啓蟄の揺らめき

例えば、部隊運営についての意見を伺いに行った時。
二人きりで机を挟み、顔をつき合わすだけで感情が振れてしまう私にお構い無しに、
「そうだな。それでいこう、いいよな?」
と誰も居ない隣を振り向き、そして次の瞬間ふと見せる寂しそうな顔。誤魔化すように頭を振る仕草。
そんな横顔を見せられて、心に吹き抜けるのはいつも冷たい風。一番柔らかい所を静かに揺らしていく。

例えば、激しい戦いの後。分不相応かと思いつつ、元気になって貰おうと甘いお菓子を作っていった時。
受け取って貰えるだろうか、そう緊張した私に対して何の頓着も無しに嬉しそうに受け取り、
「ああ、さんきゅ。きっと喜ぶぜ、甘い物が好きだから」
と部屋の奥を少し遠い目で見つめ、受け取って貰えた喜びを一瞬で消し去ってくれる態度。
思い切って差し出した私の想いは、いつも苦々しく、胸に痛いものばかりを与えて去っていく。

それでも。
スピリットとして生まれ、生きてきた今までには考える事も出来なかった、感情というものが。
思い出させてくれた当人がいつも辛そうに、それでも大事に抱えているものが、いかに大切なことなのか。
「クォーリン、いつもありがとな」
そんな言葉じゃなく、立ち去っていく背中が教えてくれるから。
時々振り返って見せてくれる、私にだけ向けてくれる笑顔がどれ程私の中で貴重なものになっているのかを。

「……最近何だか表情が豊かになったよな、クォーリン。そういうの、いいと思うぜ」
だから。スピリットである私でも、こんなくすぐったいような気持ちを持っていてもいい。
辛い事も、哀しい事も。全部合わせても、もう知らなかったあの頃に戻りたくはないから。

「~~もう、またそんな事言って。キョーコさまに怒られますよ!」
そう、信じてもいいんですよね。こんな私でも、貴方に必要だと少しは思われているのだと。
戦いだけではなく、どこか小さな拠り所に、私の居場所を見つける事が出来たのだと。

そしていつの日か、この想いが私に本当の、「自分自身の声」を聞かせてくれるのだと…………