ネリシアのある休日

スピリット達の朝は早い――─こちらの時間で言えば午前5時頃起きる
・・・のだが、戦いや訓練のない日、すなわち休みの日は思いっきりだらけるのもいる。

午前8時ごろのこと。今日の食事当番のヘリオンの料理のいい匂いが館中をかけめぐるころ
ネリーとシアーは目を覚ます。
「ん~、ふあ~ぁ~」
「ん・・・」
「シアー、おはよっ」
「おはよう~ネリー~」
「さ、行こう」
「うん」

二人は顔を洗いに洗面所に向かおうとするが、どうもいい匂いには勝てないらしく、
自然と食卓に足が向く。
年少組にはよくあることなのだろうか。ニムントールも真っ先に食卓に登場する。
「おはよっ。ニムントール」「おはよう~」
「おはよ。」
なんだか眠そうなニムントールの後ろから、ゆったりと登場するファーレーン。
「ニム、顔と手はちゃんと洗ったの?」
「面倒だから、洗ってない」
「面倒、じゃありません。ほら、洗ってきなさい。ネリー、シアー、あなたたちもですよ」
「ゔ、ヤブヘビ」
「やっぱりちゃんとしなきゃだめだよ~。早く行こう、ネリー」

顔と手を洗って戻ってくること5分。そのころにはもう食卓には料理が並んでいた。
ちなみに、年長組のセリア、ヒミカ、ハリオンは今日は訓練で、既に訓練所に行っていて
食卓にはいない。この面子がいないと盛り上がらないということはないが。

「わぁ~おいしそう♪」「おいしそ~」
「はい!今日も自信作ですから。たっぷりと食べてくださいね。」
「いただきます」と、全員で一斉に悠人に教わった儀式(?)をしてから食べ始める。
「モグモグ・・・うん、お姉ちゃん、これおいしいね」
「そうね。ヘリオン、また腕を上げたのではないですか?見かけはもとより、味も洗練されています」
「はい、以前のそれよりも、旨みが上がっているように感じます」
「これなら、あなたの目的も果たせるのではないですか?」
ベタ褒めするナナルゥとファーレーン。するとヘリオンは顔を赤らめて言う。
「そ、そんなことないですよう~。エスペリアさんに比べたら、まだまだです・・・きっと。」
「でもさ、試してみなきゃわからないじゃん」
「そうだよ~。でも、これだけおいしければ大丈夫だと思うよ~」
「で、でも~はうぅ」
「けんそんしちゃって~ほんとは食べてもらいたいんでしょ?」
「がんばれ~」
「ゔゔ~~~」

ヘリオンの、自分の料理を悠人に食べてもらって褒めてもらうという目的はまだ果たされていなかった。
というよりも、勇気がもてなくていつまでたっても切り出せないだけなのだが。
この目的も本当は秘密だったのだが、ハリオンに問いただされて口を割ってしまったらしく、
瞬く間に第二詰所で話題となったのだ。

「ごちそさま~」「さま~」

一通り食べ終わり、いつものようにヘリオンを茶化したところで部屋に戻るネリーとシアー。

「さて、今日はお休み!何しよっか?」
「今日も、オルファと遊ぶ~?」
「そうしよっ。じゃあ、今日もくーるに遊ぼう!」
「遊ぼう~」
「神剣はここにおいといてっと・・・じゃあ、行こう!」
ということで、二人は第一詰所に向かった。
休みの日にオルファと遊ぶのは、二人にとっては日課のようなものだったので、
何の抵抗もなく足取り軽く進んでいく。


ブワッシャー! ガランガランガラン

第一詰所に着くなり、どこからともなく水音と衝撃音が響く。
「え?なに?なに!?」
音のした方・・・台所の方に目を向けると、そこにはエスペリアとアセリア、それとオルファがいた。
そのあたりは水浸しになったり鍋が転がったりしている。
「もうっ、アセリア!いったいどうやったらこんなことになるんですか!」
「ん、冷やすって言うから、アイスバニッシャーした。」
「しっかり支えて水に漬けるんですよ。支えないで急激に冷やしたら爆発します!
それと、料理に神剣魔法を使わないで!強力すぎて危険ですから!」
「そうか。」
「またお掃除して、やりなおしだね~。あははは・・・」
「はぁ、こういう事態を想定して朝早く(午前6時位)からやっているのに・・・
これでは、私たちはおろかユート様まで朝食抜きになってしまいます」

「!」
「これじゃ、オルファとは遊べないね~」
「それどころじゃないよ!シアー、これは、チャンスってやつだよ!」
「え?」
「ん~だから!ユート様がヘリオンの料理食べるチャンス!
おなかがすいてるユート様にあのおいしーい料理を食べさせれば、きっと喜んでくれるよ!
ユート様はおなかいっぱいで、ヘリオンも喜ぶ!『いっせきにちょう』ってやつだよ!」
「あ~そっか」
どうしてネリーがそこまでヘリオンの肩を持つのかはわからなかったが、シアーも納得したようだ。
「じゃあ、ネリーはヘリオンに料理を作るようにたのんでくるから、シアーはユート様呼んできて!」
「わかった~」
「い・け・ま・せ・ん・よ?」
「!!」という具合にぎっくりする二人。
話し声が大きすぎたらしく、ネリーの後ろで全身びしょ濡れのエスペリアが両腰に手を当てて立っていた。
「エスペリアお姉ちゃん・・・いつからいたの~?」
「『いっせきにちょう』のあたりからです。いいですか?アセリアが料理している以上は、
ユート様は優しいですから、きっとお食べになるでしょう。それに、アセリアもユート様に食べていただけるのを
楽しみにしているので、ユート様には食べていただかなければいけないんです。・・・例えどんな味になってても」
「で、でも!」
エスペリアは二人をじっと睨み付ける。
「う、わ、わかった・・・」
「はい、よくできました」
最初からエスペリアに気圧されていたシアーが口を開く。
「エスペリアお姉ちゃん、オルファとは遊べないの~?」
エスペリアはふう、とため息をついてつぶやく
「今日は多分・・・無理ですね。料理が終わるころには、疲労がピークに達してますから」
「うう~」
「しょうがないよ~。ネリー、戻ろう」
二人はすごすごと退散する羽目になった。

ネリーとシアーは城の中庭を歩いていた。
「じゃあ、今日はどうしよう~」
「折角の休みになにもしないってのもアレだもんね。二人だけでくーるに遊んでもつまらないし」
「う~ん」「う~ん」
二人して何しようか考えていると、訓練場のほうから走ってくる人影があった
「あ、二人とも、ちょうどよかったわ。」
「あ、ヒミカお姉ちゃん」
「どうしたの~?」
「お休みのところ悪いんだけど、訓練の手伝いをしてくれる?」
ネリーとシアーは顔を見合わせて答える。
「うん、いいよ。暇だったし」「いいよ~」
「よし、じゃあちょっと急ぐからね。走って走って!」
そう言って、三人は訓練場に急いだ。

訓練場に来ると、そこではセリアとハリオンが切り合っていた。
状況はお互いに様子見をしている、といった感じだ。
「いい?二人ともよく聞いて。最近のハリオンは戦闘不能の相手にエレメンタルブラストで追撃する
変な癖があるの。だから、もしセリアが戦闘不能になってハリオンがそれを使おうとしたら、
どうにかして止めて。わかった?」
「うん!わかった!」「りょうか~い」

こういう役割はブルースピリットが適任だと双方ともわかっている。
訓練していた3人の中ではブルースピリットはセリアしかいないから、
そのセリアが倒れたとなっては誰もハリオンの暴走は止められないだろう。
4~5分ほど見ていると、セリアの連撃をかいくぐったハリオンが『大樹』の石突で怯ませた。
その瞬間、ハリオンの大振りでセリアは弾き飛ばされ、そのままダウンしてしまった。

「わぁ~すごーい」
「すごいね~」
直後、案の定ハリオンは魔法の詠唱を始める。
「二人とも感心してる場合じゃないわ!ハリオンが詠唱を始めたわよっ!」
「あ、そうだ。止めないとっ!」
「うん」
妨害魔法の構えを取る二人。
「・・・あれ?」
二人は同時に違和感に気づく。・・・何かが足りない気がするのだ。
「って、ああああ~っ!!あなたたち!神剣はどうしたの~!」
「あ」「あ」
すっかり忘れていた。どうせ休みだからと思って、部屋に神剣を置いたままだったこと。
大騒ぎしているうちに、ハリオンは詠唱を終えてしまった。
「えれめんたるぶらすと~」
「ッ──────────!!!」

          ずどご~ん どが~ん

緑マナの爆発が訓練場を包む。しかも、その範囲は思ったより広く、脇で見ていた
三人にも爆発が届いてしまっていた。
「きゃああああぁぁあ~!」
「やああぁ~ん!」
「ハリオンのバカあああぁぁ~!」

30分ほど気を失っていたネリーとシアーは、そのあとヒミカに
「たとえ休みの日でも、神剣は常に携帯しているように!!」と、おもいっきり叱られてしまった。
ちなみに一番割を食ったセリアは、回復魔法をかけたとはいえ、全治5日の怪我を負ったという。
ハリオンの癖がその後も直ることはなかったのは言うまでもない。

訓練場から帰ってくると、もう昼食の時間になっていた。
朝と同じような調子で昼食を済ませたネリーとシアーは、また何をしようか考えていた。

「さて、どーしよっか?」
「オルファが遊べないから、仲がいい子がいないんだよね~」
「ヘリオンは食材の買出しに行くって言ってたし・・・あ、ニムントールはどうかな?」
「でも、いままで遊ぼうって言っても、なんだか冷たかったし~」
「気にしない気にしない。こういうのは、何度も誘ってみるもんなの!」
「じゃあ、誘ってみようか~」


二人は、ニムントールの部屋の前まで来ていた。
「ニムントール~、いる~?」
ドンドンと、部屋のドアを叩きまくるネリー。だが、いくら呼びかけても返事はない。
「いないのかな~?」
「ファーレーンお姉ちゃんの所かもっ!」
館の廊下を疾走する二人。ファーレーンの部屋の前に来るなり、またもやドアを叩いて叫ぶ。
「ファーレーンお姉ちゃん!いる~?」
「ネリー~、少しは落ち着いて~」
「はいはい、いますよ」
ガチャリ。扉が開きファーレーンが出てくる。
「二人とも、どうしたんですか?」
「えっと、ニムントール、いる?」
「ええ、いますよ。ニム、いらっしゃい。ネリーとシアーが来ましたよ」
とことことニムントールがやってくる。

「・・・何?」
相変わらずそっけない感じのニムントール。一瞬引くが、ネリーはあきらめなかった。
「ねえニムントール、せっかくお休みなんだからさ、ネリーたちといっしょに遊ばない?」
「ニムントール、遊ぼう~」
「別に、いいよ。面倒くさいし」
いつも通りの反応。しかし、ファーレーンがそれを許さなかった。
「ニム。せっかく誘ってもらっているんだから、遊んできたら?たまには、同じくらいの子と一緒にいたほうがいいわよ」
「え・・・う、でも」
「大丈夫よ。ほら、今日は外で遊んできなさい」
「う、うん。お姉ちゃんが、そう言うなら。でも、あんまり激しくしないでよね」
「そうこなくっちゃ!じゃあ、いこいこ!」
「やったあ~!」


それから日が暮れるまで、鬼ごっこやらかくれんぼやら、木の実を取りに行ったりやらで、
結局ニムントールは激しく引っ張り回されていたが、ニムントールは満更でもない様子だった。
「ふぅ~たのしかったね~」
「たのしかった~」
「たまには、こういうのも悪くない・・・かな。・・・面倒だけど」
すごく楽しかったという本心を隠すように言っているが、二人には隠しきれなかったようだ。
「んもうっ!ニムントールは素直じゃないんだから!」
「素直じゃな~い!」
ネリーとシアーは同時にニムントールに突っ込みを入れる。
「ッ!痛いじゃない!この~っ!」
「あはははは、こっこまでおいで~」
「お~いで~」
「待て~っ!許さないんだから~!!」
ネリーとシアーは逃走しながら、ニムントールは二人を追いかけながら。微笑ましく館へ戻っていった。

館に戻り、夕食と入浴、歯磨きを済ませたら、もう今日は寝るだけだったが、
ネリーとシアーは一緒にベッドに潜って話していた。

「今日はなんだかすごい一日だったね~」
「うん、そうだね~。疲れちゃった~」
「なんだか、明日は疲れて起きられそうにないよ」
「でもネリー、明日は訓練だよ~?・・・ハリオンお姉ちゃんと」
訓練場でのことがトラウマになっているのか、あの惨状がフラッシュバックする。
「げ・・・」
「・・・・・・」
「生きて帰れるかな~」
「がんばろうね、ネリー~」
「も、もう寝たほうがいいよね。お、おやすみシアー~」
「うん、おやすみ~ネリー~」


・・・その日ろくに眠れず、二人は次の日の訓練でセリアと同じ目に遭ったのだった・・・


                      ─完─