遠い未来、どこかの世界。
「ほらほら~♪そんな事じゃ、『かおすさいど』は倒せないんだよ~♪」
「くっ……なかなかやりますね……楽しいですよ…………」
「はははは…………ぞくぞく、するねぇ…………」
「ン……ンギュ?」
「情けないぞお前達っ!いつまでそんな所で寝ているつもりだっ!」
法皇テムオリン率いるロウ陣営は、謎の少女の急襲を受けていた。
「そんな事いってもですね、タキオス……」
「ははは~!あたしゃもうダメだね、腰が立たなくてさ~」
「ン……ンギュ?」
「ぬ、ぬう…………」
既に主力である『水月の双剣メダリオ』、『不浄の森のミトセマール』、
『業火のントゥシトラ』は倒され、主不在の今、残るは『黒き刃のタキオス』のみ。
不甲斐なくもあっさりと倒されてしまった部下達を見下ろしながら、
タキオスはその容貌にふさわしい、重く苦々しい唸りをあげた。
「あとはおじさんだけなの?」
「くっ…………俺はまだそんな歳ではないっ!」
「そうなの~?ん~でもそんな事、どうでもいいよね♪」
本当はどうでも良くはない事をあけすけな笑顔で言い放ちながら、くるくると表情を変える少女。
一瞬トキめいたが、それどころではない。外見に騙されてはいけない。この少女の力は計り知れない。
衰えたとはいえ、ロウでも屈指の三人を一度に相手にして退けたのだ。
「くくく…………面白い、この『無我』の力、見せてやる」
タキオスは久々に訪れた真の戦いに、背中の無骨な剣を掴みながら内なる昏き悦びを感じていた。
「いいけど……おじさん、その剣重そうだね~?」
「ふっ……貴様に我が剣を受ける事が出来るか…………ぬっ?」
何故だ。何故、背中の剣を振り下ろせない?こんなに重かったか?
額から、何周期ぶりか、つーと冷たい汗が流れる。そういえば、最後に握ったのはいつだったか……
「じゃあ…………いくよ、ゆーくん!」
「ちょ、ちょっと待て…………ぐふっ#%9@*$!!」
数秒後。タキオスはメダリオ達の横に、一緒になって転がっていた。
「な、なぜだ……貴様、一体何をした…………」
力なく呟く。最早タキオスは先程の不可解を、この少女に求めるしか無かった。
「だめだよ~、もっと自分に合った神剣を使わなきゃ…………ね☆」
しゃがみこみ、全く悪意のない無邪気な顔でうんうんと頷いている少女。
「…………俺の負けだ、若きエターナルよ」
その姿に、タキオスはあっけなく自らの敗北を認め、どこかで聞いたようなセリフを呟いていた。
見えてしまっているしましまパンツを、緩みきった目元で見つめながら。
ばたんっ!
「タキオスっ!なんて無様なっ!!」
その時血相を変え、白い法衣を纏った少女が飛び込んでくる。
『法皇テムオリン』。一見幼いただの幼女こそ、ロウ陣営の首領である。
「テ、テムオリン様…………言い訳はしません。それがしの敗北です」
「あ~~!まだいたんだ~。おばさんも、『ろう』なの~?」
くの字に曲がった剣先をそちらに向けながら、少女は楽しそうにとんでもない事を口走る。
テムオリンはいきなり気にしている事を指摘され、逆上した。
「なっ、なっ、なっ…………なんなんですの、貴女っ!」
「えっと初めての挨拶は……初めましてテムオリンおばさん、わたしユーフィ、で、こっちはゆーくんだよっ!」
ぱんぱん、とスカートの埃を払いながら立ち上がる少女に、テムオリンはどこか覚えがあった。
「貴女まさか……い、いえ、気のせいですわね、ほ、ほほ…………」
引き攣った口元のまま呟くテムオリンを気にする事も無く、少女の自己紹介が続く。
「でね、パパはユート、ママはアセリア、で、おばさんはトキミっていうんだよ☆」
「……………………」
あんぐりと開いた口が塞がらない。
呆然としたまま暫くの間テムオリンは、得意の詐略を用いることも、先程の暴言を咎めることも、
なぜこの少女は聞きもしない家系図についてまで自慢げに語るのかと突っ込む事も、全部忘れていた。
「すきあり~っ!」
一瞬の油断が命取り。硬直したテムオリンに、尋常ではないマナを帯びた『ゆーくん』が炸裂する。
「だめだなぁ、こんなんじゃ『かおす』に負けちゃうよ、おばさん」
「ま、まだいいますか…………」
無様に転がされた四人と一匹を前に、やれやれと呆れ調子のユーフォリア。
そこにあの宿命のライバルの面影が見え隠れしていて、テムオリンは余計に腹立たしかった。
しかし、もう反撃する余裕などない。今は歯噛みして耐えるだけである。
やがてくるり、とこちらを向いたユーフォリアは、また遊ぼうね、などと捨て台詞を残して立ち去ろうとした。
「くっ…………お待ちなさいっ!」
「ん?なぁに?」
その背をテムオリンは思わず呼び止めていた。聞きたいことがあったのだ、どうしても。
「……お父様は、お元気?」
「え?うん!最近はげぇとぼおるっていうのに嵌ってて、全然お仕事してないけどね」
「そう……坊やの娘が成長を始めてから何故かエターナル全体が歳を取るようになったというのは
カオス陣営も同様でしたの……すると時深も…………
ふふふ……やはり最後に勝つのはわたくしでしたね…………」
「ん~むずかしい事はよく判んないけど……まっいいや、じゃあね♪」
ぱたぱたと駆け出すユーフォリア。見守るのは、すっかり変わり果てたよぼよぼのロウ陣営だった。