忘れられた施設

「建設が終了しました」

キラキラリーン。SE音と共にエスペリアが高らかに宣言する。
おお~~――――
一同は、眼前に聳え立つ見慣れない建物を感嘆混じりに見上げた。
ある者は嬉々として喜びをマナに変え、またある者はがっくりと膝を落とし。
「ほっほっほ…………」
一喜一憂のその様子を、バドランドはほくほくと眺めていた。

炎の祭壇。
赤属性を局地に対して飛躍的に高めるその施設は、しかし普段めったに使われない。
属性支援施設全部に言えることだが建設に結構時間やマナが掛かるし、
出来た時には既に戦場は移り、その効果を確かめられる事も無く虚しく撤去される事の繰り返し。
以前ここで後輩のジトクリフが試しに造った『常緑の樹』などは暴走した挙句部隊を混乱に陥れ、
更迭された彼は酒を飲み交わす度にあの頃の事を懐かしく振り返るだけのただの隠居爺に成り下がった。
大体敵にも効果があるのがいけないのかも知れない。知れないが、せっかくの技術ではある。
データを引き継ぐ度に造らされるLvアップ施設や研究所Lv.3やランサ限定の塔。
ヒエレン・シレタ、イノヤソキマにエーテルジャンプ施設を造るのにももう飽きた。
訓練所などは何度建設、撤去を繰り返したか判らない。
にもかかわらずぽっと出の自称大天才やその助手の影に隠れ、終盤では名前さえ忘れられてしまう始末。
何の為にあるのかよく分からないサーギオスのエーテルジャンプ施設を撤去する際などには
言いようの無い感傷が湧き起こり、堪らず噴出す涙で袖を濡らしてしまったものだ。
「我ながら良く出来たわい」
それらに比べ、久し振りに腕の振るった属性支援施設。しかも今回はここで行われる迎撃戦闘に間に合った。
満足のいく出来に、バドランドは自慢げにいつまでも傑作である炎の祭壇を眺めていた。

「あ、あの~、バドランドさま……」
「ほ?」
ふいに声を掛けられ、振り返る。するとそこにはおずおずと上目遣いの――――
「…………誰、じゃったかいの?」
バドランドは、首を傾げた。髪の色でブルースピリットなのは判るが、名前が思い出せない。
最近新たな研究者が登場する度出番が無くなり、研究に没頭しすぎてすっかりとその辺の知識が抜け落ちていた。
ボケ、とはあえて考えないようにする。技術者とは常に前向きなのだ。
そんな事を考えていると、バドランドの発言にがくっと視線を落としたブルースピリットが、
思いなおしたように顔を上げていた。蒼い瞳がうるうると潤んでいる。
「あのね、ネリー、お願いがあるんだ……」
「…………おおっ」
ぽん、と手を打つ。そういえば、そんな名前のスピリットがいた。
小さい頃に同じ施設に居ただけなのでよく憶えていないが、昔はもっと元気にはしゃいでいたような。
やんちゃで、泣きながら駆け寄ってきた所をだっこしてあやした光景が走馬灯のように目に浮かんでくる。
…………いや、まだ死にかけてはいないが。
それはそうと一体何の用なのか、少女はもじもじと恥ずかしそうにじっとこちらを見ている。
「…………ぽ」
その仕草に、年甲斐も無く照れてしまった。元々皺だらけの頬が、すっかり緩んでくしゃくしゃになる。

今ならオレオレ詐欺に簡単に引っかかりそうな表情を浮かべつつ、バドランドは気分良く答えた。
「ほぅほぅ、爺に何でも言ってごらん」
「ホント?!あのねあのね、蒼の水玉っていうのも…………」
すりすり身を寄せながら耳元でささやくネリーのおねだりに、バドランドはほくほくと頷いていた。
鼻の下を大きく伸ばしながら。

そうして完成した炎の祭壇と蒼の水玉が見守る中。
「…………先制攻撃、いきます」
ナナルゥの、倍加したイグニッションで迎撃戦闘は始まった。
まとめて吹き飛ぶ敵の部隊。凄い。悠人は素直に属性支援施設の効果に感心した。
しかし、喜びも束の間。
「きゃぁぁぁぁっ! こ、これくらい……っ!」
「きゃぁぁっっ!! こ、これはちょっとマズイですぅ~!」
「きゃんっ! 痛いじゃない! よくもやってくれたわね……」
相次ぐ敵レッドスピリットとブルースピリットの属性攻撃に、
ラキオスグリーンディフェンストリオの叫びがあちらこちらで起こる。
「なっ!くそ…………みんな、しっかりしろっ!」
悠人が振り向いた時には、既にぼろぼろになった三人のシールドハイロゥ。
「ふふん~♪ 剣の扱いは得意なんだから!」
そうこうしている内に反撃のターン。一人ネリーだけが、お気楽そうな声で敵に飛び込んでいた。

やがて次のターンに入り、ある意味予想通りの絶望的な悲鳴が響き渡る。
「あ、あぁぁ……みんな、ごめんなさい……」
「あぁぁ、うぅぅ……身体に傷、できちゃいますぅ……」
「んぐぅっっ!! 当たり……過ぎた……お姉ちゃん……助…け……」
あちらこちらで起こる惨劇に、悠人は思わず頭を抱えつつ叫んでいた。
「うぁぁぁっ! 駄目だ、このままじゃ……」

戦略的撤退を余儀なくされた、ラキオススピリット隊。
意識も朦朧と悠人に肩を借りていたエスペリアがうわ言のように呟いていた。

「ユートさま……拠点を制圧されました……急ぎ奪還、を…………」