「暑い……」
詰所の裏を訓練所へと向かいながら、悠人は額を拭い、手を翳し、恨めしげに太陽を見上げた。
相変わらず照りつけるそれがじりじりと肌を焦がし、じっとしていても汗が噴き出してきてしまう。
陽炎のように揺らめく空気が周囲の景色を歪ませている。ラキオスは、未曾有の酷暑に見舞われていた。
元々熱に弱いエスペリア辺りは既に重度の熱中症に倒れ、自力で回復する事も出来ずうんうん唸っている。
つきっきりで看病をしているハリオンもだいじょぶですよ~とかいいながら、いつもより声に元気が無い。
ニムなんかも今更というかまだだったのかというかようやく炬燵を諦め、縁の下に引きこもるようになった。
姿が見えなくなったニムを探して半狂乱になるファーレーンを何とか宥めたのはついさっきのことだ。
年少組はさすがにまだ元気だが、油断すると車内に放置された赤ん坊のようにいきなりパタリと倒れるので、
飛び回っている姿から目を離すことが出来なかった。ちなみに最初の犠牲者はヘリオンだった。
常に保護者同伴で動かなければならないので、セリアやヒミカも全身びっしょりになりながら訓練に付き合っている。
しかしさすがにこの頃はバテてきたのか、辛うじて涼の取れる木の影を離れないようになった。
屋内で訓練すればいいのでは、とふと思って訊いてみた所、普段から冷たいセリアの目が一層細くなり、
「あのサウナ風呂で我慢大会をしようと、そうユートさまは仰るのですか?」
そうぴしゃりと言い切られ、ぐうの音も出なかった。試しに扉を開けようとしたら、ふやけて開かなかったそうだ。
という訳で、彼女達の給水の為、こうして詰所との間を往復するのはもっぱら悠人の仕事になっていた。
「一体どうしたっていうんだろうな……」
本来ラキオスは、常春の筈。それが、最近は異常だった。全く気温が下がる兆候が見えない。
ヨーティア辺りが首を捻っていたところを見ると、原因の究明は相当難しいだろう。
「…………ん?」
溜息をついたところで、森の奥から微かに何かが聴こえて来た。
そういえば、とナナルゥが笛を吹いている事を思い出す。この暑いのに、ナナルゥは習慣を一日も欠かすことは無い。
声をかけようと近づくと、すぐにその姿が見つかる。樹にもたれ目を閉じて、一心不乱に草をそっと抑えていた。
まるでヨト語が聞こえてくるような、そんな表現豊かな草笛。ナナルゥの技術に感心しながら耳を澄ませる。
「マナよ炎となりて舞い踊れ……マナよ炎となりて舞い踊れ……マナよ炎となりて舞い踊れ……」
「お前かぁーーーーーっっっ!!!!」
延々とヒートフロアを唱え続けるナナルゥに、悠人は全力で突っ込んでいた。