愛故に 聖戦士篇

 暗い部屋。そこに十人ほどの人影がぼんやりと浮かんでいる。
 その場の空気は重く、この場がそれほど重要な意味を持つ場所である事を、これから話される事はそれほど重要なことなのだと、暗に物語る。

「……さて、総戦況報告会を始めます」

 一人のブラックスピリットが立ち上がり厳かにそう言う。僅かに首を巡らせ、周囲の参加者たちの顔を見る。皆、一様に真剣な目をしていた。

「まずはこれを」

 一枚の大きな地図を広げる。それで全員が囲むテーブル全てが覆われてしまうほどだ。
 その地図は世界地図。ラキオス、マロリガン両都市が赤で染められていた。

「当初私たちの勢力はラキオス、マロリガン両首都のみの勢力でした。しかし――」

 キュッ、キュッとサモドア、ランサ、サルドバルドが赤く染められる。

「全軍を投入した聖戦で、まずは各所の主都市に参入。ここでは大戦果と言えます。
 しかし資金面での脆さが発覚し、以後の活動の足が鈍くなりました」

 一部の者たちの顔に陰が差す。三ヶ所での大々的な聖戦を主張したのが彼女たちだった。
 しかしそれを咎める声は無かったし、これからも無いだろう。
 彼女たちの早く勢力を広げたいという心境はわかるし、何よりもこういう行動は初めての体験なのだから。
 それでも彼女たち自身がそのことに責任を感じるのは、布教者にして殉教者である誇りと『聖書』への申し訳なさだろう。

「そこでテオドガンの商人たちとの提携案が出ましたが――棄却されました」
「……私は、それが正しいと思います。私たちが扱うのは、魂です。それを商人によって商品として扱われるのは我慢がなりません」

 その言葉に、ほとんどの者が強く頷き、賛同の意を唱える。

「静かに。今回はそのことについての会議ではありません。続けますよ」

 冷静な議長の声に、すぐに全員が口を閉ざす。

「以後、私たちの活動は小規模ながら広く行われてきました。その効果はじわじわと、しかし確実に現れています」

 リモドア、ダラム、ロンド、ガルガリンにアンダーラインが引かれる。
 今までのようにしっかりと染められたわけではないが、赤く塗られた箇所はだいぶ広がってきている。
 議長は一呼吸置き、カツンとある都市を指す。旧ダーツィ大公国首都、キロノキロ。

「そして先日――キロノキロで、最大規模での聖戦を敢行。結果は、皆さんもご存知のとおり」

 全員が大きく頷く。その顔は誇らしげだ。一同のその顔を見て、議長は嬉しく思う。しかしここで納得してはいけない。戒めも込めて、硬い声で告げる。

「ですが、まだまだ目標には程遠い。私たちの目標はあくまで――」
「「「「世界制覇!!!」」」」

 議長の声を、全員が引き継ぐ。そのことに、議長は大きな目をさらに大きく見開き――そして笑う。
 『勝って兜の緒を締めよ』。異世界の諺ではあるが、彼女はこの諺が好きだった。
 それを同志一同が実践してくれている――。その事実が、彼女にはこの上なく嬉しい。

「ですが、一つの勝利を祝ってはいけないというわけではありません」

 ふわり、と微笑む。強者のみが出来る余裕のある笑み。
 目配せを一つ。補佐役のブルースピリットがコクリと頷き、その場の全員に淡い色をした液体の入ったグラスを手渡す。

「それでは今回の勝利を祝って――」

 厳かに、そのグラスを掲げる。全員がそれに倣う。

「乾杯っ!」
「「「「かんぱーいっ!!!!」」」」

「今回のキロノキロでの『ファイヤー☆ミカ先生オンリー即売会 ~ああ、世界よ ヒートフロアなれ~』は大成功でしたね~」
「オンリー即売会は初めてだったからちょっと不安だったけどね。杞憂だったわ」
「本当に。やっぱり☆ミカ先生の作品はすごいです!!」

 ネネの実のジュースを飲みながら、先日の『聖戦』について語りあう元稲妻部隊員たち。
 ちなみに今まで『雰囲気を出すため』と閉められていたカーテンは全開。常春ラキオスの爽やかな陽射しが部屋を優しく照らしている。
 その部屋でまず目に付くのは、壁にかけられた垂れ幕ともいえるものだった。そこには『ファイヤー☆ミカ・ファンクラブ』とあった。本棚にはファイヤー☆ミカ著の作品が綺麗に並ぶ。
 既に治安維持部隊としてラキオス勢力内で各地域に散っている元稲妻部隊だが、その真の目的は彼女たちの聖典である恋愛同人小説を広める事。そしてそれは順調に成功している。


 即売会大成功の祝賀会は大いに盛り上がる。
 そこに飛び込んでくる赤い影。その顔はこの上なく輝いていた。

「みんなーっ! やったやった!! ファイヤー☆ミカ先生のマネージャーのニンジャ♪るーさんとコンタクト取れたよっ!」
「「「「でかしたっ!!!」」」」

 一気に歓喜の渦に沸く仮詰所(ファイヤー☆ミカ・ファンクラブラキオス本部)。

「是非にも次のイースペリアの即売会にサイン会……いや、その前にラキオス本部で握手会を……」

 万歳三唱してからリーダー格のブラックスピリットは今後のスケジュールとやってもらいたいことを照らし合わせてみる。
 あくまで希望だ。執筆速度を鈍らせたり、行事を押し付けてはいけない。しかし、もしもOKが出るのならば!

「どうするにしても交渉からね。それぞれ任務先から特産物持ってきてるわよね」
「モチ! ☆ミカ先生の本の布教の合間にコウイン様へのお土産としていーっぱいあるよ!」
「特選素材をいろいろ用意して! 交渉には私も行く、絶対成功させないと!」
「頑張れリーダー!」
「まかせて! ファイヤー☆ミカ先生の世界制覇のために死力を尽くすわっ!!」


 彼女たちの戦いは、別の意味で熱かった――。