心の盾

風圧で巻き上がる砂塵。その度に立ち上がる竜巻。一度でも正面から受ければ五体が吹き飛ぶ程の衝撃。
その屈強な男は人間の身でありながらそれらを二度も防いで見せた。鍛え抜かれた鋼の様な体と精神で。
「降伏しちまいな。あんたを殺してもしょうがないんだ」
そう言いながらもコーインさまは、その力の半分も出してはいない。攻撃は全て威嚇だ。私には判る。
砂漠で、ただの商人でありながら、デオドガンをここまで帝国や我が国の侵略から守り抜いた男。
ただでさえ主を持つ事を好まないキャラバンを、その人望と勇敢さで纏め上げてきたフッシ・ザレントール。
こういう男が、たまらなく好きなのだ。コーインさまという、自分達稲妻部隊の新しい隊長は。
「小僧、俺のスピリット部隊はどうした?」
血だらけになりながら、不敵な笑みを失わない瞳。どんな絶望的な状況でも諦めない意思の光。
たとえ人であっても、こういう男はもし味方なら戦いに於いてどれだけの効力を周囲に与えるか判らない。
しかし、今は敵だ。尚更倒さなければならない。判ってるからこそ、コーインさまは迷っている。だから。
「残念ながら、全滅だ。悪ぃな……こっちも必死なんだ」
そう呟き、苦々しく『因果』を見つめる。そこに隙があるなんて、思ってもいない無防備な幼い一面。
「――――シッ!!」
見逃さず、手にした半月刀を振りかざし、間合いに殺到するザレントール。その洗練された動きに澱みは無く。
疾風のような動きで狙ったコーインさまの首は寸分違わず刈り取られる運命から逃れる術は無いだろう。
――――そう、相手が同じ「人」であるならば、だが。
「人」ならば明らかに間に合わない距離で放たれる加護のオーラ。接触した刀ががぎん、と鈍く弾かれる。

体勢を崩したザレントールにコーインさまの『因果』が重く振り下ろされ――――そこで私は飛び出していた。
ざくん、と吸い込まれる私の神剣。あっけなく、かはっと小さな息をついてザレントールがその生を終える。
目前まで接近したザレントールの口から吐き出された大量の鮮血が、私の顔を、そして全身を染め上げていく。
マナに還る事の無いそれは私だけを穢し、しかしコーインさまには一滴も降りかかってはいない。
「クォーリン…………」
苦々しく絞り出すように名前を呼ばれ、振り返る。酷く申し訳無さそうな、泣きそうな瞳がそこにあった。
スピリットは人を殺せない。いや、殺せない訳じゃない。それでも殺してはいけない、そんな自制がある。
囚われて、なおかつそれを行った私に向ける、戸惑いと疑問の表情。何故、そんな言葉が隠されている口元。
いつも『クォーリンは真面目過ぎるんだよなぁ。訓練なんかもっと適当にやれ』などと言い、
どこか軽い調子を保っているコーインさま。だけど、その背には重い、辛い何かを常に背負っている。
だから。これ以上耐えなければならない荷物を増やさないように。温かいもので心を満たせるように。
私は貴方の剣になります。その為には、人も殺します。苦痛を少しでも、分け合う事で。
そうする事で貴方の心の盾にもなれると思うから。その位なら、許されると思うから。
私達スピリットに心の大切さを教えてくれた。優しさを教えてくれた。その大きな背中に応えるために。
「任務完了です、コーインさま」
私は、今出来るだけの精一杯の笑顔で呼びかけた。尊敬と、ほんの少しだけ別の感情もそっと籠めて。