女の子だから

燃え上がる城。風に舞い上がる火の粉。黒煙に覆われる景色。
灰色に薫る夜空に大きく羽ばたく漆黒の翼。その隙間から懸命に差し伸べられる手。白い、小さな手。
「佳織っ!」
「お兄ちゃんっ!」
交錯する叫び声。頭に血が昇り、思考が途切れる。暴れる感情。もう、何も考えられなかった。
「なんでもいいっ!『バカ剣』!もっと力を貸せっ!」
『……契約は成立した。汝の求め、確かに受け取ったぞ』
「うおおおおおっっ!!」
心が爆発する。呼応した『求め』の刀身から迸る、黒い奔流。
禍々しい、何もかも喰い尽くす煉獄の炎。膨れ上がる憎しみ。犯せ、殺せ、奪え。
「佳織を、放せぇっ!!」
爆発の様な衝撃。放たれた黒い槍は真っ直ぐに敵へ、そして佳織へ――――

「うわあっ!!」
自分の悲鳴で悪夢から目覚めた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」
まだ心臓がばくばくいっている。全身から流れ落ちる汗。大量に吸ったシャツが張り付いて気持ち悪い。
見慣れた、いつもの部屋。ぼんやりしながら、それでもようやく今が戻ってくる。
額に手を置いたまま、暫く気持ちを落ち着ける。飲み込んだ唾がやけに大きな音を立てた。
「夢じゃ……ない……」
自分に言い聞かせるように呟く。あれから5日が過ぎていた。
――――そう、佳織が攫われてから、もう5日も過ぎている。
「…………くそっ」
どん、と激しく壁が鳴った。めり込んだ拳から血が幾筋か流れ落ちる。
ぽたぽたと床に広がる赤を見ても、焦燥感は消えてくれそうにも無かった。

どんどんどん!
「ユート~?入るよ~?」
ノックに続き、明るい声。ばたん、と勢い良く入り口の扉が開かれる。
「朝だよ~っ!早く起っきろ~っ!」
返事も待たずに飛び込んできたネリーはそのまま真っ直ぐ窓に駆け寄った。

「………………」
「ほら~、いつまでも寝てたらダメなんだからね~っ!」
無言で睨みつける俺を気にした風も無く、両手を押して窓を開く。
眩しい日差しと涼しげな空気が流れこみ、汗の不快感が少し薄れた。
だけど、それだけだ。風は心の中のしこりまでは払ってはくれない。
それよりも、目の前でう~んと気持ちよさそうに目を細めながら背伸びをする少女に俺はいらついた。
「……ネリー、俺に構うなと言っただろう。今は放っておいてくれ」
感情を押し殺しながら、低く告げる。一人にしておいて欲しい。そう何度も言った筈だった。
それなのに、なんでコイツは俺に付きまとう?なんでいつも押しかけてくるんだ?

俺の恫喝めいた呟きが通用しないのもいつもの事だった。
一瞬押し黙った後、あっけらかんとした調子を取り戻して振り返る。長いポニーが大きく揺れた。
「またそんな事言って~っ!ユートが起きてこないのがいけないんじゃん。
 タイチョウがそんな事じゃ、しめしがつかないんだよ~。そんなのだめなんだから……ねっ!」
言いながら駆け寄ったネリーに勢い良くシーツを奪われる。
「お、おいっ!」
「あ~あ~こんなに汗臭くして~、ハリオンに怒られちゃうよ…………え……」
咄嗟に隠したが、遅かった。がばっと身を乗り出して覗き込んだネリーが小さく息を飲む。
「血が出てるっ!大変っ!」
ふわっと、風に混じって甘い匂いがする。そう思った時には腕を取られていた。
「…………ん」
「……くっ!」
そして指に感じる生暖かい感触。いきなり舐められて焦るよりも先に感じたのはドス黒い感情だった。

きぃぃぃぃぃん…………

どくんっ、と心臓が一つ、大きく跳ねる。頭の中で明滅する幾つもの光。
ざわざわと何かが這い出てくる予感。俺は慌ててネリーを突き飛ばしていた。
「きゃっ!も~いきなりなにぃ…………ユート?」
尻餅をついたネリーが恨めしそうにこちらを睨んでいる。だけどもう、“余裕”が無かった。
「…………出て行け」
「……え?」
「出て行けっ!いいから、早くっ!」
「ひっ!……う、うん…………」
怒鳴り声にびくっと身を竦め、それでもまだ未練があるのか、少しづつ離れていくネリー。
「早く起きないとダメだよ、ユート…………」
去り際に掛けられた声が、酷く悲しそうだった。

佳織が連れ去られた後、俺にはもう一つの苦痛が待ち受けていた。
「ぐ、おっ!ああっ!」
頭を掻き毟り、くぐもった悲鳴を上げる。だらしなく涎を垂らしながらのたうち回る。
“収まる”まではこうして必死に耐えるしかなかった。そう、『求め』の強制に。
『何故我に逆らう。契約を果たせ』
ひっきりなしに呼びかけてくる呪詛。断続的に繰り返す頭痛。飲み込まれそうになる意識。
『汝も求めているのだろう、あの幼い妖精を』
先程感じた甘い匂い。暖かい唇。柔らかそうな肢体。すらりと伸びた手足。
むしゃぶりつき、めちゃめちゃにしてしまいたい。泣き叫ばせながら、マナを啜りたい。
捏造された、そして或るいは心の奥底にある欲望が、剥き出しになっていく。
「うる……さいっ!俺は…………」
記憶の断片を掻き集め、懸命に自分を取り戻しながら叫ぶ。
「違うっ!俺はっ、そんなもの、求めちゃいないっ…………!」
戦場で、何度あの明るい笑顔に救われた事か。
隊長になった当時、まだ不慣れな俺の回りを元気に飛び跳ね、いつも盛り立ててくれた。
少し気まずくなっていたエスペリア達との溝も、少しずつ埋めていけたのはネリーの明るさのお陰だ。
なによりこうして生き残れたのは彼女達が頑張ってくれたからなのだ。
「俺はっ……!お前なんかに……負けないっ!」
『……………………ふん』
面白くもないような響きを最後に、『求め』の声が遠ざかる。
荒い呼吸を繰り返しながら、俺は大の字になって天井を眺めた。鼓動が静まるまで、ずっと。

食堂には、既にだれも居なかった。ぽつん、とネリーだけがつまらなそうに皿を突付いている。
まだ重い体と気分を引き摺りながら席につく。
気づいたネリーが顔を上げ、一瞬嬉しそうな表情をした後すぐに膨れっ面になった。
「も~、ユートおっそ~いっ!みんな訓練に行っちゃったよ~!」
軽く抗議しながら、自分の分のトレイを持ってきて、隣に座る。
俺は無視を決め込んで、食事を喉に流し込んだ。もちろん、味なんて判りはしない。
ネリーはそんな俺の様子を、興味深そうに頬杖をしながら眺めていた。
何か話せば、喜んで食いついてくるだろう。そんな仔犬みたいな雰囲気が漂っていた。
「………………」
「………………」
ネリーはこんな時、自分からは決して話しかけてはこない。それが俺の気分を害する事を知っている。
普段相手の事などお構い無しに騒いでいるように見えるが、肝心な時はちゃんと控えているのだ。
しかし今はその気遣いが、判る分だけいたたまれなかった。俺は食べ終わると、無言で立ち上がった。
「あ……どこいくの、ユート?」
らしくない、弱々しい不安そうな声。俺は振り切るように外に出た。

「………………」
「………………」
歩きながら、どうやって佳織を救い出せば、それだけを考えていた。
この世界に来てから、ずっと離れ離れだった佳織。恐らく、ずっと泣いていただろう。
オルファリルとかレスティーナが居ない時に、独りぼっちの部屋の中で。
今もそうしているかと思うと居ても立ってもいられない焦りが湧き上がる。
「………………」
「………………」
しかも、サーギオスには瞬がいる。……あの瞬が!
アイツに攫われたと考えるだけで、体中が震えだす。許せない。そんな感情が抑えきれない。
「いいかげんにしろっ!構うなって言ってるだろっ!」
俺はそんな鬱憤を、後ろから黙ってついてくるネリーに対してぶつけていた。
びくっと身を竦ませる気配。しかしそのまま離れようとはしない。いらついた俺は吐き捨てた。
「…………っ、勝手にしろっ!」
判っていた。自分でも、最低の事をしていると。

訓練中は誰も近づいては来なかった。当然だろう、みんな事情を知っている。
俺が立ち直るまでは、待っていてくれているのだ。――そう、戦いに、勝つためにと。
「ユートさま、今日の訓練メニューです。……これで宜しいでしょうか」
「……ああ」
交わされた会話は、それだけだった。恐る恐る、怯えたような瞳で訊いてくるエスペリア。
腫れ物に触るような態度にも、どこか他所他所しい仕草にも、ここ数日で慣れた。
「判りました、それでは……」
そう言って立ち去るエスペリアが一瞬憐れむような表情を見せていた。
居心地の悪さを誤魔化すように、『求め』を振るう。その間中、ずっとネリーの視線を背中に感じながら。


夜。ベッドに寝転びながら、一日を振り返る。
通夜みたいな夕食の間、誰も一言も口をきかなかった。
自分のせいだとは判っていたので、早々に立ち去った。
隣に座っていたネリーが何か言いかけていたが、それも気づかないふりをした。
「……佳織」
今日一日、また無駄に過ごしてしまった。何も良い考えが浮かばない。
ラキオスは今、マロリガンと交渉中だ。
それが上手く行けば、共同戦線を張って帝国に対抗する事が出来る。
判っている。それを待つしか無いって事は。
でもそれじゃ、遅い。遅いんだ。一刻も早く助け出したい。瞬に囚われているなんて、我慢ならない……

きぃぃぃぃぃん…………

こんこん。
「……どうぞ」
霧がかかったような頭の中。俺は静かに呟いていた。

「ユート……起きてる?」
「ああ……」
おずおずと妙に大人しくネリーが入ってくる。普段とのギャップにまた感情が揺れた。
「あのね……いつまでも今日みたいなのは、ダメだと思うんだ……」
「………………」
もじもじと、言い辛そうに指先を膝の上で絡ませながら、何かを言っている。
しかし俺は椅子に座るネリーの全身を舐めるように見つめながら、一言も発しなかった。
視線に気づいたのか、落ち着かない瞳に不安の色が広がる。
「どうしたの、ユート…………わわわっ!」
急にその細い腕を取り、ぐい、とベッドに押し倒す。そして組み伏せるように跨った。
「も~、いきなり痛いなぁ、びっくりしたぁ~」
何かの遊びだと思っているのか、ネリーが軽い非難めいた声を上げる。
俺は無言で眺めていた。その顔が、徐々に怯えた色を帯びていくのを。高まる愉悦と共に。
「………………」
「え……ユート冗談、だよね…………きゃあっ!」
びりびりっと意外に軽く戦闘服が引き裂け、甲高い叫びが部屋に響き渡った。
やや日焼けした、小振りな乳房が弾む。もう俺は、歪んだ笑みを隠していなかった。
「……はははっ!」
「ちょ、ユート、や、やだっ!」
胸元を晒されたネリーがじたばたと暴れ出す。両手を組み伏せながら、桜色の乳首に顔を寄せた。
息が当たる感触に、ネリーの四肢がびくんっと跳ねる。その拍子にからん、と『静寂』が床に落ちた。
膨らみに押し付け、つぷ、と含んだ突起を舌で舐め上げる。幼い、甘い匂いに頭がくらくらした。
「だめっ!ユート、やめっ……あうっ!」
少しづつ押し上げられ自己主張を始める小さな先端を、やや硬さの残る弾力に押し付け、むしゃぶる。
軽く噛み付いて離れると、赤い歯型が残っていた。興奮が喜びとなって全身を掻き回す。
小麦色の肌に、玉のような汗が浮かび上がっている。横たわり、はぁはぁと荒い息をついて波打つ胸。
健康的な色気を醸し出す鎖骨。そしてなにより嗜虐心を駆り立てる、怯えた表情が俺を捕らえ――――
「……いいよ、ユート…………」
「………………あ?」

 ―――そこで俺は、ようやく『俺』に戻った。

「……いいよ、ネリーを好きにしても。ネリー、ユートが好きだから」
ネリーは、怯えてはいなかった。涙を浮かべ、震えながら、それでも微笑んでいた。
緊張で体中に力を籠めながら、だけどもう抵抗しようとはしていなかった。
ただ、笑いかけていた。くしゃくしゃの泣き笑い。瞳が激しく揺れていた。
「お、俺…………」
「オトコとオンナだもんね……ユート、ネリーが欲しいんでしょ……?」
じゃあいいや、とぺろっと舌を出す。真っ直ぐ俺を見つめながら。
冗談っぽく言いながらも、その視線は決して俺から逸らさない。
「あ……あ…………」
『どうした契約者よ、その妖精を貪れ、汝もそれを望んでいたではないか』
頭の中で錐のように突き刺さる声に、俺は思わず立ち上がっていた。
「違うっ!俺はこんなつもりじゃっ!」
『何が違う?汝も妖精も求めている事だ』
「黙れバカ剣っ!俺はっ!俺は…………」
『………………』
「ど、どうしたのユート?」
いきなり叫んだ俺に驚いたネリーが目を丸くして見ている。
純粋に俺の事を心配しているその澄んだ蒼い瞳を、俺はもう正視出来なかった。
「ごめんっ!本当にごめんっ!」
「あっ!ユートっ!?」
俺は部屋を飛び出していた。いたたまれなくて、もうそこには居られなかった。


怖かった。いきなり覆い被ってきたユートは、大きくて、それからオトコの人だった。
いつもじゃれついていた時の、少し困ったようなはにかむ笑顔の、優しいユートじゃなかった。
でも本当は、そんな事が怖かったんじゃない。ユートの心が、壊れそうに見えた。
カオリの事や神剣の事、色々な事に押し潰されそうで、泣いているように見えた。
「…………痛っ」
胸につけられた歯型から、血が少し滲んでいる。
「……負けないんだからっ」
みんなはそっとして置いてあげようとしている。だけど、ネリーにはネリーのやり方があるんだから。

気分は最悪だった。すれ違うみんなが俺を責めているように見える。
当然だ。あんな事をしてしまったのだから。俺は視線から逃れるように、一人で訓練をしていた。
剣を振れば、少しでも嫌な気分が誤魔化せる。佳織の事を考えなくても済む。
皮肉なものだ。散々振り回されながら、それでもこのバカ剣を握っている。
これに頼り、これで道を切り拓く。俺にはそれしか許されていないのだから。
どすっ!
「……くそっ!」
めちゃくちゃに斬り付けた『求め』が、ざっくりと樹の幹にめり込む。
何もかも上手くいかない。刺さったまま動かない剣に、怒りが弾けそうになった。
「…………このっ!…………がっ!」
焼けるような痛み。力任せに引っこ抜いた『求め』の返し刃が、そのまま自分を斬り付ける。
肩からぽたぽたと滴り落ちる赤い血を見つめながら、次第に俺の頭は冷めていった。

ああ、判っていたんだ。悪いのは、全部俺のせいだった。佳織が悲しむのも。部隊の雰囲気が悪いのも。
全部、俺が巻き込んでる。そしてそんな俺に唯一接してくれていたネリーをも、最悪の形で傷つけた。
怪我した肩なんて、痛くない。心が、痛い。出来る事なら、投げ捨ててしまいたい位に。
「…………ははっ」
自嘲的な笑い声。膝から崩れ落ちる。震えていた。もう、限界だった。

「ユートさまっ!大丈夫ですかっ?」
「……俺に、触るなっ!」
「…………っ!」
いつの間にか駆け寄ってきていたエスペリアが、恐る恐る手を差し伸べようとしている。
もう、俺に構わないで欲しい。疫病神っていうのは、本当だったんだ。俺はもう、誰も傷つけたく無――

――――ぱんっ!

「え………………?」
頬に、びりびりと熱い衝撃が走った。顔を上げる。目の前に、本気で睨んだネリーの顔があった。

何の変哲もない、ただの平手打ち。……そんなものが。
「ダメだよユート、そんな事言っちゃっ!」
そんなものが、ネリーの顔を見た途端酷く心を揺さぶっていた。今まで経験した事も無い様な痛みを伴って。
驚き、咄嗟に頭が働かない俺に、少し高めの声が畳み掛ける。
「みんな心配してるんだよ、ユートの事っ!コドモじゃないんだから、ちゃんと治そうよっ!」
「ネリー……?」
「ダメなんだから、こんなのっ!
 ネリーはへーきだけど、エスペリアが可哀相だよっ!ちゃんと謝らなきゃダメなんだからっ!」

怒っている。ネリーが。俺のせいで。あんな酷い事をしたのに。嫌われたと思っていたのに。
自分の事で一言も責めなかったネリーが、エスペリアに辛く当たった俺に。
唇をぎゅっと噛み締め、全身を震わせながら。必死に何かに耐えるように、怒って、いる――――

「あ、あああ…………」
嫌だった。自分の事で辛そうなネリーを見ているのが哀しかった。
頬をさする。軽く熱を持ったそこから、じんわりと何かが沁みこんで来ていた。
――――また、心が痛い。
肩の痛みは相変わらず感じないのに。けど、頬の痛みはこのままじゃ取れそうにも……ない。

「だから……ね?元気出そうよ。そんなんじゃ、カオリ、悲しむんだからね?」
俺を叩いた手をぎゅっと胸元で握り締め、それでも目を逸らそうとしない青色の瞳が潤んでいる。
必死に保とうとしているが、くしゃくしゃの表情はもう崩れそうだった。何度も目元を擦っている。
俺は一度大きく空を仰ぎ、そしてふうっと一つ深呼吸をした。何かが抜け落ちた気分だった。
「ごめんな……みんなも、すまなかった」
そう、俺のせいだった。言い訳をして逃げ込んでいた、俺のせいだった。でももう、逃げるのは嫌だった。

集まってきたみんなの周囲に、ほっと安心する気配が流れる。
そうして素直な心でそれを感じれば、こんなに居心地の良い空間は無かった。
「エスペリア……すまないけど、治してもらえるかな……?」
「は、はいっ、ユートさま!」
回復魔法をかけられる俺を、擦りすぎて真っ赤になった目でネリーが嬉しそうに見つめていた。

落ち着いた後、ふと尋ねていた。
「どうしてネリーはそんなにその……俺なんかに構うんだ?」
そんな俺にネリーはきょとん、と不思議そうな顔をして、こう言った。
「ネリーはカオリがいたらこうするかなぁって思っただけだよ?」
「え……佳織?」
「だけどカオリ、今はちょっとお出かけしてるから。それに……」
蒼いアーモンド形の瞳を大きく見開く。その頬がりんごみたいに赤い。
「ユート、辛そうだし悲しそうだし。だったらネリーが頑張るしかないじゃん」
いいオンナだからね~と照れながらぴょんぴょん飛び跳ねる。その小さな体を俺は思わず抱き締めていた。
「わわっ!ユート、ど~したの~?」
「……全然、似てなかったけどな」
急な抱擁に、わたわたと両手を振り回して慌てるネリー。俺の声は聞こえていないらしい。
「わ、恥ずかしいよ~っ!」
構わず腕に力を込め、強く引き寄せた。小さな温もりをより強く感じられるように。
激しく揺れていたポニーテールがやがて急に大人しくなる。じっとされるがままのネリーに俺は呟いた。
「さんきゅな。それと…………ごめん」
「……ユート、泣いてるの?」
「…………ばかだな、いいオンナはそういう事を言わないんだ」
「……そっか。ネリーもまだまだだね」
「……ばか。お前は充分いいオンナだよ」
更に力を込め、しがみ付くようになった俺の髪に、小さな手がそっと置かれる。絡みつく指が温かい。
「なあ、もう少し、こうしてていいか?」
「…………うん」
とくん、とくんと少し速い鼓動が聞こえる。それでももう、『求め』の声は聞こえなかった。

「ね~ユート、元気になった?」
優しい声に、顔を上げる。にぱっと微笑んだネリーの瞳には大粒の涙が光っていた。
そっと掬ってやると、えへへとはにかむ。幼い笑顔に胸が一杯になった。
「ああ、沢山貰ったよ……ありがとう」
俺はもう一度、感謝を込めて抱き寄せていた。そのまま髪に顔を押し付ける。
くすぐったそうに身を捩る、小さな頭。甘い、ネリーの匂いがした。