壊れかけた施設

「まったくどいつもこいつも……」
うず高く積まれた書類の山の中。白衣を着た一人の男がぶつくさとこぼしていた。
ぼさぼさに伸ばしたい放題の髪と髭。寝不足で濁った瞳。げっそりとこけた頬。痒いのか、しきりに頭を掻いている。
その度に白いフケがぱらぱらとあちこちに落ち、埃と混じって世紀末的な臭いを周囲に撒き散らしていた。
いかにも昔のマッドサイエンティストといったイメージ丸出しである。
「研究というものを判っとらん。失敗は成功の素という言葉を知らんのか」
ちなみにそれはハイペリア語である。この世界の住人でも知っているものは限られているだろう。

彼は機嫌が悪い。ついさっき新しい研究が完成したばかりだというのにどうしたことか。
「ほんのちょっぴり失敗した位ですぐに更迭更迭と騒ぎ立てる輩め……」
つい先日、同僚のバドランドが一線を退いた。否、退けられた。
見送った際、バドランドが最後に見せた寂しそうな微笑は忘れられない。
良い奴を亡くした。……いや、まだ死んではいなかったか。
「自慢の髭や髪形まで馬鹿にしおって……これでも“ろまんすぐれぃ”とやらを意識しているというのに」
致命的なセンスの悪さをただ単に切ったり剃ったりするのが面倒臭いと素直に言えず、
適当な言い訳を理屈立てて説明しようとするのに何の疑問も感じていない。っていうかそれもハイペリア語である。

かように科学者とは自分の都合の良い様に解釈しようとする方面での達人なのである。
更に先刻同僚のセリア・バトリが楽しそうに漏らした一言。思い出すのも胸糞が悪い彼だった。
『ね、ね、知ってる?こないだスピリット達の会話を盗聴したんだけどさ~、アンタって怖いらしいよ。きゃ♪』
単に科学者全般に対する畏怖の言葉だったのだが、こう話されては個人的な攻撃に解釈されて聞こえてしまう。
「大体妖精達に何が判るというのだ。……そうだ、判らないなら判らせてやろうか」
そんな訳で今は常に彼について妖精達の間で囁かれている陰口を思い出し、目下憤慨&自己沈静の真っ最中だった。

こんこん。
「ん……誰だ」
突然の物音に、扉の方を覗き込む。本が邪魔になって良く見えないが、
扉に地層のように張り付いた埃が雪崩を起しているのは確認できた。どうやら来訪者らしい。
「失礼します……うぉっ!」
床に積上げた本をずずず、と押しのけながら開かれた扉の向こうで、エトランジェが仰け反っていた。

「それじゃ、頼む……うっ」
「……ああ、任せておけ」
ノブを触る時に一瞬躊躇したようなエトランジェが、そそくさと扉の向こうに消える。
失礼な奴だと思いながら、彼は喉の奥をくくく、と鳴らした。振り返り、ぎょろりと先程完成した装置を覗き込む。
「正に天啓というものだな。手始めはブラックスピリットといくか……」

『月の祭壇』。装置には、ヨト語でそう刻み込まれていた。

サレ・スニル。サーギオス帝国を攻略する為の大事な拠点で悠人達は必死に防衛戦を行っていた。
「頑張れっ!もう少しで今日子や光陰達が来てくれるからっ!」
「承知です……雲散霧消の太刀っ!」
「はぁっ……月輪の太刀っ!」
ざしゅ、ざしゅうっ!飛び出したウルカとファーレーンが神速の太刀で殺到してきたブルースピリットを退ける。
「ふんっ、面倒だけど……ウインドウィスパ!」
ニムントールの詠唱に、きらきらと舞う緑色のマナ。一瞬だが活力が戻ってくる。しかし敵の勢いはそれ以上だった。
「はぁはぁ……ユ、ユート殿、もう攻撃回数が残っておりませぬ」
「何っ?!ファーレーンは?」
「わ、わたしももう……すみません」
「お姉ちゃん、謝ることなんてないよ。そう言うユートはどうなの?」
「…………う」
ふん、と両手を腰に当て、睨みつけてくるニムントール。悠人は一瞬押し黙った。
確かにここまで押し寄せてくるのは計算外だったが、まさかゼィギオスに向かった敵までこっちに来るとは思わなかったのだ。
「……しょうがないだろ、敵が何故かこっちにばかり来るんだから」
多少不貞腐れてみたものの、ここに一部隊しか連れて来なかったのは痛い。
悠人自身はといえば、上書きに失敗したのが響いてとっくに攻撃スキルの行動回数が0になっている。

「くっ……もう少しだ、もう少し待てば……」
悠人は何故か応援の来る方向では無く、城の方を祈るように見上げていた。

「おっ♪ねぇねぇ君、名前教えてよ~♪」
「なっ、何を言って……っ!きゃあああぁぁぁ……」
傍目でも判るほどの邪悪なオーラを背負いつつ迫る光陰に、サーギオス上級スピリットは一斉に逃げ出していた。
歴戦の勘で本能的に何か危険なものを嗅ぎ取ったのか、森をつっきり、サレ・スニルの方向まで駆け出してゆく。
「何も逃げる事ないだろ~、怖くない、怖くない……ぐがっ!」
瞳をキラキラさせて敵を追い詰めていた(?)光陰の脇腹に、強烈な衝撃が走る。見ると、ハリセンだった。
「それはヘリオンのセリフでしょっ!気持ち悪い声出してんじゃ無いわよ!!一体な に を やってんのよあんたわっ!!」
「ぐっ……今日子……せめて峰打ちで……ぶべらっ!」
何か言おうとした光陰の後頭部に雷を纏った『空虚』が鞘ごと叩きつけられる。
「あ、ああああのキョーコさま、それ以上やったらコーインさまが死んでしまいますぅ……」
「だ~いじょうぶ、こんのくらいじゃコイツの煩悩は壊れないからっ」
「あ、あはは……」
ふんっ、と鼻息荒く胸を反らす今日子に思わず引きながら、
何故自分はこのメンバーと編成されてしまったのかと悩むヘリオンだった。

「はぁ?作戦?」
今日子の言葉通り、あっという間に復活した光陰が顎に手をやり、うんうんと頷く。
「その通り。敵は少ない方がいい。ごらんの通り、あっけなくゼィギオスを盗れたしな。それに……」
「……それに?」
「こんなに大量の敵がいきなり森から現れたんじゃ、悠人達も困ってるだろう。すぐ助けに行くぞっ!」
急に真面目な口調に戻り、拗ねたようにぼそっと呟いて駆け出す光陰。
「あ、ちょっとっ……ふう、やれやれ素直じゃないんだから。ヘリオン、私達も急ぎましょ!」
「え、え?あ、はいっ!」
戸惑い、慌てて駆け出したヘリオンは、ぼんやりと考えていた。
「でもそれってサレ・スニルの敵を増やすだけじゃ……」
「お、そこの君、可愛いね。是非名前を教えてくれるかな~」
「うあんたって奴わぁーーーっ!」
ばりばり。ずががーーんっ!!!
「ぎゃーーっ!!」
「………………」
本当に、なんでこんなメンバーと一緒に編成されてしまったのだろうと頭を抱えながら。

「ふっ……今こそ積年の恨み、晴らしてみせる」
城の一室から外の状況を見守っていた生暖かい視線がゆっくりと手元に落ちる。
手にした小さな箱のようなもの。その中央には大きな赤いボタンが一つだけ付けられていた。
ボタンの表面には白くそしてどこかひょうきんな髑髏マークが彫られている。彼はそっと腕を持ち上げた。
「くっくっくっ……思い知るがいい……」
脳内で聞こえるトランペットの妙なBGMに陶酔しながら、絶叫と共に勢い良く指を振り下ろす。
「おし○きだべーーーーーーっっ!!!」
ぽち。
とたん、城の地下で作動した『黒の祭壇』から爆発的なマナが溢れ出した。

最初に異変を感じたのはウルカだった。
ざわざわと『冥加』が震えだす。剣先が北辰一刀流の「鶺鴒の尾」みたいになって、上手く制御出来ない。
「どうしたのですか『冥加』…………うぉっ!」
「何だウルカ、どうしたっ!」
急に縮こまったウルカの不審な様子に、珍しく敏感に反応した悠人が駆け寄る。
突然の感覚に戸惑い、脂汗を掻きながら、それでもウルカは無理矢理笑顔を作り出した。
「手前は……はっ……大丈夫っ、です……どうか、うあっ、……気に、な、さらずに……」
「?えっと」

 『そんなことないだろ?』
→『でも、ウルカがそう言うなら……』

「だけど、なんかあったら話してくれよっ!仲間なんだからなっ!!」
ヘタレな悠人はここでも選択を誤った。あっけなく納得して立ち去る際の笑顔が無駄に爽やかだった。

こうしてウルカルートへの分岐は消滅してしまったが、ウルカにとっては不幸中の幸いである。
「なにゆえ、このような……ふぅっ!」
少し身じろぎするだけで、腋の辺りを擦るさわさわとした感覚。
敏感な部分を刺激され、思わず腕を折りたたむが、それすらも刺激になって声が大きくなってくる。
「め、面妖な……あんっ!」
急に生えてきた腋毛が、その勢力を拡大しながら徐々にウルカの官能を燃え上がらせつつあった。
戦いどころではなかった。

同じ頃、ファーレーンは微かな違和感をその兜の中で感じていた。
「…………あら?」
「ん?どうかした、お姉ちゃん」
隣で『曙光』を構え、共に敵を牽制していたニムントールが不審そうに見上げてくる。
「いえ、なんだか頭がむずむずと……」
「……兜が蒸れたんじゃ」
「こらニムっ、ってきゃああああっ!!!!」
「お、お姉ちゃんっ?!」
ぶわさあっ。
「なっ!」
急に座り込んだファーレーンに駆け寄ろうとしたニムントールはその場で絶句した。
兜の隙間から、何かが爆発的に飛び出してくる。黒々とうねるそれは、あっという間に地面に広がった。
「な、な、な、なんなのコレ……」
普段ツンデレが売り物のニムントールが思わず舌を噛む。それは、急に生えてきた髪の毛だった。
想像を絶する光景を目の前にして、しかしニムントールが慌てたのはその事ではなく。
「おおお姉ちゃん、髪の毛黒いよ……まるでブラックスピリットみたい」

「どういう意味ですかっ!……じゃなくて、助けてぇっ……あっ、いやあっ!」
突っ込みかけたファーレーンは咄嗟に口元を押さえた。すでに涙目である。
「な、なんで……どうして…………」
むずむずと鼻の下に感じるこの感覚は……そこまで考えてふっと意識が遠くなりかける。
「ファーレーンっ!!どうしたっっ!!」
しかし続けて聞こえてきた憧れの声が、ファーレーンを三途の川から強引に引き上げた。
「っっ!!!ユートさま、こっちに来ないで下さいっ!!!」
「ぐがっ!うわあああぁぁぁぁ…………」
タイミング悪く悲鳴を聞きつけてやってきた悠人は、来た時の数倍のスピートで彼方へと飛ばされていく。
「お姉ちゃん、もう攻撃回数尽きてたんじゃ……なんでもない」
「うっうっ……こんなのって、こんなのってぇっ!」
振り向き、覆面を外して泣きじゃくる姉の素顔を見てしまったニムントールは、それ以上何も言えなかった。
戦いどころではなかった。

敵もまた、戦いどころではなかった。
所々で急に蹲ったり悶えまくっているブラックスピリットに、周囲の仲間はただ困惑していた。
別に、仲間意識があるわけではない。ただ、戦力的に彼女達がいないのでは、戦いがより困難になる。
そう判断して一旦退いたのだが、そこでゼィギオスから味方が大量に逃げ込んできたのだ。
口々に何かを叫びつつ後方を怯えるように指差す彼女達は、恐慌状態で使いようが無かった。
敵によほど強力な奴がいる。その憶測がやがて動揺になり、そして一同は退却という事で意見が纏まった。
サーギオス軍は一斉にユウソカへと撤退を始めた。

「おっ、見えてきたぞ、あれがサレ・スニルだな」
「まったく……よく考えてみたら、敵が全く減ってないじゃない」
「あ、それ、わたしも考えてました」
「まあまあ。挟み撃ちになったんだし、災い転じて福となすっと。……をや?」
「わっ、危ないじゃないっ!」
サレ・スニルを目の前にして急に立ち止まった光陰にぶつかりそうになった今日子は、口を尖らせた。
しかし不満そうな口調を気にした風も無く、光陰は動かない。視線が戦場の方を見つめていた。
「……ん?どうしたのよ、光陰」
大きな肩越しに城の方角をひょいと伺いながら、今日子が尋ねる。
普段にない真剣な光陰の眼差しのせいか、声が大人しくなっていた。ぼそっと光陰が呟く。
「……おかしい」
「へ?可笑しい?」
「違う、そっちじゃない。変なマナが溢れている。妙な点に気づかないか?」
「妙な点っていったって、普通に戦って……ないわね。変ね……あっ!ブラックスピリット!」
「……そうだ、倒れているのはみんなブラックスピリットだけだ……しかも全員生きている」
「ホントだ……あれ?なんだか逃げていくわよ?」
「増々おかしいな。撤退するのは壁の2部隊に戦闘を仕掛けてからのはずだが」
「…………異次元の話はやめなさいよ」
「いや、それはそうと、何かの罠かもしれん。少し様子を……」

「あ、ああっ!!」
振り返った光陰が今日子に言いかけたところで、奥から桃色の悲鳴が上がった。
「なんだどうしたっ!」
「ヘリオンっ?!ちょっとどうしたの?」
緊急事態に備え、瞬間的にそれぞれのオーラを纏う光陰と今日子。
「な、なんでもありま……ふぁっ!」
『因果』と『空虚』が構えられたその先で、ヘリオンがもじもじと身悶えをしていた。

「ヨーティアさま、報告が纏まりました」
「ん。読んでみてくれ」
ラキオスの研究施設。その家宅捜索を終えたヨーティアは、イオの報告を受けていた。
読んでいた本を閉じ、埃だらけの部屋に放り投げる。ばさっと白い煙みたいなものが舞い上がった。
「それにしても凡人ってヤツぁ。こんな下らないことに時間をかける暇があるんだねぇ」
「くすっ。それでは、以前から調査していたこの部屋の……」
主人の皮肉っぽい口調に珍しく少し微笑みながら、イオが話し始める。
「……という訳で、彼の開発した『黒の祭壇』はとんでもないバグがあることが判明しました」
「ん?ああ、サレ・スニルに設置させたヤツだな。それがどうかしたか?効果はある筈だが」
「はい。しかし、それには副作用がありまして、その、極一部が活性化します。具体的には毛が……」
「あん?毛?なんだ、はっきり言え。毛がどうした?」
「毛が、生えます。特徴として、その年齢で一番成長する所に、局地的にですが」
「…………は?」
「つまりその……女性にとっては、その、は、恥ずかしい所に……」
「……ぷっ。はははははっ!そりゃ傑作だ!」
「…………ヨーティアさま、笑い事ではありません。戦いの最中に、ですよ」
「くっくっ、すまん……そうだな、少々マズイかもしれん。が、今からでは間に合わないぞ」
「皆さん、ご無事だといいのですが……」
「とりあえずコイツは更迭決定だな。まったく、また研究者のイメージが悪くなるじゃないか……」
二人は窓の外を見つめ、同時に溜息をついていた。

「あっ……やぁ……」
か細い声を上げながら、時折ぴくん、ぴくんと肩を震わすヘリオン。
縋るように『失望』を両手で抱え込み、ぶるぶると頭を振って必死に何かに耐えている。
内股をこするような仕草に、光陰は心配するより先に悶絶しそうになった。
「ヘヘヘヘヘヘリオンちゃん?どうしたのかなぁ……ごっ!」
「アンタは引っ込んでなさいってのっ!変ね……このマナ?」
ふらふらとヘリオンの方に挙動不審に漂う光陰をハリセンで気絶させ、今日子は辺りを見回した。
流石にまだ平静を保ちつつ、『空虚』から伝わってくる微妙なマナの異変を感知していた。しかしその正体までは判らない。
ヘリオンに駆け寄り、そっとその肩に触れる。それだけでヘリオンは電流が全身を駆け巡ったように跳ねた。
「キョ、キョーコさまぁ~~、わ、わたし変なんですぅ、お腹の下が熱くってぇ」
「う……」
うるうるとつぶらな瞳が上目遣いで懇願してくる。触れた指先から伝わってくる、じんわりと火照った柔らかさ。
一瞬淫靡な誘惑に駆られてしまい、今日子はなけなしの自制心を総動員しなければならなかった。
光陰がふらついたのも無理はないかと変な所で同情する。
「落ち着いてヘリオン。一体何があったの?」
目線を同じ高さにして、出来る限り優しく囁く。一瞬逡巡したヘリオンは、恐る恐る呟いた。

「あ、あの……ふっ……お、お股に…………やんっ!」
「…………へ?お股が?どうしたっていうの?」
ごくっと喉が鳴ったのは絶対に墓の下まで持って行かなければならない、と強く決心しながら訊き返す今日子。
「そのぅ……急に毛が……あ、ああっ!……ふぇ~んわたし、変になっちゃいましたよぅ~」
「わわっ急に泣かないでよ困ったなぁ……あのねヘリオン、それは当たり前の事なんだよ」
「ふぇ?……そ、そうなんですかぁ~……ふぅぅんっ!」
「ごくっ……いやだから、そこで悶えないでよ……」
こんな所でいきなり中○生へのカウンセリングみたいな真似をさせられるハメになった今日子はほとほと困っていた。
ちゃんと説明しなければ、彼女のトラウマになりかねない。それよりもなにも、自分の自制心の方があぶなかった。
(な、何でこの娘、こんなに色っぽいのよ……)
もじもじと内股を摺り寄せるヘリオンがいつの間にか『失望』を太腿に挟み込んでいる所から目が離せない。
思わず苛めたくなるようなこの衝動は、『空虚』の支配を遥かに凌駕する誘惑である。
どうやって説得すればこの危険な状況から抜け出せるか。ある意味人生最大のピンチだった。
「へ、ヘリオンタン、ハァハァ…………」
寝そべったまま鼻血を噴出している光陰は、この際何の役にも立たなかった。

「ひゃーーーっはっはっ!」
郊外で繰り広げられる騒動を眺めながら、抑え切れなくなった男は腹を抱えて笑い出した。
「コレが報いだ!科学万歳っ!」
手にした装置を放り投げ、万歳三唱を始める。嗜虐の快楽に浸り、振り乱した髪からフケが舞い踊った。
かちり。
そんな訳で、彼は気付かなかった。壁に当たった拍子に、無意味に付け加えておいたボタンが押されてしまった事に。
ぶぃぃぃぃぃん……。
「……ん?」
床下からの微かな振動。狂喜からようやく醒め、耳を澄ませてみる。屈みこむ彼の背後に装置が転がっていた。

『自爆ボタン』

「…………ぬぉっ!」
瞬間、鈍い衝撃が彼の体を突き上げる。城の地下での爆発がここまで来ていた。

悠人は、混乱していた。
どう考えてももう持ちこたえられない、そう覚悟を決めた所で、敵が一斉に撤退を始めたのだ。
握った『求め』から力を抜く。良く判らないが、どうやら助かったらしい。
そう思い、振り返ったところで。
ぼんっ。
「な……」
城の方から、もくもくと煙が浮かび、空に昇っていく。

『ぁぁぁぁぁぁぁ……』
爆発の勢いで誰かが落ちていった気もするが、そんな場合ではない。拠点が無くなってしまう。
「みんな、城に戻るぞっ!」
叫び、振り返る。そしてそのまま悠人はがくっと膝をついた。

「ふ……あ、あん……」
「いやぁぁぁ!」
「お姉ちゃん、気を確かに!」
ぴくぴくと身を屈めながら悶えるウルカ。ばさばさといつの間に生えたのか、髪を振り乱し叫ぶファーレーン。
「みんな、何遊んでるんだよ……」
自分の鈍さを棚に上げ、事情も判らず呟く。
その背後で、どろどろと大きな黒い煙が髑髏マークを形作っていた。