摩擦

「お、ファーレーン。訓練の帰りか?」
その言葉どおりの理由で詰所への道を急ぐ途中、ユート様に遭遇してしまった。
まずい事に今はニムも傍に居なくて私一人。
よりによってこんな時に二人きりにならなくても良いのに。
そう思う私の内心を全く気にかけることなく、彼は人の良い笑みを浮かべて近づいてくる。
不自然に一歩下がろうとする足を留めて、顔色を隠すのに役立つ覆面の効力を頼りながら
その場で何とも無いような振りをして他愛も無い話を続けようとした。
けれど、駄目だ。訓練後から常に私の気を散らす感覚がユート様の言葉に耳を傾ける事すら邪魔をする。
普通に、兜と覆面の隙間から覗く私の眼を見て話しているのは分かっていると言うのに、
彼の視線が動く度に私の身体は勝手に反射を返してますます自分を追い込んでいってしまう。
鼓膜に響くのは、より大きいはずの彼の声ではなくて、微かな身じろぎにさえ反応して音を立てる衣擦れ。
さり……
「…………っ!」
一際大きく感じられたその音と、同時に襲ってくる感覚に、許容を超えた体がぴくんと跳ねる。
その事を改めて認識した途端にわずかに見えていた顔の部分にも変化が表れてしまった。
意に反して潤んでいく瞳と、微かにあらぶる吐息。
無意識の内に胸元を押さえながら、さっと彼から離れようと足を動かす。
「どうした、体調でも悪いのか?」
何も知らないこの異性は頓着することなく心配そうに更に寄り添おうとしてくる。
それが、一番困る事だというのに気付かないまま。

「汗を、流したいので。……失礼いたします」
他に何か言い方は無かったものか、今の私には分からずに、
ただ気まずそうに引き止めて悪かったと言う彼から脱兎のごとく逃げ出して大浴場の脱衣所へと飛び込んだ。
走るのをやめた反動で高鳴る心音と荒い息を整えもしないまま壁に背を預けて床に座り、
衣服の胸元を緩めて、その下に直に見えている白い素肌を覗く。
訓練中の激しい動きによって、厚く丈夫な服の内側に擦れた刺激を受けて鋭敏になっていた淡く色づく先端は、
先ほどのやり取りの最中にもずっと自己主張を続け、服を内側から押し返していた。
熱い吐息が覆面に遮られて顔に熱が行き渡る。剥がしてしまう様に取り去ると、
外気に触れた冷たさですぅっと頭の血が降りていくような心地がしてくれた。
改めて服を戻してから見ると、分厚い服である事が先程は幸いし、
恐らく、多分、彼が見たくらいの距離ではばれてはいないだろうと分かった。
安堵の溜息が吐けたのも束の間、落ち着きかけた心の隙間にあの時の羞恥が甦って顔と身体を火照らせる。
今までは、こんな事を気にする必要など無かったのに。
スピリット隊の中、そして各々の中で大きくなる彼の存在と影響。
それに思いを飛ばして布を通すことなく、直に大きく息をつき兜を外す。
脱いだ衣服を掴んで感じた湿り気で、替えの服を失念していた事に気付いた。
けれども、とからからと浴場の戸を開く。まずは、水でも被らないと落ち着けそうも無かったから。