からアセリアの事が嫌いだった。

理由は……それこそ幾つも。
いつも、何を考えてるのか分からない所。
いつも、マイペースで私の事なんかお構い無しな所。
いつも、何にでも反発しがちな私に対するあてつけの様に、自分に素直な所。
いつも、アセリアの何倍も努力している私を、剣技で負かす所。
エトセトラ、エトセトラ……。

……止めよう、キリがない。こんな事考えてたって何の意味も無いのだし。
とにかく、私はアセリアの事が嫌いなのだ。
そう、今も昔もずっと……。


今、そのアセリアは私の目の前にいる。
…いや、しかし『いる』と言っていいのだろうか。
それはやはり間違っていて、『ある』と言うべきなのか。……私には、分からないけれど。

今のアセリアの瞳は、私どころか何物をも写さない。
そこに浮かんで来るのは、ただの虚無、…それだけ。
今のアセリアの口は、意味のある言葉を発しない。
紡がれるのは、神剣の意志を代弁するかの様な言葉の羅列、…それだけ。
今のアセリアの身体は、必要以上に動かない。
反応するのは、食事、睡眠、最低限の身体状態の維持に対する項目、…それだけ。

確かに、元々口数が少なく表情の変化も乏しかった。人形ぽかったと、言えなくも無い。
…それが、今は完全な人形になってしまった。
つまり、何?
アセリアは喋るのも、表情を作るのも面倒になって、自分の意志で…望んでこうなったとでも言うのか?

「ふふ……ふふふ……あははははっ……」
自分で考えた事ながら、その馬鹿さ加減。可笑しくって笑ってしまう。

………けれど、アセリアが自分の意志でこうなったというのは、ある意味正しいのだ。
勝手に、ハイペリアに行って。
勝手に、ユート様を助けて。
勝手に、神剣に精神を呑み込まれて。

………………………ふざけている。
あまりにも……あまりにも、勝手過ぎる!

きっと、神剣と同化する直前。アセリアにはユート様を助ける事、ただそれだけしか頭になかったのだと思う。
こんな状態になる事や、それを私がどう思うのか…そんな事、欠片も考えなかったに違いないのだ。
…ああ、知っていた。アセリアは、こういう奴だって。
いつも、いつでも本当に自分勝手な奴だって!!

アセリアなんて、嫌い。大っ嫌い。
………………なのに、何で。

「何で……私があなたの為に泣かなくちゃならないのよッ……!?」
気が付くと涙が瞳から零れて、頬をつたっていた。後から後から、溢れて止まらなかった。

狭い部屋の中で、聞こえるのは私の嗚咽だけ。
どんな言葉だって、今のアセリアには届かない。だから、私の言葉に答えてくれる人もいない。…当たり前だ。
けれど、それが無性に腹立たしい。
いつもいつもいつも!アセリアは、私を腹立たせる。


………………………いや、違うか。もう、いい加減分かってる。
私が、常に腹を立てていたのは……私。
相手の気持ちを何も考えなくて。素直じゃなくて。そして、いつだって無力な私自身。

……………今頃、気付く。
私は、ずっとアセリアの事が好きだった。そして、羨ましかった。
でも、自身の嫌な所を認めたくなくて、それらの理由をアセリアに転嫁しようとしていただけ。
…そのせいで、一体、今までどれだけ突き放した態度をとってきただろう。
悔恨の念が、押し寄せる。これまでのアセリアと過ごして来た日々、その中の自分に。

…けれど、なんて皮肉な話。アセリアがこんな風になって、今更そんな事に気付いても、どうしようもない。
謝っても、その言葉は決して届かないと言うのに。

これは、罰なのか。それとも、アセリアなりの私への報復なのだろうか。
そんな考えまで浮かんで来る。

私は、泣いた。
哀しくて、悔しくて、淋しくて…泣いた。
ただ幼い子供の様に、泣き続ける事しか出来なかった……。

―――斬る。何も考えず、ひたすらに敵を斬る。アセリアに負けない様に。

対マロリガン戦。その戦線に復帰したアセリアの活躍は、目を見張るものだった。
殺意だけに縛られたアセリアの剣は、一片の容赦も慈悲もなく、多くの敵を斬り捨てた。
しかし、それを活躍などと称したくはない。
だって、敵スピリットを斬り殺す度、アセリアの精神は磨耗していってしまうから。

結局の所、私にできるのは敵スピリットの数を少しでも減らす事だけだった。
…こんな事をしても、無駄なんじゃないか?
正直、『熱病』を振るいながら、何度そう思った事か分からない。
でも。決めたのだ、私は。信じる、と。

血塗られた道の先に一筋の光がある事を、私は信じる。
それは、蒼く純粋な光。
いつも、どんな時でも、私の心を動かさずにはおかない光。
嫌いだ、嫌いだと、私は嘯いてしまうけれど…。本当は、大好きな……そんな光。


…尤も、この私を泣かせたのだ。
一発引っぱたいて、説教の嵐になる事ぐらいは、覚悟しておいてもらわなければならない。
もちろん、その後でちゃんと謝るけれど。
私が、本当の意味でアセリアと一緒に過ごす日々は、そこから始まる。だから。

―――だから、早く戻って来なさいよね、アセリア!