キーンコーンカーンコ―――ン……
「あ、ベルだー。」
予鈴とともに教室の中のさざめきが静まった。
ガラッ!
「はい、皆さん、これからホームルームを始めます!」
「「「え~~っ!?」」」
バインダーを手に入室したのは、何とセリアであった。
「ねーねー、何でセリアが仕切ってんのよ?」
「わ、私知らないよぉ~」
ひそひそ声で隣のシアーに話しかけるのはネリーである。両名とも白いブラウスに小さな赤いリボン、そして紺色の
スカートを着けていた。佳織の制服を借りて来たのだ。
「…誰よ、『ナツヤスミ』は学校に誰も居ないからみんなで見に行こう、なんて言い出したのは。」
面倒くさそうに横目でツッコミを入れるのはニムントール。
「だってまさか、セリアまで来るなんて思わなかったんだよぉ!」ネリーが逆襲を試みる。…まあネリーならずとも、
セリア来襲を予測するのは難しいとは思われるが。
「まあまあ、ニムだって一度どんなトコか見てみたいって言ってたじゃない。」
困ったように愛想笑いを浮かべながらとりなそうとするのはオルファであった。
「あ、あたしは別に…っていうか、一番行きたがってたのはオルファじゃないの!」
うろたえつつ反論するニムもまた、何故か制服着用である。さすがに佳織の分だけでは足りなかったのか、
真っ白なブラウスの胸のポケットの部分には、オレンジ色で小さく「夏」と縫い取りがしてあった。
「うーん、でも、セリアは一体誰に借りてきたんだろう…。カオリさまたちのじゃ、サイズ合わないよねぇ~。」
シアーが首をかしげた。
「―――そこ。私語は慎みなさい。」
確か佳織が掛けていた筈の縁無し眼鏡をくいっ、と摘み上げながらセリアが注意を促す。
彼女の、意外とふくよかな胸元に、小さく刺繍されているのは「岬」の文字であった……。
「……さて、はからずもハイペリアに紛れ込んでしまった私達ですが、こちらの世界でユートさまに
ご迷惑を掛ける訳には行きません。つ・ま・り、我々は、目立ってはいけないのです!」
パンパンとバインダーをはたきながらセリアがいかめしい顔付きで訓示を垂れる。
「無理だってば。だってこっちの世界ってスピリットいないもん。」
はあ、と溜息をつきながらネリーが頬杖をつく。
「……ネリー、マイナス5点。」
どこから取り出したのか、赤のボールペンでバインダーに書き込むセリア。抗議の視線を向けるネリーは黙殺された。
「まだあります。買い食いは禁止、それと、甘い言葉を掛けられたからといって、簡単に付いて行ったりしないように!」
「――ムカつく。完全に子ども扱いじゃない。」
「あなたのようなタイプが一番危険なのよ、ニム。自分だけは絶対大丈夫って思ってるでしょ?」
ツンデレ合戦が一触即発状態に入った、が。
ガララッ!!
「すっすみませ~んっ!遅刻しちゃいましたっ!!」
一同の目が勢いよく開けられたドアに向けられる。そこに息を弾ませ立っていたのは。
「ヘリオン?」
眼鏡の奥でセリアの目がまん丸になった。そのツインテールの少女のいでたちは、夏用のセーラー服だったのである。
淡いグレーのストライプの入った肩襟に、赤いスカーフ。そしてグレー基調のチェック模様のスカート。
今では珍しくなりつつある白いごく普通のソックス。元々ブラックスピリットだからという事もあるが、
どこからどう見ても普通の女生徒である。
「うわ~っ、ヘリオンすっごい似合ってる~!どうしたの、その服!?」
年少組がいっせいに色めきたった。
「あ、あの、私の分がもう無いからって、カオリさまが特別に出してくれたんです、これ。
ユートさまには内緒で準備してた『シクラノセイフク』だそうです。」
「――くっ……負けた。」
何がどう負けたのか分からないが、とにかくがっくりと教壇に両手をつく眼鏡っ娘セリアであった。
―――帰り道。
「ヘーリオンッ!お願い!あそこの店でお菓子買ってきて!」
「――へ?」
ネリーが元気良く指差した先には、一軒の古くさい駄菓子屋があった。
「だ、駄目だよぅ、ネリー。セリアに怒られちゃうよぉ。」
おどおどと周囲を見渡しながら、袖を引っ張るシアー。
「へーんだ、セリアだってこないだの『オマツリ』のとき、ユートさまに綿飴買って貰ってたんだよ?怒られても平気だよ!
それにさあ、ヘリオンだってこの世界のお菓子、食べてみたいよね~!?」
「え、えーと……ちょっと食べてみたい…かな?」ヘリオンもつられて、つい頬を緩めてしまう。
「もう、本当にガキっぽいんだから。止めなさいよ。」ふくれ面で注意するニム。
「ふんっ、別に無理して付き合ってくれなくてもいいよ。行こ行こ!」
「あ、ちょっと!」さっさと駆け出すネリーをオルファ、ヘリオンが追い掛ける。
「あ、あの~、えっとぉ…」
「早く行くよ、シアー!」もうすでにかなり遠ざかっているネリーの声。
「―――行けば?」
「あ…う、うん。ねえ、ちょっと待って~!」
ニムの突き放すような言葉に押されるように、二、三度ちらちらと振り返りながらもシアーは駆け出していた。
「―――バカバカしい。付き合ってらんないわよ。」
踵を返し、とぼとぼと一人で歩き始めるニムの前に立つ人影があった。
「よぉ、ニムントールちゃん。」
「―――コウイン?」ニムは驚いたように顔を上げた。
「へへ、ほら、これやるからみんなの所に戻りな。」
そう言って、光陰はポケットから色とりどりの「うまい棒」をわしづかみにして取り出した。
「い…いらない!」色鮮やかな包装紙に一瞬目を奪われかけたが、ニムはすぐにそっぽを向く。
「ちっちっち、強がりは良くねえな、お嬢ちゃん。あんまり自分にウソついてばっかいると、
今日子みたいな「鬼」の顔になっちまうぞ?」人差し指を立てて、光陰はニヤリと笑った。
「え…う、嘘?そ、そんな事言って脅したって…」ちょっと不安になったのか、ニムは自分の頬を触れてみる。
「―――ま、いらないってんなら…」「貰うわよっ!!」
引っ込みかけた光陰の手から、ニムは音速で駄菓子を奪い取った。
「ニ、ニムは食べないけどっ、ネリーたちが欲しがってたからっ!」
言い捨て、そして、くるりとターンしてニムは走り始める。その嬉々とした後ろ姿を見送りつつ、
光陰はあきれ笑いを浮かべた。その時。
「くぉ~ら~~っ!!!」
光陰の頭上から華麗に舞い降りる人影があった。
ズッゴォオオォ―――ン!!
「ぬ゛お゛っ!?」破滅的な衝撃音とともにゆっくりと崩れおつ光陰。
「このハイペリアの恥さらしっ!ついに少女誘拐するまでに落ちぶれたなんてっ!!」
――それは、どこからかハリセン片手に飛んできた今日子であった。
「ぐ―――、な、なんで……」どうして自分はこんなに早とちりでガサツな女と付き合っているのだろう、
そんな事を考えながら、光陰の意識は徐々に薄れていった。