赤く染まる世界

ズブッ・・・
剣先が『誓い』の主の身体を貫く。
「がはっ・・・!そんな馬鹿な・・・
僕が……僕が負けるなんて……。認めないッ!!認めないぞぉぉぉぉぉッッ!!」
ガシャン!
奴の手から忌々しい『誓い』が落ちる。
「これまでだ・・・『誓い』の主よ。・・・死ね。」
高ぶる我の心に答えるかのように神剣にマナが集中する。
「くっ・・・はは・・・ははっ・・・
ははははははは!!!お笑いだよ!なあ、碧!
これがお前らの友情ごっこの結末って訳だ!!!
佳織!これがこいつらの本性だよ!
所詮みんな自分のことしか考えてないんだよ!
悠人も!碧も!この女もなぁっ!!!
これで分かっただろう!?佳織の信じるこいつらは互いに殺し合ったのさ!」
全身から血を流しつつ狂ったように叫ぶ『誓い』の主。
「黙れ・・・秋月・・・」
「はっ!本当のことだろう?聞かせろよ!悠人を殺した時の気分をさぁ!!!」
「黙れよ!!!」
隣に立つ『因果』の主が叫ぶ。
たしかにいい加減うるさいな・・・

「さらばだ『誓い』の主。それなりには楽しめた。」
バリッ・・・
神剣が紫に輝いた刹那、大気を殺意が駆け抜ける。
サーギオスのエトランジェ・秋月瞬はその神剣『誓い』と共に消滅した。
「・・・終わったな。・・・そうだ!佳織ちゃん、大丈夫か!?」
『因果』の主が部屋の片隅で震える少女に駆け寄る。
確か先日殺した『求め』の主の妹だったか・・・
「よかった無事みたいだな・・・」
「碧先輩・・・あの・・・あの、本当にお兄ちゃんは・・・」
「・・・すまん。許してくれともわかってくれとも言わない。
恨んでくれていい。佳織ちゃんには・・・その資格がある。」
「・・・・・・今日ちゃんは・・・神剣に負けちゃったんですか?」
「ああ・・・今日子はさ、そんなに強いわけじゃないんだ。
他人を傷つけ殺して、正気が保てるやつじゃないんだよ。
だから俺が・・・俺が守ってやらなくちゃいけなかったのにな・・・」
「碧先輩・・・」
さて、そろそろいいか。
「別れの挨拶は済んだか?『因果』の主よ、そろそろお前ともお別れだ。」
「・・・あぁ、約束だからな。
その代わり・・・これだけは約束しろ。佳織ちゃんを絶対に元の世界に返すって。
悠人との・・・約束なんだ。あいつとの最後のな。」
ふむ・・・そういえばそんな話もあったな。
「・・・いいだろう。神剣を持たぬ者に用は無い。
そのぐらいは聞いてやってもいいだろう。お前は役にたったからな・・・」

「そんな!二人は同じ国のエトランジェじゃないんですか?
だったら戦う必要なんて・・・」
「敵じゃなかったさ・・・ついさっきまではな・・・」
「別に『因果』と手を組んだつもりはない。
勝手に協力してきたから利用したまでのことだ。
おかげで『求め』と『誓い』を楽に砕くことが出来た。」
剣を『因果』の主へ向ける。・・・逃げようとする様子は無い。
「お前も愚かだな・・・こんなことをしても誰も・・・
そう、この女も救えはしないというのに・・・」
マロリガンの大統領と協力して色々研究していたようだが・・・
そうそう上手く神剣に呑まれた心を救う事などできはしない。
「・・・そんなことは百も承知だよ。だがお前にはわからないぜ、『空虚』。
例えどんなに可能性が低くても諦めるわけにはいかないのさ。
今日子のことだけはな。」
「だが、お前は賭けに負けたのだ・・・」
「さてな・・・勝負ってのは最後までわからないぜ。」
「減らず口を話は終わりだ・・・せめて楽に死なせてやる。」
『求め』と『誓い』を喰らい増大したマナを剣に集中させる。
これなら塵一つ残らず消滅するだろう・・・苦痛を感じる暇も無い。
「さらばだ、『因果』とその主よ。」
剣を男に向かい突き出・・・
「駄目ぇぇぇー!!!!!」

その瞬間、僅かに早く緑の妖精が男を突き飛ばす。
狙いを外れた剣は妖精のシールドを易々と貫き、その半身を消し飛ばした。
「く、クォーリン!!!おいっ・・・しっかりしろ!
なんで・・・なんで来たんだ!城の外で待機しろと・・・」
「げほっ・・・げほっ・・・で・・・できる・・わけ・・・ないじゃないですか。
コウイン・・・様が・・・死ぬと・・・わかっているのに・・・私・・・わたし・・・」
「いいんだよ!俺は!始めからこうするつもりだったんだからな!」
「そんなの・・・勝手・・・すぎ・・ます・・・はぁ・・うぁ・・・
わたしは・・・わた・・・しは・・・」
「もう喋るな!クォーリン!くそっ!俺の加護のオーラでも駄目か!
待ってろ今部隊の皆のところへ・・・」
「いいん・・・です。もう・・・助から・・・・ないです。だから・・最後に・・・
さい・・・ごに・・これだけは・・・ぐ・・・げほっ・・・
わたしは・・・ずっと・・ずっ・・・・と、こ・・コウイン様のことが・・・
好き・・・でした。はぁー・・・はぁ・・・迷惑・・かもしれない・・・ですけど。
さいご・・・さいごに、これ・・だけは・・・」
「迷惑なんかじゃない!嬉しいぜ、あぁ本当だ。
だから死ぬな・・・お前が死ぬ必要なんてないんだよ!」
「よか・・・った・・はぁ・・それだけで・・・それだけで・・・・私は・・・・
たとえ・・コウイン・・・様が・・・愛して・・いるのがキョーコ様・・・でも・・
私の気持ちを・・・・嬉しい・・・と・・言ってく・・ださる・・な・・・ら・・・」
「クォォォォォーリィィィィーン!!!!」
緑の妖精が金色のマナの霧となり消滅する。

「案ずるな・・・お前もすぐに死ぬ。」
ズブッ・・・ズブッ・・・
今度こそ狙いをはずさず男を貫く。
「くっくっく・・・ついに・・・ついに!
これで邪魔物は消えた!『求め』も!『誓い』も!『因果』も!」
全身を駆け巡る高揚感。肉体が変化を遂げていくのを感じる。
力が、マナが身体に満ちる。
「くっくっく・・・ついに・・・ついに!この力があれば全てを・・・
全てを破壊しつくすことさえ・・・」
「駄目だよ!今日ちゃん!お願い・・・お願いだよ!
もとに・・・もとに戻ってよ・・
碧先輩はそんな今日ちゃんの為に死んだんじゃないんだから!
お兄ちゃんや・・・さっきのお姉さんを殺して何とも思わないの!?」
うるさい小娘だ・・・
「黙れ・・・大人しくしていれば元の世界に返してやる。
運がよければ貴様が死ぬまでエターナルの干渉も受けまい・・・」
「そんなの今日ちゃんらしくないよ!今日ちゃんは乱暴なとこあるし
悪ふざけしたりするのが好きだけど・・・
人を殺して喜べるような人じゃないんだから!
返して!返してよ!今日ちゃんを返してよ!!!」
キィィィーン・・・
娘の手から青白い光が発せられる。
なんだ・・・この光は?
「これ・・・お兄ちゃんの・・・『求め』の欠片?」
『求め』だと?なぜあんなところに・・・

『空虚』・・・いや『世界』は知らなかった・・・
悠人の死を佳織に認めさせる為に瞬が『求め』の欠片を回収したことを。

「お願い・・・『求め』さん。まだ力があるなら・・・
今日ちゃんを助けてあげて・・・お願い!お願いだから!!!」
「本来の『求め』ならまだしも・・・そんな欠片で何ができる・・・!?」
(まったくだ・・・契約者といい、この妹といい・・・無茶を言う・・・)
「貴様・・・まだ消滅していなかったのか!!!」
忌々しいヤツめ・・・
(ふん・・・そう怒るな・・・所詮敗れた我に大したことはできん・・・
全ては・・・その少女次第だ・・・)
「なに・・・?」
(砕けてなお契約者の求めをかなえる事になるとはな・・・)
(これもまた因果というものだ・・・)
(貴様はいつもそれだ・・・)
キィィィィィーーーン!!!!
『求め』の欠片が一際輝いた・・・

私は誰も殺したくなんてない。
何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないの?
どうしてこんな私を守ってくれるの?
どうして私を殺してくれないの?
光陰も、悠も・・・二人になら殺されてもよかったのに。
みんなみんな殺してしまった。
何度も脳裏に浮かぶのは絶望に染まるスピリットの顔。
悲しそうな、悔しそうな顔で死んでいった悠。
悠の死に悲しみ、怒り、玉砕覚悟で向かってきたラキオスのスピリット達。
光陰を守って死んだクォーリン。
全てを受け入れて死んでしまった光陰。
なんで!なんでよ!どうして私が生き残るの?
誰も殺したくない。誰にも死んで欲しくはないのに!

(ならば自分の意思で起きろ・・・全てはそれからだ・・・)
あなたは・・・
(『求め』だ・・・汝の親友高嶺悠人の永遠神剣だ。)
悠の・・・でも、でも私は取り返しのつかないことを・・・
(たしかにそうかもしれん・・・だがそれでいいのか?
お前の友は・・・悠人と・・・光陰といったか?
二人は決してそのことから逃げはしなかったと思うがな。)
私は・・・私には
(正直罪を償えなどとそんな安っぽい説得をする気はない。
我の性分ではないしな・・・
我は『求め』、汝が求めることに力を貸そう。
お前はどうしたいのだ?このまま神剣に呑まれ破壊の限りを尽くすか?)
そんなの・・・嫌だ。
(悠人は佳織という少女とラキオスの仲間達を守る為・・・
そして汝と光陰を救う為に戦った。
光陰は・・・我がわかるはずもないな・・・おい『因果』)
(我が契約者、光陰は汝を守る為に戦ったのだ。
神剣に呑まれた意識がそう簡単には戻らぬことに気付きながら・・・
それでも他に方法はなかったゆえに汝を守りながら足掻き続けたのだ。
もっとも汝の前でこそ弱みなど見せはしなかったがな・・・)
光陰・・・
(悠人という少年と契約者、二人を殺したショックに最後の望みをかけたのだ。
もはや他に方法はなかったからな。それほど汝は深い闇に囚われていた。
今が最後の機会だ・・・我と『求め』の力もまもなく消滅する。
この機を逃せば汝が『世界』の支配を逃れることは敵わぬ。
契約者の最後の賭けも無駄となる。)

私・・・私は・・・そんなこと言われて・・・言われて。
それでも逃げるなんてできるわけないじゃない!
お願い・・・力を貸して。私はもう・・・逃げないから。
(いいだろう・・・)
(了解。力を貸そう・・・)
ありがとう・・・
(ふっ・・・我らもやられっぱなしというのは・・・な。)

「く・・・うぁぁぁ・・・!!!おのれ・・・まだ意識が残っていたというのか・・・
『求め』に『因果』め・・・この期に及んでまだ我の邪魔をするか・・・」
「ふざけるんじゃないわよ・・・もうアンタなんかに負けない・・・
これ以上ヘタレてたら光陰や悠に・・・私が殺した皆に・・・
合わせる顔がないのよ!」
(く・・・馬鹿な上位永遠神剣の支配から脱するだと・・・ありえん!ありえぬ!)
(ふっ・・・駄目もとでやったのだがな・・・まさか上手くいくとはな・・・
中々におもしろい・・・我が契約者といい永く生きた甲斐があったといえるな・・・)
(たしかに・・・我らの最後としては悪くない・・・)

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
何とか・・・なったのかな・・・
「今日ちゃん・・・なの?」
「うん・・・そうだよ、佳織ちゃん。」
久々に佳織ちゃんの声を聞いた気がする・・・
すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られる。
でも・・・そんな資格はない。私は悠を・・・彼女の兄を殺したのだから。
「・・・ごめんなさい。許してなんていえない。
私を殺したいなら殺して。死んで逃げる気はもうないけど・・・
佳織ちゃんが殺したいなら話は別よ。あなたにはその資格があるわ。」
「そんなの・・・できないですよ。全部許せる・・・なんて言えないけど。
今日ちゃんを守るために戦った碧先輩やお兄ちゃんのことを考えたら・・・」
「・・・でも全部私のせいなのよ?
私がもっと強ければ、そもそもこんなことには・・・」
なんでもっと早く自分の罪に・・・そして自分の弱さに向き合えなかったのか・・・
大切な人を失って・・・それからなんて遅すぎる・・・
「さっき『求め』の欠片が光った時ちょっとだけお兄ちゃんの最後の願いが
見えたんです。お兄ちゃんは今日ちゃんに元に戻って欲しかったんだよ。
それができない自分が悔しかったんだよ・・・
きっと・・・ううん、絶対お兄ちゃんだって私が今日ちゃんに復讐することなんて
望んでないよ・・・」
佳織ちゃんが笑いながらも涙を流す。
・・・悲しくないわけはない。私が憎くない訳はない。
それでもこの娘は悠や光陰の気持ちを考えて・・・
・・・強いな。私に佳織ちゃんの半分も強さがあれば・・・
ううん、そうじゃない。過去に捕らわれても何も変わらない。
私自身の力で強くならなくちゃ・・・もう、二度と間違えないように。
最後まで私を思ってくれた光陰や悠の気持ちに報いる為に。
そして私の前で声を押し殺して泣く佳織ちゃんの為に。
だから、だから・・・今だけは泣いてもいいよね・・・光陰、悠。

あの後やってきた時深さんによると『世界』の意識は『求め』と『因果』の干渉で
ノックアウトされ気絶してる状態らしい。
「まさか第四位と第五位の剣で第二位の『世界』を倒すなんて・・・信じられません。
ですが・・・『世界』は消えたわけじゃないですよ?いずれ目を覚ますでしょう・・・
そのとき今日子さんの心が弱いままでしたら・・・また同じことの繰り返しですよ?」
・・・だそうである。でも丁度いいのかもしれない。
今度は私だけの力で神剣に打ち勝ってみせる。
もう、私は負けない・・・

私の名は『統べし聖剣のキョウコ』
その名はファンタズマゴリアで殺した神剣の使い手達を忘れぬ為に。
私の剣の名は『世界』
紅に輝くその刀身は血塗られた私の罪を忘れぬ為に。
犯した罪からも自分の弱さからも私は逃げない。
過去に捕らわれるわけじゃない。全てを背負って、その上で歩き続けよう。
永遠に・・・

終わり