どこかの時空のどこかの野原。
一面の緑の海の中にぽつんと一つ、赤い塊がふわふわと浮いていました。
頭のところには大きな王冠。一つだけの大きな目を閉じて、じっとしています。
塊の名前はントゥシトゥラ。とっても頭の良い、『炎帝』を持つエターナルです。
今、目を閉じているのも眠たいからでは有りません。
ふわふわと宙に浮きながら、ずっと瞑想を続けていたのです。
ところが、さっきまではントゥシトゥラの他には誰もいなかった野原に、
何か別の気配を感じます。
「……ンギュ?」
不思議に思ったントゥシトゥラが目を開けてみると、
目の前には一人の女の子が、これまた不思議そうにントゥシトゥラを覗き込んでいました。
「うわぁ、おっきな目だねぇ! あなた、だあれ?」
短めの蒼い髪に愛らしい顔。くりくりとした瞳を一杯に開いて輝かせています。
「ンギュル、ギュルルル、ンギュルギュギュ」
耳で聞いただけでは何を言っているのか分かりません。
ですが、どうやら意思の疎通に問題は無いようです。
女の子は手に持っていた剣をントゥシトゥラに見せながら、元気良く飛び跳ねました。
「ントゥシトゥラ、だね? 私は、ユーフォリア。ユーフィだよ!
それから、こっちが『悠久』のゆーくん!」
「ギュールィ、ンギュル、ギュルギュ?」
身体ごと斜めに傾けて、ントゥシトゥラはユーフィに尋ねます。
「んー、お散歩してたらントゥちゃんが浮いてるのを見たから、
何だろうって思って。ふふ、すてきな所だね、お昼寝にぴったり!」
「ンギュギュン……ンギュ、ギュルル」
いきなりのちゃん付けに、宙から落ちそうになりながらも気を取り直します。
もう一度、ふわりと空中に浮かぶントゥシトゥラをユーフィが見上げました。
「ねぇ、ずっと浮いてて疲れないの? ここの原っぱ、寝転がったら気持ちよさそうだよ?」
「ンギュ、ンギュンギュ。ギュールィ、ンギュ、ンギュルルル」
左右に細かく回ってユーフィの質問に答えてから、縦にこくこくと頷いてみせます。
「そうなんだ。うん、それじゃ私だけ、ね。ントゥちゃんおやすみ~」
「ンギュ。……ンギュル」
ぽてんと、ユーフィは『悠久』を抱えて草原に寝転がります。
すぐにウトウトとしだしたユーフィを見て、
ントゥシトゥラは邪魔にならないように離れて、もう一度静かに目を閉じました。
「ントゥちゃん、ントゥちゃん」
「……ギュル?」
ユーフィに声を掛けられて、ントゥシトゥラが目を開きます。
あまりにもユーフィが気持ちよさそうだったので、
ついつい瞑想中にふわふわと浮きながら居眠りをしてしまったみたいです。
「ントゥちゃんの頭の冠がきれいだったから、おそろいで作っちゃった。えへへ」
それは、野原のそこかしこに咲いている花で作った冠でした。
でも、花冠は既にユーフィの頭にも、ちょこんと乗っています。
「これは、ントゥちゃんの分だよ、はいどうぞ」
ントゥシトゥラに向かって、手に持った花冠を差し出します。
けれども、ントゥシトゥラはさっきよりも大きく身体を左右に振りました。
「ンギュ、ギュルルル!」
「遠慮しないで、ほら、ね!」
「ンギュー! ギュールィ! ンギュンギュ!」
一生懸命背伸びして、ユーフィは離れようとするントゥシトゥラに花冠を着けさせます。
ですが、その瞬間。
ジュゥッ!
という音と共に、ユーフィが作ってくれた花冠はあっという間に灰になってしまいました。
「あ……」
「ンギュ……ギュールィ、ギュルル……」
思ってもみなかったことに呆然とするユーフィを見て、ントゥシトゥラが静かに呼びかけました。
ふわふわと浮いていたントゥシトゥラが、ゆっくりと地面に近づいていきます。
するとユーフィが目をやった地面の草が、少しずつ焦げていってしまいます。
すぐにふわりと高度を上げたントゥシトゥラが、目をぱちぱちとさせながら地面に視線を落としました。
そういう風に我慢していても、だんだんとントゥシトゥラの目には大粒の涙がたまっていきます。
花冠を嫌がっていた理由が分かったユーフィが、くっ、と唇を結んで両手を握り締めました。
ひじを曲げて胸の前で「頑張るぞ」のポーズ。
そのままさっとントゥシトゥラの後ろに回りこんで、その背中をよじ登り始めました。
「ギュールィ、ンギュギュルルル! ンギュル!」
「だ、大丈夫だよントゥちゃん。ゆーくんがちゃんと守ってくれてるもん!」
その言葉の通りに、ユーフィの身体の周りには淡く輝くオーラの光がありました。
ントゥシトゥラはントゥシトゥラで、『炎帝』の力がユーフィに向かわないように頑張ります。
それでも、ユーフィのお肌はちょっとちりちりしましたが、
だんだんと二人とも剣の力のコントロールに慣れていって、
ユーフィがントゥシトゥラの頭に上りきる頃には熱さも収まっていきました。
「ふふ、ントゥちゃん、これでントゥちゃんの冠三段重ねだよ!」
「ンギュ……? ンギュー!」
ントゥシトゥラが着けていた冠、ユーフィ、ユーフィが着けている花冠。
「やっぱり、これじゃだめ、かな?」
「ンギュルル! ンギュギュギュルー!!」
ユーフィを振り落とさないくらいの強さで、ントゥシトゥラが身体を横に揺らします。
「きゃっ、ントゥちゃん危ないよー!」
そう言いながらも、ユーフィは楽しそうにントゥシトゥラに乗っています。
ントゥシトゥラの目から一粒だけ、大きな涙がポロンと零れ落ちました。