「ねえヘリオン。あの人とはどうなったの?」
第二詰め所厨房。
肉切り用まな板の前で、包丁を手にした今日子の思い出したような一言にヘリオンは目をし
ばたたかせた。
「え? あの人ってどなたですか?」
「もーとぼけちゃってーほらこの前話したじゃない。ヘリオンの す・き・な・ひ・と」
包丁を持った肘でヘリオンをつつく。ちょっと危ない。
「えっえっな、なんで今そんな話しをするんですかぁ~。だ、だいたいそんな人いませんよぉ」
必死に否定するも、三角巾から流れ出る、二本の尻尾の揺れの大きさが内心の動揺を物語っ
ていた。
「またまたーどーなのよ少しは進んだの?」
「進むって、別にそーいう関係じゃありませんからっ」
「あ、ほら。やっぱりいるんだ」
「あぅぅぅ……い、いませんよぅ」
涙目で否定するヘリオン。しかしお姉さんが相手では分が悪いかもしれない。
「もー往生際が悪いわね。“キス”くらいした? ねねねどーなの?」
勢い込む今日子に慌てて、ヘリオンはスゥータスの実を取り落としそうになった。
「あわわ、キョウコさま危ないですよ」
「あらあらごめーん。でもほらどうなのさ、した?」
「したって言われても……あの“はい”くらいってどういう意味ですか?」
「え。あーえっとねハイペリアの言葉よ、“キス”って。口づけのこと。ここの“はい“と同
じなんだわ。まーちょこっとイントネーションは違うけどねぇ~」
「え……ぇええぇぇえっっ?! ハ、ハイペリアでは、く、くく口づけのことを“はい“って
言うんですかぁっ?」
「えーそうよ。“キス”。私もここの言葉でちょっと驚いちゃったんだけどねー」
「…………そ、そんな。く、くちづけ、が……は、はい……まっまま待ってくださいよぅ、そ、
それじゃ、それじゃ……」
『『お昼マダー』』
食堂の方から催促の声が聞こえてくる。
「あらら。どれヘリオン、お腹空かせたヒナどもが口あけて待ってるからさっさと作りましょうか」
腕まくりして今日子は言った。
「……あ、あああキョウコさまあのあのあの」
「ん? あ、ほらお鍋吹いてるわよ」
「あっ。あわわ熱っ」
「大丈夫? えーと私、裏の菜園から野菜採ってくるね。お鍋見ててね」
「は、はい。あっ、あ、う了解ですっ」
「ヘリオン。ちょっと黒塩取ってくれるか」
「は、…………どどうぞ」
「サンキュ」
「ヘリオン。今日の部隊割りってどうだったっけ?」
「は、…………え、えーとユートさまとヒミカさんハリオンさんです」
「サンキュ」
「ヘリオン。お茶煎れてくれるかな」
「ハ…………わかりました、ちょっとお待ち下さいね」
「……ああスマン」
「なんかさぁ、最近ヘリオンが元気ないって言うかさ、いつもの元気いい返事してくれないん
だよなぁ」
「まーたあんたなんかやったんでしょーが! いい? 相手は多感な女の子なんだからね。よ
く考えてデリカシーの無い真似をしないこと。まーったくあんたって学習しないんだから」
「ん~やっぱりなんかやっちまったのかなぁ俺……まいったなあ」
「ふぇ~ん、変に気にして普通に返事できませんよぅ~。キョウコさまがあんな事言うからで
すよぅ~(泣)」