夏祭りセリア

「……ふう」
案内所、と大きく書かれた天幕の下。
迷子放送を終えたセリアは、一つ疲れたような溜息をついた。
ぱらりと落ちてきた後ろ髪を無意識に弄り出す。
「え~?そうなの~?」
「それでさ、さっき目玉みたいな不思議な生物が……」
目の前を、楽しそうにカップルらしい若い男女が通り過ぎる。
両手に一杯屋台物を抱えながら、それでもしっかりと少年の腕にしがみついている少女。
幸せそうな笑顔。その頬についた綿あめを、優しそうな彼がそっと取ってあげていた。
「はぁ……」
戦いを忘れた空間。平和そうな光景なのに、何故か酷く物足りなく感じる。
自分だけ取り残された感覚。無理矢理ハリオンに着せられた藍染めの浴衣が今は落ち着かなかった。
「さて、仕事仕事」
つまらなそうに呟く。こつん、と爪先が机に当たり、拍子に下駄の鈴が小さく鳴った。

「よっ、セリア。探したぞ、何してるんだこんなとこで」
「ユっ、ユートさま?!…………何って仕事です、し、ご、と」
突然覗き込んできた顔に、一瞬驚き、そっぽを向く。
こんなとこ、とか言わないで欲しい。自分だって好き好んでこんな事をしている訳じゃないのに。
「仕事~?冗談だろ?折角のお祭りなのに。……そうだ」
「は?」
「いいから、抜け出そうぜ。ほら、早く。行くぞ!」
「あ、ちょ、ちょっと待っ……あっ!」
強引に引っ張られ、慣れない服装のせいか、よろけてしがみつく。薄手の布を通して伝わる温かい感触。
思わず見上げると、にっと笑う顔が驚くほど近くにあった。
「よし、はぐれないようにしっかり掴まってろよ。セリア、どこか行きたいトコあるか?」
「どこって知らな……あ…………………………綿、あめ」
「オーケー。楽しもうな」
本当に、楽しそうな笑顔。気づけば、素直に頷いていた。
任務、放り出している筈なのに。そう思っても、浮かれ出している心を何故か止める事が出来なかった。
大きく広がった襟足から、真っ赤に染まった首筋に気付かれはしないだろうかと心配になる。
さっ、と隠れて前髪を整えた。うん、大丈夫。からころと、響く鈴の音がなんだかとても小気味良かった。