食べさせて

 ある日のラキオス第一詰め所。
「やれやれ、困ったな」
 悠人は思わず溜息をつく。
 悠人の前にはアセリア、ウルカ、ネリー、シアー、ヘリオン、ナナルゥ、ニムントール。

 今はサーギオスとの戦争中。事務能力を有する者の需要が高まっているのは当然の事。
 そちらの方面に関し、全く役に立てないのが心苦しい限りだとすら、悠人は思う。
 しかしそれは仕方が無いにしても、事務能力の有る面々と、食事を作れる面々が、大きく重なっているのが問題だった。
 更に今日は、オルファリルも今日子も、それぞれ任務についている。
 要するに、今ここには(まともな)料理を作れる人員がいないのである。
 いっそイオに頼もうかとも思ったが、イオはイオで忙しい。
 イオも料理以外にもあらゆる事柄に傑出した才の持ち主なので、これまた当然の事である。
 頼めば時間を割いて料理をしてはくれるだろうけれども、悠人はイオの主人よりは控えめな人間だった。
 人によってはそれをヘタレとも言うが。

「私が作るか?」
「手前が何とか……」
 アセリア、ウルカの強力アタッカー二人組が進み出るが、悠人は涙をのんでこれを止めねばならない。
 エスペリアが仕事から疲れて帰って来た時に、自分の大切な場所であろう台所がぐちゃぐちゃに破壊されていたら非常に気の毒だし、
何よりもこの大変な時に、大事な戦力を大量に失うのは隊長として絶対に避けねばならないのだ。

「しょうがない、俺が作るよ」
「えー!? ユートさま作れるのー?」
「作れるの?」
 ネリーとシアーが心配するが、今いる面々の中では、悠人が料理するのが確かに一番無難だろう。
 少なくとも悠人に任せれば、味はともかく食べられるモノは出て来るであろうから。
 逆に言えば、ここにいる悠人以外の面々には、それすらも期待出来無い。
 実際アセリアとウルカには立派な前科があり、ネリー、シアー、ナナルゥ、ニムントールは料理をした事自体が無い。
 ドジっ子へリオンに任せるのも不安が残る。
 という事で、悠人が料理する事に対する心配の声は皆からあがっても、反論はひとつも出なかった。
「まぁ何とかするさ。まかせとけって」
 とはいえ、今の悠人が作れる料理など一つしか無い。
 スパゲティナポリタン。
(ちょっと前にヨーティアに食わせても大丈夫だったから、まぁ最悪でも食えないって事は無いだろ)
 そう考え、材料がある事をを確認して、悠人は調理を開始した。
 親のいない生活をずっとしていた事もあり、悠人も向こうの世界ではそれなりのレパートリーがあった。
 だが、ファンタズマゴリアでは料理の方法はおろか、材料すらも満足には解らない。
 料理をしようにも、エスペリアが悠人を台所に入れないからである。
(エスペリアは、どうも男を厨房に入れちゃいけないと考えてる節があるからなぁ。
 手伝いすらさせてもらえないし。古風というか、何というか。
 けど、こんな事が度々あるんじゃ、俺も料理を練習出来る様に、エスペリアにもう一度頼んでみるしか無いだろうなぁ)

 料理を乗せた皿が机に並んだ時、その場の面々は少なからず驚いた。悠人が料理したという事実もさる事ながら、その出てきた初めて見る料理に。
「えっと……これ、食べられる……の?」
 かなり失礼なネリーの発言に、悠人は答える。
「あ、ああ……多分」
 自信の無い発言も無理は無い。味見はしていても、その場の雰囲気が悠人をどこまでも不安にさせるのだ。
 悠人と料理を見つめる14の瞳、その多くは警戒の光に満ちている。
 正確に言えば、アセリアとナナルゥ以外の全員が不安げな視線を向けている。この視線に晒されて不安にならない方がおかしい。
「ん、いただきます」「いただきます」
 皆が躊躇する中で、雰囲気を全く読まないアセリアとナナルゥが早速スパゲティを口にした。悠人を心から信頼しているのか、それとも恐れ知らずで無謀なだけか。
 注目が二人に集まった。
 ずぞぞぞっ、と音を立てて食べる。マナーが全然なっていないが、それは今のところは仕方が無い。
 皆が固唾を呑んで二人を見つめる。かなり異様な光景である。
 もぐもぐ、と咀嚼。ごくんとのみ込む。
「た、食べられる……の?」
 またも失礼なネリーの問いに、
「ん、おいしい」
 とアセリアは答える。
 ナナルゥはといえば、すぐさま二口目に取り掛かっている。

 それを受け、ウルカ、ヘリオンが恐る恐るスパゲティを口に運ぶ。
 本来礼儀正しい二人だが、ずぞぞぞっと音を立てて食べる。
 先陣を切った二人がどこまでも自信満々なので、それを手本としても致し方無い。
 もぐもぐ、と咀嚼。ごくんとのみ込む。
「これは……!! 流石はユート殿です。手前もユート殿を見習い、精進せねばなりますまい」
「ユート様、凄く美味しいです!!」
 目を輝かせる黒スピ二人。
 先程とはうって変わった眼差しに、これしか作れないとも言えずに、悠人は苦笑い。
 アセリアとナナルゥの発言、或いは味覚が信用出来無かったとみえる残りのメンバーも、次々と食べ始める。
 ネリーが、ええっ!? といった感じで目をまんまるにする。いずれにしても失礼な態度ではある。
 シアーはリスみたいに口の中に詰め込んでいる。
 ニムントールも一心不乱に食べている。
 がちゃがちゃずるずると音を立ててスパゲティを貪るハラペコ隊員達に、スパゲティの正しい食べ方を教え、悠人は自分も食事を始めた。
(どうやら上手くいったみたいだな。ひとまずは良かった)
 ほっと胸をなでおろす悠人であった。

 しかし、話はここでは終らなかった。

「うふふ~。ユート様って、とってもお料理上手なんだよ、ねー、シアー」
 翌日、第二詰め所に戻ってきた年長組の面々に、お帰りを言うももどかしくネリーは報告する。
 嬉しい事はみんなに自慢したいお年頃。
「え? ユート様の料理?」
 ヒミカが問い返す言葉に、ネリーは自分の事の様にぺったんこの胸を張る。
「うん!! 昨日作ってもらって食べたんだー!! すっごくおいしーんだよー!! ね、シアー」
「ユート様お料理上手~」シアーもネリーに同意する。
 その横で昨日の料理を思い出し、一瞬で夢見る少女と化すヘリオン。
 ナナルゥもこくりと頷く。
「お姉ちゃんの料理ほどじゃないけどね」と、ニムントール。
 これはニムントールの最高クラスの褒め言葉。

 しばらくは黙って座って、体全体を使う表現力豊かなネリーの話を聞いていたセリアだったが、
突如、ばしん!! と机を叩き、ネリー達を、きっ、と睨みつけた。
 いきなり鋭い視線に射竦められ、ネリー達は体を強張らせる。
「おい、急にどうしたんだ、セリア?」
 ヒミカの言葉に、セリアは年少組の方を向いたままで言う。
「ユート様は私達の隊長だし、それ以前にエトランジェなのよ。家政婦の様なマネをさせて良いと思ってるの?!」
「そんなにムキになるなって、セリア」
「私はムキになんてなってないわ」
 明らかにムキになったセリアは、止めようとするヒミカに一言言い放ち、再び年少組に向き直る。
「あなた達が、料理を作ってもらってどうするの? ユート様と自分達の立場の違いをあなた達は解ってるの?
 ユート様に料理をさせるなんて……」
「『なんてうらやましい!!』か?」
「ヒミカッ!!」
「すまんすまん」
「私は一般常識を話してるだけよ」
「やれやれ、『私、あなたの事を隊長とは認めませんから』なーんて言ってたのに。変われば変わるもんだねぇ」
「……何か言った?」
「いいや、何も」
 ヒミカは年少組には見られない角度で、小さく笑う。
 幸い、というべきか、年少組はまだ気付いていない様子だが、セリアは感情を隠すのが実は非常に下手である。
 自分ではきちんと隠しきれているつもりなのだろうけれど、セリアの顔はほんのりと赤い。
 そもそも、言っている事は正論でも、感情が混じらなければこんなに激する筈も無い。
 セリアのそういうところが可愛いと、ヒミカは思う。無論、口には出さないが。
「全く、余計な茶々を入れないで頂戴」
 ヒミカに向ける怒り顔。でもそれは半分照れ隠し。

「ユート様が私達に優しいからって、あなた達は甘え過ぎです」
 三度セリアは、年少組に向き直る。
 一見冷静冷徹ではあるが、その実非常に乙女チック。
 そんなセリアの本質を知っているヒミカは、キツイ言葉を吐く姿を見て微笑ましくもなるのだが、年少組はそうはいかない。
「それくらいにしとけって、セリア。こいつらだけを責めるのも酷ってモンだ。
 出来無いものを出来無いままにしておいた私達にも、責任の一端はあるだろう?
 見ろ、ネリーなんか、お漏らししそうになって震えてるじゃ無いか」
「も、漏らさないもん!!」
 ネリーの反論も、いまひとつ迫力に欠ける。
 ヒミカは軽く笑って、年少組の方に声をかけた。
「まぁ、セリアの言う事も一理ある。オマエさん達がユート様に甘え過ぎって部分は確かに認めざるを得ないな。
 ユート様はセリアの言う通りに隊長だし、エトランジェだ。
 気にしなくて良いとユート様は言って下さってるし、実際に私達を人間と同等に扱って下さってる。とてもありがたい事だ。
 けど、だからって私達がそれにただ甘えるだけっていうのは、絶対に違う。
 立場には責任があり、それに恥じない中身がなけりゃならない。
 そしてユート様はその責任を十分過ぎるほど果たして下さっている。
 今までラキオスが勝ち進んでこれたのは、そして私達が生き残ってこれたのは、ユート様のお蔭だ。
 そうだろう?
 なら、オマエさん達もユート様の立場というものをもう少し尊重して然るべきだ」
「……ユート様と一緒に遊んだりしちゃ、ダメなの?」
 ネリーの寂しげな問いに、ヒミカはすっと床に膝を付き、ネリーやシアーに視線の高さを合わせる。
「そうは言ってない。けどね、ユート様にしてもらうばっかりじゃなく、ユート様の為に何か出来る事はないかを考えるんだ」
 年少の者や自分よりも立場の弱い者に視線の高さを合わせ、対等な位置で話す。
 自然にそういう事が出来るヒミカに、セリアは尊敬と羨望の念を持つ。
 セリアは、ずっと上を見、必死で背伸びして生きてきた。
 だからか、自分より弱い者、下にいる者に対しては見下ろすしか出来無い。そんな自分に嫌気がさす。

「では~、今日はこれからお料理教室ですね~」
 唐突なハリオンの言葉。
「「「は?」」」
 皆の疑問符が重なるが、ハリオンは意にも介さず話を続ける。
「お料理が出来ると~、ユート様に喜んでもらえますよ~。
 昨日みたいな事があったら~、一緒に台所に入ってお手伝いとかも出来るかも知れませんし~」
「……はぁ、面倒」
 巻き添えを食った形のニムントールが言うが、過保護なファーレーンの影響でニムントールも料理は出来無い。
「それに~、お手伝いしてる最中に手と手が触れ合って~、目と目が合って~、そこからナニカが始まっちゃったりして~。
 あ、自分で作ったお弁当を持ってお散歩に誘うのもいいかもです~。
 原っぱでお弁当広げて~、『ユート様、あ~ん』な~んて、出来ちゃうかも知れませんよ~。
 おまけに~『デザートは、わ、た、し☆』な~んて言ったりして~」
「はいはい、馬鹿な事言ってないの。ほら、ヘリオンも戻って来なさい」
 ヒミカは、意識が別の世界へと旅立っていったヘリオンの頭をぺしりと叩いて強制帰還させる。
「でもまぁ、変な寝言部分は置いておくにしても、ハリオンの言う通り、料理が出来るに越した事は無いね。
 昨日だって貴方達の内誰か一人でも料理が出来れば、ユート様の手を煩わす必要は無かった訳だし。
 誰も料理が出来無かったからユート様の料理を食べられた、ってのも事実かも知れないけど、
 それとこれとはまた話が別だろうしね」
「……わ、わ、ワタシッ、頑張ってお料理覚えますっ!!」
 ヘリオンの意識は、まだ半分ほど甘い白昼夢の世界に漂っているようだが、それでもやる気を出すのは良い事だ。
 ヒミカはぽんぽんとヘリオンの頭を叩いてやる。
 見れば、ネリーもシアーも、ナナルゥやニムントールさえもやる気を見せている。

「それなら、早速買い出しに行きましょうか。練習するには材料が足りないわ」
 やれやれ、とセリアも思わず笑みを漏らして、ヒミカを見る。
「OK。そうと決まれば善は急げだ。ファーレーンも手伝って……ファーレーン?」
「……『ユート様、美味しかったですか?』
 『うん、美味しかったよ。でも、まだ残ってるからね。俺は好きなモノは最後に取って置く主義なんだ』
 『えっ? ですが、もう何にも残っていませんよ?』
 『いいや、キミがまだ残ってる。ファーレーン、キミを食べてしまいたい』
 『そんな、ユート様……』
 『ファーレーン……』
 な~んて!! きゃ~~~~!!」
「……アンタも戻って来い!!」

「すごーい」
「すごーい」
 ネリーとシアーの声がハモる。
 とんとんとん、と、軽やかなまな板の音。
 手本として、流れる様な包丁捌きを見せているのはヒミカである。
 ヒミカは実は、手先が器用で料理も上手い。
 お菓子作りでは、繊細な味と飾りつけが他のメンバーの追随を許さない。
 ただ、気分が乗らない時には一転して大雑把な面が顔を出す。
 故にヒミカの料理当番の日には鍋が基本である。
「じゃ、真似してやってみな」
 ネリーに包丁を渡す。
「うん、解った。がんばるよ~」
「がんばれ~」
 シアーの応援を受けて、ネリーが包丁を構える。
「うおりゃーーーっ!!」
「何見てたんじゃ、この馬鹿たれがーーーっ!!」
 ネリーの気合の声に間髪入れず、思わず訛ってしまったヒミカの怒鳴り声が響いた。
 ネリーから包丁を取り上げ、代わりにゲンコツを一個くれてやってから、シアーに包丁を渡す。
 シアーは恐る恐るながら、ヒミカの手本を思い出しながら、慎重に丁寧に野菜を切っていく。
 二三危ない点に注意をいれて、ヒミカは一旦後ろに下がった。
 ネリーはたんこぶを撫でながら、感心した風にシアーの包丁捌きを見て、時々アドバイスする。
「ヒミカはもっとこんな感じだったよ」
「こ、こう?」
「うん、そうそう、そんな感じ」
 身振り手振りを交えたネリーの助言は、実に的確。
「……見てたんなら、ちゃんとやりなさいよね」
 ヒミカはため息が出るのを抑えられなかった。
 そこにセリアがやってくる。

「この子達、上達するのかしら?」
「すぐに上達するだろうさ。何しろ動機が不純だからね」
「何よそれ」
「それ以上に一生懸命になれる理由があるかい?」
「さあね。その本人によるんじゃないの?」
「そうか? じゃあ、セリアはどう? 不純な動機だと必死にならない?」
「……知らないわよ。そんな事、私に聞かないでよ。私、不純な動機で何かした事なんてないから」
「ホントかなー……って冗談!! 冗談だから!!」
 『熱病』を取って来ようとするセリアを引き止める。
「全く、次に変な事言ったら、凍らせて砕いて、赤いかき氷にするからね」
「悪い悪い」
 笑うヒミカと睨むセリア、その二人の隣から聞こえてきたのはヘリオンとハリオンの声。
「えいえい~ってカンジで切るんですよ~」
「え、えーっと、こ、こうですか?」
「ちがいます~。もっとこう、ガッ!! と」
「がっ、と……こ、こうですか?」
「ちがいますよ~。そこを、えい、やあ、とー、ってやるんですよ~」
「ふえええ~」
 ヒミカは苦笑し、セリアはこめかみを押さえた。
「私、ハリオンと交代してくるわ」
「そうした方が良いね。あのままじゃヘリオンがかわいそうだ」

「あー、ナナルゥ」
 淡々と機械的に作業をこなすナナルゥに、思わずヒミカは声をかけてしまう。
「何か手順が違いましたか?」
「いや、そうじゃ無いよ。そうじゃ無い。手順は完璧。手際もいい。
 けど、もうちょっと、なんつーか、こう、楽しんでやれないかな?
 適度な緊張は何事にも必要だけど、そんなに仏頂面してやらないでさ」
「楽しんで、ですか?」
「そ。別に任務って訳じゃ無いんだし。
 あ、いや、仕事といえば仕事なのかも知れないけど、料理は愛情とも言うしね。
 ほら、笑って笑って」
「料理は愛情……了解です」
 その言葉を受けて、ナナルゥは笑みを浮かべる。
「ふ、ふふふふふ、うふふふふふふふふ……」
 ざくりざくり。
 ナナルゥは薄く笑いながら肉を切る。
「うふふふふふふふふふふ……」
 ぐつぐつぐつ。
 実に愉快そうに不気味に笑いながら鍋をかき混ぜる。
「すまん、私が悪かった。普段通りにしてくれ」
 ヒミカは前言を撤回した。

 ファーレーンの料理の腕は、第二詰め所でも一、二を争うのだが(ちなみに、ファーレーンとトップを争うのはハリオンである)、
こちらもまた教師には向かない。
 不器用に包丁を扱うニムントールの傍らで、ファーレーンは、はらはらそわそわと落ち着かない。
 初めてなのだから当然ではあるが、ニムントールは包丁の扱いが下手だった。
 だが、練習しない事には上達しない。
 放って置いたら、ファーレーンが全部ニムントールの代わりにやってしまいそうになったので、セリアが無理矢理引き離したのだ。
 それでもまだファーレーンは、ニムントールの危なっかしい手つきに「あぁ……」とか「あぅあぅあぅ……」とか、
世にも情けない声を上げながら手を伸ばしかけ、セリアにその都度止められる。
 戦場に立つ凛々しいファーレーンの面影は微塵も無い。
 指をちょっと切ったぐらいでは死にはしない。
 命取り合う戦場に立つスピリットが、どうしてこの程度で大騒ぎするのか、セリアには甚だ疑問なのだが、
その理屈を越えた部分こそ、姉バカの姉バカたる所以である。

 こうして完成した第二詰め所年少組の料理は、見栄えも味もそこそこ出来の良いものだった。
 そもそもにして、アセリアやウルカの様な(そしてレスティーナの様な)、殺人料理を作る才能の方が稀有なのだ。
「ユート様、これ持ってったら喜んでくれるかなー?」
「喜んでくれるかなー?」
「きっと喜んでくれると思いますよ~」
 間延びしたハリオンの言葉が終わらないうちに、
「じゃ、言ってくるー!!」
「あ、ネリー待ってー!! 行ってきまーす」
 自分の作った料理を持ってネリーはすぽーんと飛び出していき、シアーも急いでその後を追う。
「相も変わらない鉄砲玉ね。こぼさなきゃ良いんだけど」
「まぁ今回は仕方無いんじゃないか? 目的がユート様だった訳だしね」
 セリアとヒミカは顔を合わせて微笑み合う。
「ヘリオンは~、行かないんですか~?」
「え、えっと……」
「ぐずぐずしてるとネリー達にユート様を取られちゃうわよ。ほらほら、行った行った」
「折角作った料理、落とさない様にしなさいね」
「は、はいっ!! では、行って参りますっ!!」
 三人の声に後押しされて、ヘリオンもまた飛んでいく。
 ちなみにナナルゥの姿は既に無い。
 ネリーやシアーよりもなお早く、先制攻撃を仕掛けるべく悠人のところへ行ったのだ。
「じゃあニム、私達も行きましょうか」
「に、ニムは……って、あれ? お姉ちゃんも行くの?」
「……なんでアンタまで自分の料理作ってるのよ、ファーレーン」
「……飲み物までしっかり用意して……」

 後日。
 セリア、ヒミカ、ファーレーン、ハリオンの年長組四人は悠人に呼び出されて第一詰め所に向かっていた。
「一体何でしょうか」
「さぁ。エスペリアが一昨日から出てるから、雑用でも溜まったんじゃない?」
「何にしても行けば解るわ」
「そうそう。行けば解りますよ~」

「パパー、みんな来たよー」
 窓から四人を確認したオルファリルが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら言う。
「さすが、時間ぴったりだな。こっちも今出来上がるところだ」
「えへへー、オルファ、楽しみだよ」
 トントン、と正確に二回のノック。
 オルファリルがそれを出迎える。
「セリア、参りました」
「ヒミカ、入ります」
「失礼します。ファーレーン、入ります」
「みんなのお姉さん、ハリオンですよ~」
「お姉ちゃん達、席について待っててね!! パパ、今来ると思うから。
 あ、オルファもお手伝いしなきゃ!!」
 セリア達が何かと思って待っていると、悠人がエプロン姿のまま料理の載った皿を持って厨房から姿を見せる。
「ゆ、ユート様? その格好は……」思わずファーレーンが訊ねる。
「服が汚れると悪いからエプロンを付けろって、オルファに言われてね。似合わないのは自覚してるんだけど」
「えー、パパ似合ってるよー?」
「そうか?」
「料理……をされていたんですか?」ファーレーンは覆面をつけていても解る位に上気している。
 普段とは違う悠人の格好に、何か感じるところがあったらしい。
「ああ。エスペリアは俺が料理する必要なんて無いって言って、普段は台所に入れてくれないけど、
 今日はそのエスペリアもいないしね」
 悪戯っぽく悠人は笑う。
「……それで、本日は何故私達を呼んだのですか?」
 ファーレーンとは対照的に、冷気を纏い始めたセリアが問う。

「え? この前俺の料理を食べられなくて、残念がってるんじゃ無かったのか?
 いや、確かに大した料理じゃ無いんだけど、でも一応そう聞いたから。
 今日はちょうどラキオスに残ってるメンバーもこの前と逆だし、それでみんなを招待する事にしたんだけど……
 ハリオン、みんなに言ってなかったのか?」
 悠人はハリオンに問う。ファーレーンとヒミカの呆れ交じりの視線がハリオンに向く。
「……ハリオン、もしかして……」
「さては貴女の企みですね?」
「あ~も~、ユート様ってば、バラしちゃメッですよ~。私までセリアに怒られちゃうじゃないですか~」
「怒られるって……」
「当然です」
 絶対零度の声のする方を向けば、セリアはこめかみに血管でも浮かびそうな勢いだ。
「部下がいるというのにそれを使わず、自ら料理だなんて言語道断です!!
 英雄の誉れ高きエトランジェとしての自覚はあるのですか!?
 それ以前に、ハリオンに言われて喜んでほいほい厨房に入るなどと、男性としてのプライドは無いのですか!?」
「い、いや……いまどき男だって料理くらいは……」
「『いまどき』……? ユート様は流行り廃りで行動を決めると言うのですか? 軟弱にも程があります!!」
「で、でも、そうは言っても……」
 どもる悠人を、セリアは鋭い眼光で射抜く。
「ユート様。あなたが望んでいるにしろ望んでいないにしろ、あなたは今やラキオス隊の中心なのです!!
 それはすなわち、この国の未来を背負う存在であるという事。その自覚はあるのですか? いえ、自覚して下さい!!
 エプロンをつけて、鍋とお玉を持って喜んでいるような人に、人々が命を預けようと思えるとでも?
 確かに戦場でそのような格好をしている訳では無いでしょう。ですが、多くの国民の人達は戦場に直接立つ事はありません。
 ユート様の日常から、ユート様を判断するしかないのですよ?」
 セリアの論理と剣幕に、悠人は反省するばかり。
 最も、ここで反論や逆ギレが出来る様なら、ヘタレなどとは呼ばれはしない。
 オルファリルもおろおろするばかり。
 こういう時にセリアを止める役のヒミカ達三人も、セリアの理論武装は自分の心を護る壁だと解っているが故に強く止める事も出来無い。
 特に、セリアの心の弱さがもろに出てしまう悠人の前では。

「いやあの……すまん。そこまで考えて無かったよ」悠人は素直に頭を下げる。
「じゃあ……料理、どうしようか」
「それは……勿体無いですから、食べますケド……」
 一転、ぼそぼそとセリアは呟く。
「え? 食べて……くれるの?」
「戦時の貴重な食料を無駄にする訳にはいきませんし、
 隊長の作った料理であれば、過程はどうあれ隊員は食べねばならないものでしょう」
「いや、セリアの方が料理作るのも上手いだろうし、それに……」
「ああもう!! ユート様は隊長らしく『食え!!』と一言命令して下さればいいんです!!」
 国民の判断はどうあれ、ラキオススピリット隊にとって、セリアにとって、
悠人の在り方は辛く苦しい戦いを生き抜く力となる。
 護るべき温かな日常を示してくれるから。希望の光を見せてくれるから。
「早くして下さい!! 折角作って下さったお料理が冷めてしまうではないですか!!」
「あ、ああ。じゃあ、みんなで食べようか」
「「「「「はい!! いただきます」」」」」
 揃って返事。が、誰も料理に手をつけない。
「え……っと」
「……あの、申し訳ありませんが……」
「パパー。どうやって食べるの?」
 テーブルマナーを守る面々だった。

 皆が、ごちそうさまでした、とフォークを置く。全員残さず綺麗に平らげた。
「とっても美味しかったよー。ね、セリアお姉ちゃん」
「え、ええ、まぁ……まだまだ改善の余地は残っていると思われますが、十二分に及第点です」
 ああもう、どうして私はこういう言い方しか出来ないのよ!! と、心の中で地団太を踏むセリアに、
「ははっ。喜んでもらえて良かったよ。セリアに褒められると、何だか凄く嬉しいな」
 何も考えない悠人の言葉。
 セリアは頬をほんのり赤くする。しかし悠人は気付かない。流石は朴念仁。犯罪的ですらある。
「珍しいお料理でしたね~。初めて食べる味でした~。これは、なんというお料理なんですか~?」
「俺がいた世界の料理で、スパゲティナポリタンっていうんだ。
 材料とかは違うから、正確にそうとは言えないけどな」
「ナポリタン? カオリの帽子も『なぽりたん』って名前だよー?」
「佳織にも前に作った事があってね。
 俺からすれば佳織の方がずっと料理は上手い筈なのに、なぜだか俺の作ったナポリタンを気に入ってくれてさ」
「いえ。解る様な気がします。ユート様の優しさが伝わってくるような味でしたから」
 ヒミカが自らの胸に手を当て、静かに目を瞑る。まるでそこにある温もりを確認するかの様に。
「ねーパパー。カオリも、料理上手いの?」
「ああ。俺なんかよりずっと上手だぞ。いつも俺に作ってくれてたしな」
「うわぁ。オルファも食べてみたいなー」
「私も食べてみたいです~」
 はしゃぐオルファリルの横で、ハリオンが半目でよだれを垂らしかける。
「その為にも……と言うのも何ですが、早くカオリ様を助け出さねばなりませんね」
「そうだな。みんなよろしく頼むよ」
「はい」「了解です」「オルファ、頑張るよー!!」
 頼もしい返事が重なる。

「でもでも~、ユート様のスパゲティナポリタンも~また食べたいです~」
「今度オルファにも作り方教えてー」
「そりゃあ構わないけど……」
 悠人が言いかけたところでセリアが割り込む。
「先程の私の話を聞いていなかったのですか?」
「い、いや。料理は作らなくとも、教えるくらいは……」
「同じ事です。厨房に入る事それ自体が問題だと言っているのです」
「それにユート様、結構そそっかしいところがおありですからね。
 お料理されている最中に警鐘がなったら、
 片手に『求め』、片手にお鍋のエプロン姿で飛び出しかねませんから」
 ヒミカも微笑しながらもセリアに同意する。
「エプロン姿で戦うユート様……ぽっ」
 ファーレーンはファーレーンで、妄想を炸裂させてひとり赤くなっている。
 多分、悠人がすればどんな格好でもいいのだろう。
 悠人の半袖短パン運動着や、水着姿を見たりしたら、鼻血を出して倒れるに違いない。
「人の目というものはどこにあるのか解りません。
 ユート様の望む事ではないかも知れませんが、人の上に立つ者としてもう少し自覚をお持ちになって下さい。
 戦いというものは、戦場にのみある訳では無いのです。国民の士気を高め、心を束ねる事も大事な戦いです。
 それがラキオスの勝利、延いてはカオリ様を助け出す事にも繋がるのですから」
 だが、とセリアは思う。
 戦争が終わったその時に、もう一度この味を感じたい、と。
「戦いが終わったら~、ユート様もお台所に入れますしね~。
 平和になった事を皆に示す為、と言えば~、まわりも強く止める事も出来無いでしょうし~。ね、セリア~」
「そうね。そうなれば偉そうにふんぞり返っている事こそ問題でしょうし、一度くらいは……って、ハリオン。
 人の心の隙に入ってこないでくれないかしら」
「はい~」
 にこやかなハリオンには、怒気を向けてもムダだし、何より、全てを見透かされている気分になってしまう。
 こほん、とひとつ、周りから見ればわざとらしい咳払いをして、セリアはユートに向き直る。

「今日は有難うございました。美味しかったです。ですが、御馳走になったままというのも礼に反します。
 それでですが、今度は私の料理を御馳走させて頂きます」
 え? と悠人は驚きを隠せない。
「あ、いえ、嫌と言われるのでしたら無理強いする事は出来ません。
 確かにエスペリアやハリオンの料理と比べれば私のものは見劣りしますし……」
 思考が一旦ネガティブな方向に向くと、根底の部分で自分に自信が持てないセリアの思考はどこまでもマイナスに進んでいく。
「すいません。私も雰囲気に飲まれ、少々浮かれていたようです。出過ぎた事を言ってしまいました。
 聞かなかった事にして下さい。
 ただ、その、感謝の気持ちだけは本当ですので、それさえ汲んでいただければ、あ、その、こういう事を自分で言うのも何ですね。すいません……」
「そんな事無いよ。一度食べてみたいよ、セリアの料理」
 その悠人の言葉に、今度呆けた返事を返すのはセリアの番だった。
「……え?」
「でも、セリアも忙しいだろうし、時間に余裕がある時でいいから。あ、第二詰め所で余りモノが出た時に、残飯処理に呼んでくれるのでもいいしさ」
「そ、そんな事出来ません!! 近いうちに、精一杯作らせて頂きます!!」
「うん。楽しみにしてる」
 オルファも食べたーい、と手を上げかけたオルファリルの口を塞ぎ、じたばたと暴れる体をがっちりと押さえ込みながら、ハリオンとヒミカは笑みを交わす。
「セリア、かわいいですね~」
「やれやれ。ま、これで良かったのかな。……どうする、ファーレーン。セリアに抜け駆けされちまうぞ?」
(純情なセリアの想いを、どうして邪魔出来ますか)
「セリアの後に私もお料理を持っていって、私の評価を上げるとしましょうか。
 私もお料理には多少自信がありますし。申し訳無いですけど、セリアには踏み台になってもらいましょうか。うふふふっ」
「……ファーレーン。本音と建前が逆になってるから」
「はっ?!」

 更に後日。
「ユート様。私がいない間に厨房に入り、あまつさえ私以外の皆に料理を振舞ったそうですね?(にっこり)」