目の前の危機は過ぎ去り、その先に広がるものは一時の平穏と更なる問題。
その後者に対応するべく、ここ旧ラキオス……ガロ・リキュア王城の一室でも、
現在の休息を返上する勢いで様々な処理が行われていた――――
カリカリ、カリカリ、と静寂に包まれた部屋の中にペンを走らせる音だけが響き、
手を動かしているものの熱心さを誰へとも無く伝え続ける。
腕から手首までを包む純白のグローブから伸びる白魚のような手、
それがインクによって汚されることを気にも留めずにてきぱきと書類へと書き込んでいく。
決して豪奢とは言えないが気品に溢れた、本人が気にするくらいには華奢にすぎる身体を包む純白のドレスにしても、
一応毎日取り替えてはいるらしいのだが、連日の勤めにややくたびれた感が覗いてしまっている。
集中力を増すために、と普段ならある程度は開放している執務室を閉め切っての作業だ。
彼女の体調を気遣う優秀かつ信頼のおける家臣たちは、そっと庭に面した窓から様子を窺い、
顔や視線の動きに連なってさらさらと背中を流れ、揺れる見事な黒髪を見て、
その精力に満ちた活動に、自身の責務に対する気力を充実させるのだ。
……が。
部屋の周りにも、外にも一切の気配が無いことを察知して、彼女は白く細い指先をぴたりと止めた。
と、徐々に、少しずつ、ペン先に力が込められてそれが震え始める。
完全に動きの止まった筆を力強く握ったまま、彼女は、「黒色の」瞳に薄く涙を浮かべて声を洩らした。
「ふぇ~ん……女王様の身辺警護って、絶対こんな仕事じゃないですよぅ~……
何だか最近はすっごくお洒落してお出かけになるし、お菓子を届けに来たハリオンさんからは、
一緒にお店に来る人がいるってお話を聞くし……わたしも会ってみたいですよぅ~……」
その後も、ひとしきりぶつぶつと口を尖らせて愚痴をこぼしたのち、大きくため息をつきながら、
レスティーナ統一女王の変装をしたまま、ヘリオンは自らに課せられた書類作成を続けるのであった――――