条件は同じ

ある日の第二詰所。
ラキオススピリット隊は深刻な問題に直面していた。
先日悠人と光陰が立ち話をしているのを、偶然ネリーが聞いてしまったのがそもそもの発端である。

「なあ悠人よ、ポニーってヨト語じゃなんていうんだ?」
「は?相変わらず唐突だな」
「髪型だよ髪型。正確な発音はポニーテールじゃなくポニーティルだと俺は常々思ってるんだが」
「寺の息子のくせにそういうとこ妙に拘るな、お前」
「別に英語にうるさくても跡継ぎに問題あるまい、それよりどうなんだ?」
「知るかよそんなの、セリアにでも聞いたらどうだ?」
「おいおい、それは管轄外だぜ。大体あの姉ちゃん、すぐ睨んでくるしな」
「お前がなんかしたんじゃないのか?セリアは訳も無く怒らないぜ。あれで結構世話好きな面があるし」
「ほ~良く見てるじゃないか、悠人。珍しいな、お前が女の子を褒めるなんて」
「……そんな事はどうでもいい、それより何だ、管轄って」
「えらく離れた突っ込みだな、それで誤魔化したつもりか?判んないならいい。それよりポニーだ」
「また気になる言い回しを……まあいいか、うーん確か馬みたいな動物を『エクゥ』とか呼んでた気がするが」
「なるほど、流石に詳しいな。ふうん、『エクゥ』ねぇ……」
「ちょっと待て。どうして俺が詳しい事になってるんだ」
「隠すなよ。お前がセリアの後髪をいつも物欲しそうな目で見ているのは知ってるんだからな」
「なっ!誰が物欲しそうだっ!そういう誤解を招くような発言は……」
「お~いみんな気をつけろ、ここにエクゥ趣味(フェチ)のエトランジェが居るぞ~」
「やめろこの破戒坊主っ!妙な念仏をラキオスに撒き散らすなっ!」
「ぐがっ……ふふ、いいパンチだったぜ力○」
「誰が○石だっ!だから管轄とか言ってたのか……はぁ、俺は別に髪型を見ていたんじゃなくてだな……」

 ――――――

ひゅう、と光陰が口笛を鳴らした時、既にネリーは立ち去っていた。
皆に言いふらす為もとい知らせる為に。『エクゥ』とか『髪型』とか、断片的な単語だけを聞き取って。

で、再び第二詰所。
「以上がネリーの報告です。さて、キーワードは三つあります」
「髪型、エクゥ、それにセリアですね」
「はい、良く出来ました、ナナルゥ」
指揮棒のようなものを持ちながら、てきぱきと司会進行を取り仕切るヒミカ。
挙手し、的確な答えを述べるナナルゥに満足し、どこから持ってきたのか黒板に単語を書き出すと、
それを指揮棒でぱんぱんと叩きながら続けた。
「以上の3点から、ある推論が導き出されます。
 もちろん『ユートさまはセリアの髪型のようなエクゥが好き』などという暴論ではありません。
 つまり、『ユートさまはエクゥのような髪型が好きなのではないか』、そう私は考えています」
おお~と詰め掛けた第二詰所の面々から歓声が上がる。
部屋の隅で小さく俯き、首まで真っ赤になって必死に何かを耐えている約一名を除いて。
はいっと勢い良く手を上げたのは、ヘリオンだ。ぴょん、と立ち上がった拍子に両のお下げも揺れる。
「あのあの、エクゥのような、というのは具体的にどこまでを指すのでしょうかっ!」
「うん、いい質問ね、ヘリオン。皆も知っている通り、エクゥには厳密には髪と限定できる部分がありません」
「そうですねぇ~。あ~でもぅ~たてがみならありますぅ~」
「そこっ!勝手に発言しないっ!ちゃんと挙手してから意見を述べるように」
すっかりノリが良くなり、出来の悪い生徒を叱り付けるように指揮棒をビッとハリオンに向けるヒミカ。
一方のハリオンも気にした風もなく、既に目を細めてお茶を飲みつつ窓の外を眺めていたりする。

一瞬静まり返った教室もとい談話室だったが、勇気を振り絞ったファーレーンが恐る恐る手を上げた。
「あの、ちょっといいですか?ヒミカ」
「はい、出席番号9番ファーレーンさん」
「(編成画面順っ!?)あ、あの、でもそれではキーワード『セリア』が説明つかないのでは?」
「うん、いい反論です。確かにセリアにたてがみはありません。しかし、他に共通点があるのです」
腰に手を当て、うんうんと頷くヒミカ。どうやらヨーティア辺りに悪い影響を受けたらしく、
いつの間にかつけている伊達眼鏡の縁をくい、と上げる仕草が堂に入ってきている。

「あ…………」
「挙手っ!」
何かを思いついたらしいシアーだったが、ヒミカの鋭い眼光にひっと身を竦ませて黙り込んでしまった。
「こら~シアーをいぢめるな~!」
泣きそうなシアーを見て、ネリーが怒りながらおやつのヨフアルを与える。
もきゅもきゅ食べ、ぐずぐずしゃくりあげながら涙目でう~とヒミカを見上げるシアー。
年少組の迫力に思わずたじろぎながら、ふと気づくと周囲の視線がやけに冷たい。
ここにきてようやくヒミカは我に返った。こほんと一つ咳をしてごまかす。
「ご、ごめんシアー、わたしったらつい熱くなっちゃって……」
「う~~~…………」
「(うっ)い、いぢめてないよ~」
「…………ホント?」
「(ううっ)ほ、ほんとうだってば……シアーの意見、聞きたいな~」
「………………」
「………………」
「……………………しっぽ」
「(ほっ)そ、そう正解っ!よく判ったね、シアー」
えへへ、と真っ赤なほっぺではにかむシアーの髪を撫ぜながら、ヒミカのささやかな胸は激しく波打っていた。

教育が現場に負けた瞬間だった(違

「では気を取り直して……そう、尻尾です。セリアの髪型はエクゥの尻尾にそっくりなのです!」
ヒミカの宣言に、再び教室もとい談話室の面々からお~っと歓声が上がる。
ますます小さく俯き、首まで真っ赤になって必死に何かを耐えている約一名を除いて。
まあまあと手振りでざわめきを抑えたヒミカは、得意げに続けた。
「これは問題です。この髪型をするかしないかで、
 今後ユートさまの我々への接し方が変わるかもしれません。ですが、実際……」
そこで一旦言葉を区切り、教室もとい談話室を見渡すヒミカ。シアーとファーレーンが強く頷いていた。
ニムントールはばっかじゃないのみたいな目で見ていたので意識的に目を逸らす。
「そこで、提案します。スピリット隊は、エクゥの尻尾に似た髪型を、禁止とする。
 それにより、今後発生しうるユートさまの不公平な対応を未然に防ぎ、隊内の意思団結をはかる。以上です」

「はんた~いっ!ヒミカ、お~ぼ~っ!」
挙手もせず立ち上がったのはネリー。当然だろう。お気に入りの髪型を、良く判らない理由で否定されたのだ。
「あ、あの~、わたしの髪も、だめですか~」
おずおずと立ち上がったのはヘリオン。どう捉えたのか、自分もそのカテゴリィに入ると思ったらしい。
「あのぅ~、わたしぃ、纏めないとばらばらになって戦闘中や料理に邪魔なんですけど~」
ハリオンの意見に、全員がうっ、と引いた。これは死活問題に直結する。
かと言って短く切れと強制も出来ない。どこぞの野球部じゃあるまいし、髪は女の命なのだ。

ともあれ前の二人はともかく、第二詰所のお母さんの発言は即効でヒミカ案の却下に繋がった。

「それでは代案を考えなければいけませんが……誰か意見はありますか?」
再び気を取り直しつつ教室もとい(ry を眺め回したヒミカだが、既に全員が雑談体勢に入っていた。
女三人寄ればなんとやら。
関心のある話題ならともかくただの会議など、いかにヒミカでも持続するのは難しい。

「へへ~、ネリーの髪型もユートさま好きかなぁ~」
「あ~あ~いいなネリー、シアーもするぅ~」
くねくねと幼い腰を拙く捻りながら妙な“しな”を作るネリーとそれを羨ましがるシアー。
「エクゥの……しっぽですか……」
「そこはぁ~こうやって縛るんですよぉ~」
しきりに後髪に手を伸ばそうとするナナルゥを手伝うハリオン。
「えとえと……お下げはだめですかぁ~」
誰にも答えて貰えず、一人おろおろとするヘリオン。
「ほらほら泣かないでよお姉ちゃん、情けないなぁ……はぁ」
「う゛う~ごべんねニムぅ~、でもどうやったら髪って伸びるの~?」
崩れ落ちたファーレーンの覆面を取って、鼻水を面倒臭そうにかんであげるニムントール。
「………………」
そして相変わらず部屋の隅では真っ赤になったまま動かない約一名。

「ちょっとみんな、人の話を聞きなさいよ~!!」
始まったばかりのヒミカ先生による誘惑授業(仮)は、いきなり学級崩壊が始まっていた。

こうしてうやむやのうちに解散となった詰所会議の次の日、空を夕日が茜色に染め上げる頃。
悠人は詰所裏に呼び出されていた。ベンチみたいなものが設置されているが、普段誰も使わない。
相手は既にそこに来て、座っていた。長い影をその前方に伸ばして。悠人も黙って隣に腰を下ろす。
やがて蒼い髪を今はやや乾いた橙色に照らされた少女――――セリアはぽつぽつと話し始めた。

「…………という事が昨日ありました」
ぎゅっと膝の前に揃えた両手を握り締めながら、事の顛末を説明するセリア。
俯いたまま、決して視線を合わせようとしない。話し終えても端整な横顔は地面の一点を見つめている。
「……どういうつもりで、わたしの髪型なんて見ていたのですか?」
最後を結んだ言葉は、振り絞るようなものだった。耳まで真っ赤にしながら、懸命に厳しい表情を保って。

「な…………」
悠人は、驚いていた。光陰との会話を聞かれていた、というよりも、それで大騒ぎになっていたという事に。
知らない間にセリアに迷惑をかけていた事に。それに……セリアにこんな顔をさせてしまった事に。
自分のあやふやな態度がいけなかったと気付いたとき、自然に指がセリアの髪へと伸びていた。
「あ…………」
触れた時、一瞬だけぴくっとセリアの身体が竦んだ。が、すぐに力が抜ける。
「ごめん。確かに俺、この髪型は好きなんだけどさ……それは、セリアの髪だからなんだ」
悠人はそのまま少しウェーブ気味な後髪を梳かすように撫ぜながら、囁いた。
「……ネリーのやつ、最後までは聞かなかったんだよな。俺さ、実はセリアのこと…………」

ざぁ……と風が流れる。掻き消された言葉は、でも確かにセリアの心にだけは届いた。
ゆっくりと顔を上げる。ぽりぽりと頬を掻きながら、ばつの悪そうな悠人の頬が赤く染まっていた。
それはきっと夕日のせいなんかじゃなくて。だからセリアも、素直に微笑む事が出来た。
そっと大きな胸に頭を預けながら、ちゃんと甘える事が出来た。
「今度から見たいときは、ちゃんと言って下さい……」

夕日に伸びる二つの影が、静かに一つに溶けていった。