漢達の談義・檄

「あ、ああ、あの、ユートさま...」

穏やかに晴れたある日の事。後方から突然掛けられた声に、悠人は振り向いた。
そこに立っていたのは元稲妻部隊のグリーンスピリット・クォーリンであった。
「えっと...俺に何か用?」
周囲を見回しながら悠人は尋ねた。マロリガン戦以降、寝食を共にするようになったとは言え、
以前はお互い敵同士だった身である。彼女にとっても声を掛けるなら、
悠人よりはむしろ光陰や今日子の方が気安い筈であった。

「は、はい!ユートさまに是非教えていただきたい事がありまして!」
意を決したように胸の前でぎゅっと両手を握りしめるクォーリン。
「お、おう。」そのただならぬ様子に悠人は思わずごくりと生唾を飲みこんだ。

「はぁ!?光陰の好みのタイプ?」
少女の質問に悠人はつい、素っ頓狂な声を上げてしまった。しまったと思った時には既に、
クォーリンは半分くらいの大きさに縮んで真っ赤になってうつむいていた。
「あ...ごめんごめん。」この少女が、密かに光陰に思いを寄せているであろうという事は
鈍感な悠人でもそれとなく分かっていた。
「いや、でもさ、そんな事俺に訊かなくたって」決まってるだろ、と言いかけて悠人はハタと動きを止めた。
ハイペリア時代からの親友ではあるが、考えてみれば悠人自身にも光陰の正確な「好みのタイプ」は
把握出来ていない事に気付いたのである。

―――碧光陰。

緑遠寺(りょくおんじ)という寺の跡取り息子である彼の辞書には、多分「罰当たり」とか、
「禁欲」とかいう言葉は載っていない。本能に忠実であるとも言えるのだが、
ラキオスに彼がやって来てからというもの、悠人はもっぱらヘリオンやオルファをはじめとする
年少組の苦情相談窓口の業務に追われていた。

―――しかし。
彼が真性のロリであるとは言えない。現に今、光陰と付き合っている今日子は「ロリ属性」からは
最も遠い位置にいると思われた。

「知りたいんです!コーインさまの好きなのは姐御肌の体育会系なのか、
それとも思わず守ってあげたくなる幼さを残した美少女なのかを!」
「ううむ...」悠人は腕組みして考えた。うまく聞き出せない事はないが、クォーリンがそれを知った所で
どうなるものでもないだろうに。
「そのタイプってのが分かったらそれに合わせようって事か?あんまり気乗りしないなあ。
大体クォーリンにはクォーリンのいい所が...」
「まだ間に合います!」陳腐な理想論を吐こうとした悠人をクォーリンがさえぎった。
「ユートさまもご存知の通り、私は無印・EX・PS2版を通して本編では一言も喋っていませんし、
プロフィールも明らかにされていません。つまり...」
「おお、なるほど!つまり、まだキャラが固まってないって事か!」
『沈黙は金』とはよく言ったものである。納得の行った悠人はクォーリンの依頼を引き受ける事にした。
――実のところ、悠人自身も少し興味があったのだ。

―――かぽーん。

「まあ、なんだな悠人よ、こうして二人で風呂に入ってると、ガキの頃を思い出すな。」
「そうだな...こっちの風呂って俺達の国のと似てるしな。」

熱い湯に二人並んで浸かりながら、悠人と光陰は笑顔を交わした。
このラキオスという国は、雰囲気的には中世ヨーロッパ風の色合いが強いのだが、
木造の大浴場があったり、フツーにお箸を使っていたりと、随所に日本人である悠人達に
馴染みやすい一面も持ち合わせていたのである。

今回光陰を風呂に誘ったのは悠人である。温かい湯で光陰の意外と強い警戒心をほぐし、
なおかつ誰の邪魔も入らぬ場所で話をするという目論見があった。
そう、何故か光陰の入浴中は、他のスピリット達は――エスペリアですら――浴場に寄り付かないのだ。

「―――ところで」体が程よく温まった頃合い、光陰がやおら切り出した。「俺の聞いたところによると、
この国じゃ混浴するのは別に恥ずかしい事でもなんでもないらしいが、どうなんだ悠人?」
「お前は...」呆れ顔で悠人は光陰を見返した。確かにこの世界にやって来てからというもの、
悠人はほとんど落ち着いて入浴出来たことはない。
「心配も期待もするな光陰。俺達が入ってる間はここには誰も来ないよ。」悠人は顔を拭いながら言った。
「―――なんだ、やっぱりデマか。」湯舟の中で光陰はうなだれた。「都合が良すぎると思ったんだよな。
男が風呂に入ってると入れ替わり立ちかわり美少女が風呂場に飛び込んで来る、なんて。」
あながち間違ってもいないのだが、まさか光陰自身をそのスピリット除けに利用しているとは
言い出せない悠人であった。…ここは一つ早めに本題に入るべきであろう。
「――ところでさ、」「ところで悠人、お前は一体誰が好みなんだ?」

悠人がまさにクォーリンに依頼された任務を遂行しようとした時、光陰がニヤつきながら逆に尋ねてきた。
ラッキー。悠人は胸の内でほくそ笑んだが、平静を装った。
「―――なんだよ、突然。」
「とぼけるな。俺が今日子のお守りに追われてる間、お前はオルファちゃんやニムントールちゃんに囲まれて
夢のような日々を過ごしてたんだろうが。さあ、はっきり答えてみろ。誰がいいんだ、悠人!」
勢い込んで問いただす光陰を見ながら、この男の頭の中にはエスペリアやハリオンといった
選択肢はないのだろうか、悠人はふとそんな事を考えた。

「誰がいいって...俺は別に...」悠人は言葉を濁した。だが、光陰は悠人がもったいぶっていると
勘違いしてくれたようであった。
「おいおい、これだけの逸材が揃ってながらそりゃないぜ、悠人よ。絶対誰にも喋ったりしないから
この俺だけには打ち明けてみろ、さあ!」
にじり寄ってくる茶髪の頭を押し返しながら悠人は答えた。「わかった。わかったって。
じゃあ俺も言うからさ、まずお前から教えてくれ!」
……最初光陰は尋ねられた事が理解出来ないようであった。
しばらくして、光陰は人差し指で自らのチョビ髭顎を指し示した。「―――俺?」

「そうだ。俺に好みを尋ねるんだったら、まずお前から言って貰おうか。」悠人は重々しく頷いた。
「何言ってんだ悠人。俺の好みなんてお前が知らない筈が―――。」
「とぼけるなと言ったのはお前だぞ、光陰。お前が本当にロリコンならどうして今日子と付き合ってるんだ?」

――ぎくり。
そんな擬音とともに光陰の目から笑みが消えた。何かまずい事を訊いてしまったのかと悠人は一瞬ひるむ。
――しかしやがて、光陰は静かに口を開いた。
「……仕方ねえな、話を振ったのは俺だ。ここだけの話だぞ。」そう言って光陰は、湯舟のヘリに体をあずけ、
湯気が立ち昇ってゆく天井を仰いだ。
「―――俺はな、女の子の背中が好きなんだ。」
「―――?」さすがに付き合いの長い悠人にもこれは理解出来ない。悠人は静かに続く言葉を待った。
「つまりだな...逃げて行く女の子を追いかけるのが好きなんだよ。」
そう言う光陰の目は、まさに夢見る少年のそれであった。
「―――う。ま、まあ、好みは人それぞれだし、相手の迷惑さえ考えてればそれもあり、かな。」
苦笑しながら悠人は相づちを打つ。
「どうやら分かってないようだな。いいか悠人、逃げる女には男のロマンがあるんだ。現代女性が
失いつつある恥じらいがな。伝統の日本の心だ、大和撫子だッ!!」
力説する光陰をよそに、この結果をクォーリンにどう伝えたものかと思索していた悠人はしかし、
心に引っかかるものを感じた。

―――待てよ?

「なあ、光陰、今日子のどこが逃げる女なんだ?」
その問いに、光陰がゆっくりと目を閉じ、額に手拭いを乗せる。そして、ぽつりと答えた。

「逃げてるのさ。あいつも――俺も、な。」
大浴場の二人にしばらくの間、沈黙が訪れた。

「―――さ、悠人、今度はお前の番だ。聞かせろ。」
ややあってから、光陰が顎をしゃくった。
「...ん、ああ。俺の好きな女の子―――か。」
身を乗り出す光陰に向かって、悠人は腕組みしてしばらく考えた後、こう言った。
「正直、俺にははっきりした『好み』ってのはない。あえて言えば光陰、お前とは正反対、ってことかな。」
唖然とする光陰に、悠人は静かな笑みを浮かべつつ、続けた。「来るものは拒まず。そう、例え相手が
姉キャラを通りこした熟女であろうとも、ロリであろうとも。――ま、主人公の宿命ってやつさ。」
「――悠人、お前ってやつは...」

こんな男に自分は今まで変態呼ばわりされていたのかと思うと、どうにもやりきれない光陰であった。